観測成果

合体銀河の奥深くに潜んだ活動的な超巨大ブラックホール

2011年4月25日

  国立天文台を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡およびジェミニ南望遠鏡を用いた観測により、10 天体の合体赤外線銀河の奥深くに、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールが存在する可能性が高いことを突き止めました。数多くの合体銀河について中間赤外線での高解像度撮像観測を行い、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールの存在を系統的に明らかにしたのは今回が初めてで、今後、宇宙初期の星生成史や超巨大ブラックホールの成長史を観測的に解き明かす手がかりになると期待されます。

 

  ガスを豊富に持つ銀河同士が衝突・合体し、赤外線で明るい放射をしている天体を赤外線銀河と呼びます。銀河合体に伴うガス雲の衝突・圧縮により新たに星が大量に生成され、そこからのエネルギー放射によって周囲の塵が温められることで、強い赤外線を放射します。

  一方、昨今の研究によれば、楕円状の構造を伴う銀河の中心には、太陽の 100 万倍以上もの質量を持つ超巨大ブラックホールがほぼ普遍的に存在することが明らかになっています。赤外線銀河を作る元になった銀河の多くも例外ではありません。超巨大ブラックホールを持つ銀河がガスを豊富に持つ別の銀河と衝突すれば、大量のガスがブラックホールの周囲に激しく流れ込む質量降着という現象が起こり、その際に解放される重力エネルギーにより銀河中心部が非常に明るく輝きます。これを活動銀河中心核と呼びますが、活動銀河中心核からの放射が周囲の塵を温めることで、銀河の赤外線放射を強めることになります。

  現在の銀河形成理論によれば、ガスと超巨大ブラックホールを持つ小さな銀河同士が合体して、現在観測されているような大きな銀河に成長してきたと考えられています。したがって、天の川銀河の近くにあり詳しく調べやすい合体赤外線銀河において、星生成活動と超巨大ブラックホールへの質量降着の詳細を明らかにできれば、その知見を遠方の天体に適用することにより、宇宙初期における銀河形成過程の理解へとつながります。また、宇宙年齢が現在の半分以下の初期 (遠方) 宇宙においては、赤外線銀河が宇宙全体の星生成活動、活動銀河中心核の大部分を担っていることがわかっています。つまり、赤外線銀河という種類の天体を正しく理解することは、初期宇宙における星生成史、超巨大ブラックホールの成長史を解明することと密接に関係するのです。

  しかしながら、合体赤外線銀河において超巨大ブラックホールへの質量降着を観測的に詳しく研究することは簡単ではありません。銀河の合体の過程では、塵やガスが短時間で銀河の中心核付近に集中するので、活動的な超巨大ブラックホールはすぐに塵やガスに埋もれてしまうのです (図1)。それを正しく見つけて研究するためには、塵やガスによる吸収の影響が少ない波長での観測が必須になります。波長が 10 マイクロメートルより長い中間赤外線は、そのような塵とガスに埋もれた超巨大ブラックホールを見つける目的に、非常に有効な波長です。赤外線銀河の放射の大部分を担う塵からの熱放射の性質をより正しく研究できるという点でも、波長の長い赤外線での観測はカギとなります。しかし、この波長で質の高いデータを得るには、標高が高くて中間赤外線観測に適した大型望遠鏡を用いる必要があります。

  合体赤外線銀河の奥深くに潜む活動的な超巨大ブラックホールの存在を明らかにするために、国立天文台の今西昌俊博士を中心とする研究グループは、標高 4200 メートルの米国・ハワイ島マウナケア山頂にある口径 8.2 メートルのすばる望遠鏡と、標高 2700 メートルのチリ・セロパチョン山にある口径 8.1 メートルのジェミニ南望遠を用いて、南北全天に分布する 18 天体の合体赤外線銀河を、波長 18 マイクロメートルの中間赤外線で観測しました。

  合体赤外線銀河で赤外線放射の大部分を担うエネルギー源としては、活動的な超巨大ブラックホールの他に銀河合体に伴って中心核の小さな領域で生じる星生成が考えられ、両者ともコンパクトな放射として観測されます。これらを区別するためには、両者で達成される放射エネルギーの違いを利用します。超巨大ブラックホールへの降着物質により発生するエネルギーの効率は、星内部の核融合反応に比べて 10 倍以上も良いことが知られています。そのため、活動的な超巨大ブラックホールでは、星形成に比べて非常に高い表面輝度が達成されるのです。つまり、星生成活動による放射で説明できるものよりも高い表面輝度が観測されれば、活動的な超巨大ブラックホールの存在が重要であるということになります。

