すばる望遠鏡
: ホーム : 観測成果 : 2006年 : 11月20日
レーザーガイド補償光学のファーストライト成功 〜すばる望遠鏡の視力を10倍にするレーザーガイド補償光学!〜

 地球の大気を通して宇宙を観る天体望遠鏡は、大気のゆらぎのため、これまでは望遠鏡が本来もつ空間解像力を十二分には活かせませんでした。すばる望遠鏡の 理論的解像力 (回折限界) は、波長2μmの近赤外線では0.06秒角にもなるので すが、大気のゆらぎが少ないハワイ島マウナケア山頂でも、実際の解像力は平均値で約 0.6秒角程度と10倍も悪くなってしまいます。これを解決するために、大気のゆらぎによる光の乱れを測り、その乱れをリアルタイムで補正して本来の空間分解能を達成する 技術が「補償光学」です。すばる望遠鏡の補償光学 グループは、1990年代後半に第一世代の36素子補償光学系 (注1) を開発し、平成12年から世界中の天文学者に公開してきました。

このたび、平成14−18年度の文部科学省科学研究費補助金特別推進研究「レーザーガイド補償光学系による遠宇宙の近赤外線高解像観測 (研究代表者:家正則) 」により、性能を格段に向上させたすばる望遠鏡第2世代の補償光学系とし て開発したのが、(1) 188素子補償光学系 (注2) と (2) レーザーガイド星生成システム (注3) です (図3、図4)。

 すばる望遠鏡は2006年10月9日に新しい188素子補償光学系の試験観測を行いました。  図1 (左) はこの試験で得られたオリオン座のトラペジウムの画像、図1 (右) は1999年のすばる望遠鏡ファーストライト時に撮影した同じ領域の画像で す。見え味が格段に改善されていることは一目瞭然です。これは、188素子補償光学系が、大気のゆらぎによる像の劣化を補正して、すばる望遠鏡の解像力をその理論限界にまで約10倍に高めることに成功したためです。 図2は引き続き10月12日に行った、レーザーガイド星生成システムによるレーザービームの初照射の様子です。これまで補償光学系を使った観測ができるのは、すぐそばに明るいガイド星があるごく限られた天域 (全天の約1%) だけでし た。レーザーガイド星生成システムの完成により、どの天域でも人工ガイド星をつくることができるため、全天の半分以上の天域で補償光学を用いた観測が可能となります。

 新188素子補償光学系とレーザーガイド星生成システムは、すばる望遠鏡の視力を10倍にし、これまで明るいガイド星がそばに無いため補償光学系を用いた 観測ができなかった遠方の銀河や球状星団の観測、クェーサーや超新星、ガンマ線 バースターの観測などを可能にしますので、これから、これらの装置を使ってさまざまな新しい発見が続くことと期待されます。

 なお、本システムの開発研究には国立天文台の以下のメンバーが参画・貢献しました。家正則教授 (研究代表者)、高見英樹助教授 (補償光学系プロジェクト責任者)、早野裕上級研究員 (レーザーガイド星生成システム責任者)、渡辺誠、 服部雅之、斉藤嘉彦、大屋真、高見道弘、Olivier Guyon、美濃和陽典各研究員、Stephen Colley電気エンジニア, Michael Eldred機械エンジニア, Mathew Dinkins, Taras Golota, Christophe Clergeon 各ソフトエンジニアです。

図1: (左) 188素子補償光学系と近赤外分光撮像装置IRCSによるトラペジウムの新画像 (解像度0.06秒角) と (右) 1999年に記者発表したすばる望遠鏡と近赤外カメラCISCOによる画像 (解像度0.6秒角)。 (拡大)

左図の高解像度版 右図はこちら


図2:レーザーガイド星生成用レーザービームの初照射時の画像(30秒露出)。背景に写っているのは天の川。 (拡大)

高解像度版はこちら


図3:188素子補償光学系とレーザーガイド星生成システムの原理と構成概要。可変形状鏡の形を光の波面の乱れが打ち消されるように変えることによって、実際に観測装置に光をシャープに集中することができる。 (拡大)


図4:赤外ナスミス焦点室に設置した188素子補償光学系 (左) と補償光学系用に改造した近赤外線分光撮像装置IRCS (右)。装置の大きさはそれぞれ約2mあります。 (拡大)

注1:第1期の36素子補償光学系については下記ホームページを参照して下さい。
http://subarutelescope.org/Introduction/instrument/j_AO.html
36素子補償光学系ファーストライト
http://subarutelescope.org/Pressrelease/2000/12/j_index.html

