すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラで撮られた、70 億年前までの宇宙に存在する 5000 個を超える銀河団を統計的に調べることで、成長をやめてしまった銀河が銀河団内の特定の方向に偏って分布していることが明らかになりました。銀河団の内部で銀河の成長を止めるメカニズムが非等方的に働いている可能性を示すもので、銀河の形成過程の新たな一面を捉えた成果です。

図1:今回の研究に用いた銀河団の一例。銀河団に属する銀河のうち、星形成をしている銀河を青い円で、星形成をやめた銀河をオレンジの円で示しています。印がついていない天体は、この銀河団とは無関係の銀河や星です。ピンクと水色の影で示された領域は、それぞれ、銀河団の中心銀河の長軸に「そろった方向」と「垂直な方向」を表しています。右上の画像は銀河団の中心部を拡大したものです。この例のように中心銀河は基本的に楕円に近い形をしており、楕円の伸びた方向を長軸とします。個々の銀河団の観測から銀河分布の偏りを検出するのは難しいですが、本研究では 5000 個以上の銀河団の高品質な撮像データを解析することで、成長している銀河と成長をやめた銀河の分布の偏りを検出しました。(クレジット:東京大学)
数千億個もの星々の集まりである銀河は、ガスを材料にして星を作り出す星形成活動を通じて成長しますが、観測される銀河の星形成の様子は活発なものからほとんど停止しているものまで様々です。どのような条件下で星形成が促進あるいは抑制されるかを調べることは、銀河の成長過程を理解する上で重要です。
銀河の中には、単独で存在するものもあれば、群れて集まっているものもあります。銀河の群れの中でも、数百から数千の銀河からなる大規模集団は「銀河団」と呼ばれます。銀河団は300万光年もの広がりがあり、「銀河団ガス」と呼ばれる数千万度から数億度の高温ガスで満たされています。面白いことに、単独で存在する銀河の多くは星形成をしていますが、銀河団に属する銀河の多くは星形成をやめています。これは銀河と銀河団ガスが密に集まっているという、銀河団特有の環境に起因するものだと考えられており、例えば銀河団ガスの風圧や、近くを通過する他の銀河の重力が、銀河の内部から星の材料であるガスを剥ぎ取ってしまうことが知られています。その結果として、銀河の星形成、つまり成長が止まると考えられています。
銀河団に着目したこれまでの研究の多くは、銀河団に属する銀河の性質は等方的、つまり銀河団中心からみてどの方向を調べても銀河の性質は同じであるという仮定の下で行われてきました。ところが、近年の研究で、成長をやめた銀河の分布が銀河団内の特定の方向に偏っている可能性が指摘されています。多くの銀河団の中心部には巨大な銀河 (中心銀河) が1つありますが、成長をやめた銀河は中心銀河の長軸方向により高い頻度で存在しているようです。これは銀河団の中で銀河の星形成を止める作用が、中心銀河とそろった方向 (長軸方向) では強く、それに垂直な方向では弱く働くためだと解釈されています。このような示唆は現在の宇宙に限られた研究や、少数の銀河団サンプルの観測から得られたものです。したがって、この偏りが宇宙の幅広い年代で普遍的なものなのか、またどの銀河団でもみられる一般的な傾向なのかについては不明でした。
そこで東京大学の安藤誠大学院生を中心とするチームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパーシュプリーム・カム) による大規模探査 (Hyper Suprime-Cam すばる戦略枠プログラム) によって撮像された 5000 個を超える大量の銀河団を対象に、星形成をやめた銀河の割合が中心銀河の向きに対してどのように変化するのかを調べました (図1)。その結果、中心銀河の長軸にそった方向では星形成をやめた銀河の割合が高く、それと垂直な方向では低くなっていることが確かめられました (図2)。さらにこの偏りがおよそ70億年前までの銀河団で検出されたことから、時代によらず普遍的なものであることもわかりました。今回検出された偏りは数パーセント程度の小さなものであり、すばる望遠鏡による高品質かつ大規模な銀河団サンプルを統計的に分析することで、初めて検出が可能になりました。

図2:本研究で検出された成長をやめた銀河の偏り (左) とそのイメージ図 (右)。左図は約60億年前の宇宙での解析結果で、成長をやめた銀河の割合 (白丸) を中心銀河の長軸からの方向ごとに示しています。黒色の太線は分布傾向を表す線です。ピンク色の影で示された「中心銀河の長軸にそろった方向」では、水色の影で示された「中心銀河の長軸に垂直な方向」と比べて、成長をやめた銀河の割合が高くなっています。(クレジット:東京大学)
それではこの偏りはどのように生じたのでしょうか。一般に、「重い銀河」や「密な場所にある銀河」には成長をやめたものが多いことが知られています。そこで、(1) 重い銀河が中心銀河の長軸方向により多く存在している、(2) 中心銀河の長軸方向では銀河がより密に集まっている、という可能性があります。あるいは (3) 銀河団の外で成長をやめた銀河が、中心銀河の長軸方向に沿った運動で銀河団内部へ移動してきているのかもしれません。しかし今回検出された銀河の偏りを様々な角度から検証すると、(1) や (2) では検出された偏りの大きさを説明できないこと、また銀河団の外では成長をやめた銀河の分布に大きな偏りがなく、(3) の可能性も低いことがわかりました。観測された偏りをうまく説明するには、このような説明では不十分なようです。
実は、今回の結果をうまく説明できる説がシミュレーションを用いた先行研究で提案されています。銀河の中心部には巨大ブラックホールが存在していると考えられています。銀河団の中心銀河が持つ巨大ブラックホールは、銀河団ガスを吹き飛ばすほどのエネルギーを放出します。この際、中心銀河の長軸に垂直な方向のガスを集中的に吹き飛ばすため、その方向にある銀河団ガスが銀河に及ぼす風圧は相対的に弱くなります。結果として中心銀河の向きに応じて銀河の成長の止まりやすさが変わる、というわけです。本研究の結果は基本的にこの説と整合します。このことは銀河団における銀河の成長を考える上で、中心銀河の巨大ブラックホールの活動性や、銀河と銀河団ガスとの相互作用がいつの時代もきわめて重要であることを示唆しています。
本研究を主導した安藤誠さん (東京大学大学院) は「すばる望遠鏡の大規模で高品質な観測データのおかげで、銀河団の中で銀河の成長を止めるメカニズムの新たな一面とその普遍性が明らかになりました。しかしその直接的な証拠となるブラックホールの活動性や、銀河団ガスの偏在を検出したわけではありません。これらは今後X線や電波の観測によって明らかになると期待されます。今回検出された、成長をやめた銀河の偏りの原因を解明することで、銀河団における銀河の成長史に迫ることができると思います」と展望を語っています。
本研究成果は、『英国王立天文学会誌』に 2022年12月22日付けで掲載されました (Ando et al., "Detection of anisotropic satellite quenching in galaxy clusters up to z~1") 。本研究は、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム (JPMJSP2108) および科学研究費助成事業 (22J11975、JP19K03924) による支援により実施されました。
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。