観測成果

銀河の世界

重力レンズが映し出す、太古の大衝突の痕跡

2025年4月22日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2025年6月8日

長らく「静穏な銀河団の典型例」とされてきたペルセウス座銀河団に、かつての大規模な合体の直接的な証拠が確認されました。国際研究チームは、すばる望遠鏡の観測データと重力レンズ効果を用いた解析により、約 50 億年前に銀河団と衝突したとみられるダークマターの巨大なかたまりと、それが銀河団と重力的に相互作用した痕跡と考えられる「橋」のような構造をとらえることに成功しました。

重力レンズが映し出す、太古の大衝突の痕跡 図

図1:ペルセウス座銀河団で検出されたダークマターの分布(青色)。背景はすばる望遠鏡の HSC で撮影された画像です。研究チームは、背景にある銀河の形がペルセウス座銀河団のダークマターの存在によってごくわずかに歪められる影響(弱重力レンズ効果)を精密測定して、ダークマターの分布を調べました。本研究で発見されたダークマターの塊(副構造)は銀河団中心部(主構造)から約 140 万光年離れた位置にあります。さらに、副構造と主構造を結ぶ橋のような構造も発見されました。テキストなしの画像はこちら(1 MB)。(クレジット:HyeongHan et al.)

銀河団は、重力によって結びついた数千もの銀河からなる、宇宙で最も巨大な構造のひとつです。こうした銀河団は、宇宙誕生以来最大級のエネルギーをともなう現象とされる衝突・合体によって成長していきます。

ペルセウス座銀河団は、地球からおよそ2億4千万光年の距離に位置し、質量は太陽およそ 600 兆個分にも相当する巨大な天体です。長年にわたり天文学者たちは、この銀河団はすでに合体を終え、安定した状態にあると考えてきました。合体の痕跡が見られないことから、「静穏な銀河団の典型例」として知られていたのです。

ところが近年、観測技術の発達により、この銀河団の構造をより深く探ることができるようになりました。その結果、かすかながらも説得力のある、過去のかく乱の証拠が明らかになったのです。では、もしこれが過去の衝突の痕跡であるなら、その相手となった天体はどこにあるのでしょうか。

この謎を解くため、延世大学の研究者を中心とする国際研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Supreime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム;HSC)で取得された撮像データを詳細に分析しました。重力が背後の銀河の光を曲げる「重力レンズ効果」は、目に見えないダークマターの分布を探る強力な手段です。研究チームは独自に開発した重力レンズ解析手法を用い、ペルセウス座銀河団の中心部から約 140 万光年離れた位置に、太陽 200 兆個分に相当する、ダークマターの巨大なかたまり(副構造)を特定しました(図1)。

注目すべきは、この副構造とペルセウス座銀河団の中心部が、淡いながらも統計的に有意な「橋」のような構造で結ばれている点です。このダークマターの「橋」は、両者に重力的な相互作用があったことを直接的に示しています。

研究チームが行った数値シミュレーションの結果、このダークマターの構造が約 50 億年前にペルセウス座銀河団と衝突したことが示唆されました。その衝突の痕跡は現在も銀河団の構造に影響を及ぼしていると考えられます。

「これこそ、ずっと探し求めていた“最後のピース”です」と、研究チームの James Jee 博士(延世大学)は語ります。「ペルセウス座銀河団で観測されていた非対称な構造や、ガスの渦も、銀河団の大規模な合体という文脈の中でつじつまが合います」

論文の筆頭著者である Kim HyeongHan 博士は「定説に挑むには勇気がいりましたが、共同研究者によるシミュレーションに加え、最近のユークリッド望遠鏡や XRISM 衛星による観測結果も、私たちの成果を強く裏付けています」と、続けます。

「今回の成果は、すばる望遠鏡による深い観測データと、私たちが開発してきた高度な重力レンズ解析を組み合わせることで実現しました。重力レンズは、宇宙最大級の構造の隠れたダイナミクスを明らかにする非常に強力な手段であることを示したといえます」と Jee博士は結びます。

本研究成果は、英国の科学誌『ネイチャー・アストロノミー』に 2025年4月16日付で掲載されました(HyeongHan et al. "Direct Evidence of a Major Merger in the Perseus Cluster")。

本研究は、国立天文台 天文データセンターが運用するサイエンスアーカイブ「SMOKA」が提供するデータを利用したものです。

すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

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