  今回の観測から全ての観測天体について非常に高い解像度のデータが得られ、参照のために撮影した点源の画像との比較から、放射が広がっていて表面輝度の小さな銀河 (8天体) と、放射がコンパクトで表面輝度の高い銀河 (10天体) とに分類することに成功しました (図2)。放射が広がった銀河の表面輝度は星生成活動だけで説明できますが、放射がコンパクトな銀河の示す高い表面輝度を説明するためには、放射エネルギー生成効率のより良い活動的な超巨大ブラックホールが不可欠です。すなわち今回の観測から、10 天体の合体赤外線銀河に、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールが存在する可能性が高いことが分かりました。地球大気によって妨げられやすいために観測が困難な波長 18 マイクロメートルの中間赤外線で、合体銀河をこれだけ数多く高解像度で撮像観測し、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールの存在を系統的に明らかにしたのは今回が初めてです。

  塵に埋もれた超巨大ブラックホールの存在を研究する手法としては、今回行った撮像観測以外にも、赤外線分光観測からのアプローチ (すばる望遠鏡 2006年2月15日プレスリリース) が今西さんらによって提案されています。今回の観測と比較したところ、過去の赤外線分光観測により活動的な超巨大ブラックホールの存在が示唆されていた銀河では、今回の高空間分解能撮像観測でも活動的な超巨大ブラックホールの存在を強く示す結果となりました。つまり、どちらの手法も信頼できるものであることを意味しています。今回の表面輝度による手法は、活動的な超巨大ブラックホールの存在についてより直接的な証拠をもたらすため、近傍の銀河に対しては大変強力です。一方で、遠方の天体ほど小さな構造を直接観測することは難しくなるので、遠方銀河には適用しにくくなります。しかし、以前に提案されていた赤外線分光観測による探査が十分に信頼できることが今回の研究から証明されたので、次世代の宇宙赤外線望遠鏡 (日本が中心となって計画中の SPICA 計画) が実現する 2020 年頃には、より遠方の赤外線銀河についても銀河を赤外線で明るく光らせるエネルギー源を区別することが可能になります。「私たちが確立した2種類の手法を使い分け、近傍から遠方までの赤外線銀河について詳細な観測を行うことで、宇宙初期の星生成史や超巨大ブラックホールの成長史を観測的に信頼性高く解明できることでしょう」と今西さんは将来への期待を語っています。

 

  本研究成果は、すばる望遠鏡—ジェミニ天文台の時間交換プログラムを通して行われました。日本の研究者にもチリのジェミニ南望遠鏡を使うチャンスができ、全天に分布する天体を系統的に観測できるようになったことで、本研究は初めて可能になりました。なおこの研究成果はアストロノミカルジャーナル誌2011年5月号に掲載されます。
(Imanishi et al. 2011 Astronomical Journal, 141, 156, 2011年4月2日オンライン版掲載)



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図1:塵に隠された活動的な超巨大ブラックホールの模式図 (NASA および国立天文台/石川直美による図を改変)。観測者は右側から見ていると想定。(左):質量降着している活動的な超巨大ブラックホール (下;サイズにして数光年以下) が、ドーナツ状に分布する塵に隠されている場合。活動銀河中心核からの光が上下方向に充分漏れ出ることでガスを電離して特徴的な輝線を示すため、ドーナツ状に分布する塵の向こう側に隠された活動銀河中心核の存在を可視光線の分光観測から見つけ出すことができます。(右):質量降着している活動的な超巨大ブラックホールが、塵に埋もれ、ほぼ全方向隠された状態になっている場合。活動銀河中心核から直接漏れ出す光がほとんどないため、可視光線で見つけるのは極めて困難です。

 

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図2:すばる望遠鏡 (上段) およびジェミニ南望遠鏡 (下段) によって取得された、波長 18 マイクロメートルの中間赤外線での高空間分解能の画像。視野はすべて8秒角×8秒角。N、Eはそれぞれ、北、東の方向を表します。(左):参照のために撮影した点源 (恒星) の画像。中心星の周囲に、3点に広がるリング状の淡い放射が見えており、光学的な限界 (回折限界) に近い解像度を持つ良質な画像が取得されていることを意味します。(中):点源である恒星の画像サイズと区別できないほどコンパクトな赤外線銀河の画像。放射の表面輝度も高く、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールの存在が強く示唆されます。(右):広がった放射構造を示す赤外線銀河の画像。放射の表面輝度もさほど高くなく、星生成活動によるエネルギー放射で説明できます。

 




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