観測成果

すばる望遠鏡、爆発的な星形成をする「ロゼッタストーン銀河団」を発見

2011年2月1日

  国立天文台、愛媛大学、東北大学、ヨーロッパ南天文台、マックスプランク研究所等の研究者からなる国際研究チームは、こぎつね座の一角に、非常に激しい勢いで星形成をする銀河の集団を発見しました。現在の銀河団の種に相当するこの銀河集団 (原始銀河団) は約 110 億光年 (赤方偏移 2.5, 注1) の彼方にあり、宇宙が生まれてわずか 27 億年しか経っていない、いわば宇宙の育ち盛りの時代にあたります。銀河進化の研究に重要なこの時代における原始銀河団はまだ数例しか見つかっていません。今回見つかった活発な星形成をする銀河集団は、現在の銀河団銀河がその骨格となる星を形成していた時代の様子を垣間見せている、貴重な例となりそうです。

 

銀河団と銀河の歴史

  宇宙は銀河に満ちています。銀河の分布を調べると、銀河がぽつんぽつんと存在する「田舎」もあれば、数百個の銀河が集まる「大都会」もあります。銀河団を眺めてみると、ほとんどの明るい銀河は、古い星だけから構成されている楕円銀河や早期型銀河と呼ばれる形態を持つ事がわかっています。一方、比較的孤立した環境にある銀河は、我々に馴染みの深い、活発な星形成をする渦状銀河が多い事が知られています。では、なぜ銀河団の銀河は古い星ばかりなのか。それを解明するためには、まず銀河団の祖先を探しに遠くへ (つまり過去の宇宙へ) 行かないといけません。すばる望遠鏡はこの分野で目覚しい成果を出しており (例えば2005年プレスリリース「すばる望遠鏡、最遠の銀河団を発見」など)、世界をリードする成果が次々と発表されています。

赤方偏移 2.7 の壁

  天文学者が遠方の宇宙を見る最大の理由は、「銀河や宇宙の原初の姿を見たい」からです。我々は遠くを見ることで、タイムマシンの様に銀河の過去の姿を研究することができます。特に、銀河でどのように星が生まれ、現在の銀河の骨格を形成するに至ったか、そしてそれが銀河団や孤立銀河という環境の違いでどう変化していったのか、その歴史を知りたいという事が多くの研究の動機付けとなっています。

  一つの銀河の中でどれだけの星が生まれているのか (星形成率) は、天文学における基本量と言っても良いでしょう。これを調べる方法として、天文学者は昔から電離水素の放つHα輝線 (波長656.3ナノメートル) の強度を利用してきました。しかし、銀河が遠方になるほど、「赤方偏移」効果によりこの輝線の波長はどんどん赤くなっていきます。そして、天体からの距離が112億光年 (赤方偏移 2.7) に達すると、Hα輝線は近赤外線域の末端 (波長2.45マイクロメートル) にまでシフトし、そこで地球大気自身の放つ強烈な赤外線にかき消されてしまいます。この、地上からではもはやHα輝線の観測が不可能になる「赤方偏移 2.7 の壁」は地球上から観測をする限りどうしようもないものです。

宇宙の「ロゼッタストーン時代」

  「赤方偏移 2.7 の壁」の向こうにある銀河の創成期は、宇宙で最初に生まれた銀河や星の存在する、天文学的に極めて重要な時代であることは言うまでもありません。天文学者達はHα輝線が使えないので、代わりに「紫外線」、特に波長121.6ナノメートルのライマンα輝線 (Lyα) や、天体からの紫外線連続光放射を使い、星形成率を調べてきました (注2)。しかし、これらLyα輝線や紫外線連続光は、「ダスト吸収」に極端に弱い、というやっかいな問題があります。このため紫外線観測に基づく現在の超遠方宇宙の姿は、実際に存在する銀河の大半を見落としているのではないか、という指摘さえあります。この「紫外線で見る宇宙」と我々の馴染み深い「Hα輝線で見る宇宙」の両方を繋ぐためには、両方の情報を見ながら相互の情報を使いつつ正しい宇宙の姿を考えていく事が不可欠です。

  ここでやっかいなのは、地球大気に紫外線をカットするという性質があることです (注4)。望遠鏡のレンズも紫外線を通しにくい物が多く、Lyα輝線ですと100億光年より近い銀河ではすばる望遠鏡では観測ができません (注5)。つまり、HαとLyαの両方の輝線を同時に観測できるのは、100億光年〜110億光年というごく限られた時代の宇宙なのです。その意味で、この時代に存在する銀河や原始銀河団は、それより近い宇宙 (Hαの目) と、それより遠い宇宙 (紫外線の目) を繋ぐ「ロゼッタストーン」の様な存在なのです。

