観測成果

遠方宇宙

~宇宙は予想外になめらかだった?~ 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出

2022年8月1日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年1月12日

名古屋大学と東京大学、国立天文台の研究者を含む研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラを用いた大規模探査と宇宙マイクロ波背景放射のデータを組み合わせることにより、約 120 億年前の遠方宇宙における銀河周辺のダークマターの存在の検出に世界で初めて成功しました。その測定値を用いて、宇宙構造のでこぼこを測定したところ、標準宇宙論の予想よりも小さな値が得られました。この食い違いが本当だとすると、私たちがもつ宇宙像は転換を迫られることになり、さらなる観測的な検証が必要です。今後の大規模探査観測計画の先駆けとなる研究成果です。

~宇宙は予想外になめらかだった?~ 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出 図

図1:本研究のイメージ図。宇宙マイクロ波背景放射と可視光の撮像観測から、目に見えない物質「ダークマター」の分布を調べました。 (クレジット:松下玲子 (名古屋大学))

ダークマターは、目に見えない正体不明の物質にもかかわらず、私たちの住む宇宙の構造形成、特に銀河形成の重力源として不可欠なことが分かっています。ダークマターは自ら光を放つことがないため、望遠鏡で直接見ることができません。ですが、「重力レンズ効果」(注1) と呼ばれる現象を利用して、その分布を測定することができます。銀河周辺の重力レンズ効果は微弱ではあるものの、多数の銀河で重ね合わせをすることによって、それらの銀河をとりまくダークマターの平均的な分布が測定できます。これまでは、銀河を背景光源にした重力レンズ効果を利用することで、現在から約 80 億年前までの銀河周辺のダークマターの分布が測定されてきました。ところが、それより遠方の宇宙では (1) 観測できる遠方銀河の数が少ない、(2) 背景光源として使える銀河がない、という問題があり、遠方宇宙の銀河周辺のダークマター分布は測定されていませんでした。

すばる望遠鏡の Hyper Suprime-Cam (HSC) を用いた戦略枠プログラム (HSC-SSP) は、全天の約 30 分の1の天域を撮像する大規模探査で、すばる望遠鏡の大集光力を活かして非常に遠くの銀河まで観測することができます。研究チームは、HSC-SSP の撮像データからおよそ 150 万個もの 120 億年前の銀河を検出し、大規模な遠方銀河サンプルを作成しました。これにより「観測できる遠方銀河の数が少ない」という問題は解決できます。さらに、ビッグバン直後の熱い宇宙から来る光、宇宙マイクロ波背景放射 (注2) を重力レンズ効果の背景光源として用いることで、「背景光源として使える銀河がない」という問題を解決しました (図2)。こうして、HSC-SSP とマイクロ波のデータを組み合わせることにより、約 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を世界で初めて検出することに成功しました (図3)。

~宇宙は予想外になめらかだった?~ 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出 図2

図2:本研究手法の概念図。ビッグバン直後 (宇宙が生まれてから 38 万年後) の熱い宇宙から来る光、宇宙マイクロ波背景放射を重力レンズ効果の背景光源として用いることで、120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を検出しました。高解像度画像はこちら (1.6MB) (クレジット:NASA/WMAP, ESA/Plank, NAOJ/HSC)

~宇宙は予想外になめらかだった?~ 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出 図3

図3:本研究で検出した 120 億年前の銀河周辺のダークマターの信号 (赤丸) と理論予測 (破線)。横軸は銀河中心からの距離、縦軸はダークマターの量を表します。(クレジット:宮武広直他論文著者、Physical Review Letters、American Physics Society)

研究チームは、さらに、120 億年前の宇宙構造から、標準宇宙論 (注3) を仮定することによって、現在の宇宙構造のでこぼこの程度σ8を推定しました。その値は、プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射の測定と標準宇宙論を組み合わせることによって予言されるσ8よりも小さな値でした (図4)。これまで行われてきた約 80 億年前までの近傍宇宙の観測的研究でもσ8がプランク衛星の予測値より小さい可能性が示唆されており、本研究の結果もこの可能性を支持します。ただし、本研究における統計的優位性は十分ではなく (本測定が得られたσ8になる確率は約 90パーセント)、更なる検証が必要です。

~宇宙は予想外になめらかだった?~ 120 億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出 図4

図4:現在の宇宙構造のでこぼこの程度σ8を縦軸、その測定値を導いたサンブルの赤方偏移を横軸に取った図。赤点は、本研究で得られた制限、他の点は近傍宇宙のダークマター分布を用いて得られた値を表します。灰色の線はプランク衛星の測定から予測されるσ8の制限を示します。 (クレジット:宮武広直他論文著者、Physical Review Letters、American Physics Society)

観測チームが用いた、120 億年前の銀河の大規模サンプルは、広さと深さを併せ持つ HSC-SSP によって初めて可能となりました。今回用いたサンプルは全探査領域の3分の1のみを利用したものです。今後の研究で、HSC-SSP の全探査領域のデータを用いることにより、より統計精度の高い測定が可能になります。

本研究は、約 120 億年前の銀河周辺のダークマター分布測定が可能であることを示しただけでなく、遠方宇宙の情報を用いた宇宙論検証の新しい扉を開くものです。2020年代には HSC-SSP を凌駕する新しい大規模撮像探査が複数の望遠鏡で始まります。また、次世代マイクロ波望遠鏡による観測が進み、更なる高精度マイクロ波観測を可能にする望遠鏡の建設も予定されています。本研究は、これらの将来計画を目前にし、遠方宇宙の宇宙論探査に先鞭を付けるものと位置付けられます。


本研究成果の詳細は、2022年8月2日の名古屋大学からのプレスリリースをご覧ください。


本研究成果は、Mitayake et al. "First Identification of a CMB Lensing Signal Produced by 1.5 Million Galaxies at z∼4: Constraints on Matter Density Fluctuations at High Redshift"として米国の物理学専門誌『フィジカル・レビュー・レターズ』に2022年8月1日付で掲載されました。本研究成果はEditors’ Suggestionに選ばれ、同誌の中でも重要論文に位置付けられています。

本研究は、科学研究費助成事業・基盤研究 (A) (JP15H02064)、基盤研究 (B) (JP20H01932)、新学術領域研究 (公募研究) (19H05100,21H00070) の支援のもとで行われました。


(注1) 重力レンズ効果:
遠方の光源から来る光が、手前にある (ダークマターを含む) 質量構造によって曲げられる現象です。その結果、光源が複数の像になって見えたり、光源の形が歪んで観測されたりします。本研究では後者の効果を用いています。

(注2) 宇宙マイクロ波背景放射:
宇宙が生まれてから約 38 万年後に、宇宙の温度が下がり、それまでプラズマ状態だった宇宙の陽子と電子が結合することによって、光子が自由に運動することが可能になりました。これが、私たちが光で見ることができる最古の宇宙で、宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれます。本研究では、宇宙マイクロ波背景放射を観測するためにヨーロッパ宇宙機関が打ち上げた「プランク衛星」による観測データを使用しました。

(注3) 標準宇宙論:
これまでの宇宙論的観測は、銀河形成の重力源となるダークマター、近傍宇宙の加速膨張の源となる暗黒エネルギーを含む、「ΛCDM 標準宇宙論」でよく説明できます。この標準宇宙論は、「宇宙の物質分布のでこぼこの程度 (σ8)」や「ダークマターのエネルギー密度 (Ωm)」を含む6つの宇宙論パラメータで記述されます。

すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

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