注2:188素子補償光学系は望遠鏡の回折限界像を達成し、すばる望遠鏡の観測能力を飛躍的に高めるものであり、高見英樹助教授が全体実施計画の中心となり開発 製作しました。図4の画面左側にある黒い箱が、すばる望遠鏡の赤外ナス ミス焦点室に設置した188素子補償光学系です。188素子補償光学系はガイド星からの光を分析する波面センサーと測定した波面誤差を修正する可変形状鏡からなります。波面センサーはガイド星からの光をマイクロレンズアレー (注4) で 188 分割し、各々の光の強さをアバランシュ光ダイオードを使った光の粒子を1つ1つ測ることができる超高感度光測定器で高速モニターします。188個の光ダイオードが測定する光量のゆらぎから光波面 の誤差を計算し、可変形状鏡 (注5) の鏡面の形を変えて補正します。補償光学系はこのような補正を毎秒1000回繰り返し、時々刻々変化する揺らぎに追随します。10月9日に実際に望遠鏡 に搭載して行った試験観測では、補償制御を駆動させると0.6秒角に広がっていた星像が 0.063秒角にまでシャープに縮まることが実証され (注6)、オ リオン星雲のトラペジウムのみごとな画像を得ることができました (図1)。

注3:レーザーガイド星生成システムは、これまで明るいガイド星が無いために折角の補償光学系が使えなかった天域でも、補償光学系が使えるようにするために人工のガイド星を作る装置で、早野裕上級研究員をリーダーとして開発製作 しました。 この装置は、ナトリウムD2線 (波長589nm) にチューニングした高出力レーザーを照射し、高度90kmの上層大気中にあるナトリウム層のナトリウム原子を発光させて、人工的にガイド用の星をつくってしまうという装置です。この 装置を搭載すれば、すばる望遠鏡で観たい方向にいつでも十分な明るさのガイド星をつくることができるので、これまで補償光学系を使った観測ができなかった、遠方宇宙の観測などに大変威力を発揮するはずです。 ナトリウム光レー ザーの開発は、独立行政法人理化学研究所中央研究所固体光学デバイス研究ユニット (和田智之研究ユニットリーダー) の協力を得て実現しまし た。これは波長1319nmと波長1064nmの赤外線で発振する2つのNd:YAGレーザーの光を特殊な光 学結晶に同時に入射すると、和周波混合が生じ、ナトリウムD2線の 波長589nmにぴったりと合ったレーザー光を発生することができるという「偶然」を利用した装置です (注7)。レーザー室で作られたレーザー光はすばる望遠鏡 の先端に取 り付けた直径50cmの送信望遠鏡 (注8) から平行なレーザービームとして夜空に打ち上げられます。レーザー光を送信望遠鏡まで損失無く送るた め、我が国で開発されたフォトニック結晶光ファイバーという最先端の光ファイバー (注9) を用 いました (注10)。

注4:ガイド星の光は波面センサーに内蔵した特製の188素子マイクロレンズア レー (右) で分割され、188本の光ファイバーを通じて、188個のアバランシェ光ダ イオードに導かれます。波面センサーの心臓部となる繊細なこの部分の組み立て 調整には、細心の注意を要しました。

注5:波面センサーで測った光波面の誤差は、直径130mm (光が当たる大きさは90mm)、厚さわずかに2.0mmのピエゾ素子で作られた薄鏡を188箇所で制御することによって高速補償します。ピエゾ素子は電圧を与えるとそれに応じて伸び縮 みする特殊なセラミックスです。駆動電極の配置は波面センサーのマイクロレンズの配置とちょうど適合しています。

注6:188素子補償光学系のファーストライト観測での2.2μmでの星像。(右) 補償光学オフ時:0.6秒角、(左) 補償光学オン時:0.063秒角。36素子補償光学系に比べて、より細かく揺らぎを補正できるために、像はよりシャープ になります。また像改善効果は36素子補償光学系に比べると大気シーイングが悪い気象条件でも可能となるほか、これまで補正が不可能であった可視光でも分解能が大幅に改善されるようになりました。

注7:和周波固体レーザー
1319nmのNd:YAGレーザー光と1064nmのNd:YAGレーザー光を非線形光学結晶に入射し、その和周波にあたる589nmのレーザー光を発 生させる全固体レーザー光源は、独立行政法人理化学研究所中央研究所固体光学デバイス研究ユニット (和田智之研究ユニットリーダー) とメガオプト社 (赤川和幸氏ほか) が開発しました。緻密なレーザー共振器設計・製作技術とレーザー制御技術、最新の高品質和周波発生用非線形光学結晶の導入によって、ほぼ理論値限界のレーザービーム 品質をもち、正確なナトリウムD2線への波長同調 (精度6〜7桁、0.1ピコメートル程度) が可能で、高出力 (4.7W) でかつ高い出力安定度(2%以下)のレーザー光源を完成することができました。写真は589nmのオレンジ色のレーザー光が 発生していることを示します。なお、2005年七夕の日に理化学研究所において今回開発したレーザーの国内試射を行ったときの記者発表記事については、下記でご覧頂くことができます。
http://subarutelescope.org/Pressrelease/2005/07/06/j_index.html
または
http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050706/index.html

注8:口径50cmのレーザー送信望遠鏡は、レーザー光源から導かれたレーザー光をその焦点部から拡げて、直径50cmの平行ビームとして送出するための望遠鏡で、すばる望遠鏡のカセグレン副鏡の裏側に設置します。

注9:フォトニック結晶光ファイバー
レーザー光源から送信望遠鏡まで強いレーザー光を損失無く伝送するため、日本で開発されたフォトニック結晶光ファイバーを採用しました。


2006年11月20日
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