  今回見つかった銀河集団はこの壁ぎりぎりの赤方偏移 2.5 の距離にあり、地上からHα輝線を用いた観測ができる原始銀河団としては、現在知られている最も遠いものになります。

4C23.56 領域:忘れられた宝物

  今回原始銀河団が発見された領域は、4C23.56 という、強力な電波を放つ特殊な銀河の周囲です。実は原始銀河団があるのではないか、という推測は、1997年に報告された事がありました。しかし、極めて狭い視野の赤外線カメラと小口径望遠鏡のデータによる当時の議論は信頼性に乏しく、その後の観測も進みませんでした。時は過ぎこの領域は次第に忘れられていきました。

  2007年、すばる望遠鏡に新しい広視野赤外線カメラである MOIRCS が搭載され、共同利用観測も進んだある日、MOIRCS サポートアストロノマーである田中壱さんは、忘れ去られていたこの領域に MOIRCS の目を向けました。

  「この領域の重要性を忘れた事は一度もありませんでした。」と彼は語ります。「私に与えられた観測時間はわずか4時間程度しかありませんでした。その中で天文学的に重要で、かつ MOIRCS の性能が最大限に引き出せる可能性のある領域として、この 4C23.56 原始銀河団にすばるを向ける事に迷いはありませんでした。何より、MOIRCS はこの原始銀河団からのHα輝線を捉える事のできる特殊なフィルターを持っていたのですから。」

  MOIRCS 開発の黎明期、愛媛大学教授の谷口義明さんと東北大学教授の市川隆さんは、「ロゼッタストーン時代」を切り拓く切り札となる特注の狭帯域フィルタを用意し、既に MOIRCS に搭載していました。Lyα輝線による超遠方宇宙の開拓によって世界を牽引してきた谷口さんは語ります。「このフィルターは宇宙がまだ2億歳の頃 (赤方偏移18) の銀河を探査するつもりで作りました。ところが田中さんと話をするうち、銀河団形成期の観測にも使えることがわかり、大変興奮したことを覚えています。まさに予想通りの成果が出たことになります。」

  研究は田中さんが2010年の日本学術振興会海外若手派遣プログラム (注6) で滞在したヨーロッパ南天文台ESOで大きな展開を見せます。アメリカ航空宇宙局 NASA の打ち上げたスピッツァー宇宙望遠鏡で遠方電波銀河のデータを研究していたヨーロッパの研究者が、彼らの天体の一つである 4C23.56 の中間赤外線データに、電波銀河の周りに何かかすかな中間赤外線天体がたくさん写っている事に気がついていたのです。「スピッツァー宇宙望遠鏡のデータは観測されるとすぐアーカイブに入り、世界中の研究者が利用できます。もちろん私たちも 4C23.56 のデータを取り寄せ、そこにかすかな赤外線天体の光が見られることに気づき、2008年には学会で発表していました。しかし、その本質的な意味と重要性は、専門家であるヨーロッパの研究者達との交流を通して非常に深まりました。」

  Hα輝線のデータと中間赤外線のデータを一つにあわせることで、その中間赤外線天体がこの原始銀河団のメンバーに起因することが特定できました。しかし、そこから導き出される原始銀河団の姿は極めて特異なものでした。「Hα輝線を出している銀河団銀河は、現在の銀河団のスケールと同等な、半径400万光年の領域にまとまって存在していました。しかし、Hα輝線銀河は既に我々の銀河系並みの質量を持っており、そこで毎年太陽を何百個も作り出せるほどに活発な星形成をしている事が、Hα輝線からも中間赤外線からも示されていました。近傍宇宙では、これほどに活発な星形成をする銀河が同じ領域内に存在する確率は、ほぼゼロと言っても良いでしょう。さらに、中間赤外線データに見られる天体の明るさは、Hαで観測された輝線天体の数だけでは説明できない事も分かりました。つまり、ダストの雲の奥底に非常に深く隠されてHαデータでさえ見えない、爆発的な星形成をしている銀河が、この領域にはまだいる事を示しています。」

終わりに

  この「ロゼッタストーン」時代に存在する事が知られている原始銀河団は、現在まだ片手で数えられる程度しかありません。特にHα輝線の豊富なデータを持つ原始銀河団は、南天にある赤方偏移 2.16 のものが1つ存在するだけです。そもそも、原始銀河団としてこの赤方偏移2より遠い宇宙に存在する事が知られている領域自体が、まだこの広い宇宙に数個程度しか知られていません。

  現在の宇宙では、銀河は時に巨大な都市の様に膨大な数の銀河が大集団をなして複雑なネットワークを形づくっています。今回発見された原始銀河団は、まさにその様な巨大銀河団の形成の黎明期の姿を捉えていると考えられます。銀河の形成進化とその環境との関係を理解するための「ロゼッタストーン」として、今後、すばる望遠鏡や次世代巨大電波望遠鏡である ALMA 等により、さらに詳細な研究が進められていく事でしょう。

  本成果は、2011年3月発行の日本天文学会欧文報告誌で発表される予定です。


<研究論文の出典>

"Discovery of an Excess of Hα Emitters around 4C 23.56 at z=2.48"
Tanaka, I. et al., 2011, Publ. Astron. Soc. Japan, Vol. 63, in press



(注1) 天体が観測者から遠ざかっている場合に天体から発せられる光の波長がドップラー効果により長波長側に伸びることを赤方偏移といいます。宇宙膨張により遠くにある天体ほど速く遠ざかっていることが知られているために、赤方偏移は天体までの距離の指標としても使われます。

(注2) 幸か不幸か、これらの紫外線は「赤方偏移 2.7 の壁」の向う側、つまりより遠い宇宙であればあるほど、よく観測できます。地球の大気に吸収されていた紫外線が、赤方偏移により可視波長にシフトしてくるからです(注3もご参照ください)。

(注3) 近年、NASA や日本の宇宙航空研究開発機構 JAXA が打ち上げた赤外線衛星の登場により、この壁を破ってより遠方の宇宙の姿を紫外線以外で観測できるようになりました。もちろんそうした赤外線衛星とのタイアップによる超遠方観測でも、すばる望遠鏡は大活躍をしています (例えば2008年プレスリリース「123億光年彼方のモンスター銀河を発見!」など)。

(注4) 地球大気は紫外線をカットするのに、どうして超遠方の銀河の紫外線が観測できているのでしょうか。もちろん、それは「赤方偏移」が生じるからに他なりません。赤方偏移 2.5 の銀河から出たLyαの光子 (波長121.6ナノメートル) は、その波長が 3.5 倍に伸び、地球で観測される時は「見かけ上」425ナノメートルの青い光となります。

(注5) 大気は波長330ナノメートル以下の光を強く吸収してしまいます。

(注6) 今回の成果の一部は日本学術振興会「組織的な若手研究者等海外派遣プログラム」に基づくものです。

 

 

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図1:4C23.56 原始銀河団領域。赤い四角で示した緑色の天体がHα輝線天体。視野の大きさは3.0分×3.7分。
使用望遠鏡: すばる望遠鏡 (有効口径8.2m)、カセグレン焦点
使用観測装置:MOIRCS (すばる近赤外多天体分光撮像装置)
フィルター:Jバンド (1.26マイクロメートル)、NB2288狭帯域フィルタ (2.29マイクロメートル)、 Ksバンド (2.15マイクロメートル)
観測日時:世界時2007年6月2日、2008年8月23日、2008年9月19日、2010年10月15日
露出時間:Jバンド 45分、Ksバンド 46分、NB2288バンド 2.3時間
画像の向き:北が上、東が左
位置:赤経(J2000.0)=21時7.3分、赤緯(J2000.0)=+23度29.8分 (こぎつね座)

 

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図2:図1のHα輝線銀河のうち、左上に集まっている銀河の群れを拡大し、連続光 (上図のKs) とHα輝線画像 (同Hα) を交互に表示したアニメーション。丸で囲んだ天体が輝線画像で明るく輝いているのが見える。

 

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図3:スピッツァー宇宙望遠鏡で見た 4C23.56 原始銀河団領域。背景画像は中間赤外線 (波長 24 マイクロメートル) の画像 (白黒反転画像) で、ここで見えている天体は星を活発に作っている、ダストに富んだ銀河と思われる。天体の分布を等高線で表現しているが、すばるで見つかったHα輝線天体 (赤丸) と分布が良く一致している。赤い枠は MOIRCS が観測した全領域を示す。Tanaka, I., et al. 2011, PASJ, 63s2, Figure 9 より転載。

 




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