すばる望遠鏡の Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム;HSC) を用いた探査観測によって、超新星爆発をも凌駕するピーク輝度を持ちながら、より急速に増光する天体が発見されました。このタイプの突発天体が発生直後に観測されたのは初めてのことです。観測で得られた初期の光度曲線から、謎に満ちたこの爆発現象の起源について、理論的な検討が進んでいます。
宇宙は短時間で変化の起きる高エネルギー現象である「突発天体」で満ちています。例えば、質量の大きな星のほとんどはその生涯の最期に壮大な爆発である超新星爆発を起こします。このような突発天体の起源を理解するために、過去数十年にわたり、天体の明るさの時間変化を調べる探索が広く行われてきました。これにより多くの突発天体が発見され、これまで知られていなかった全く新しいタイプの突発天体が数多く存在することが、近年明らかになってきました。
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の姜継安 (ジャン ジアン) 特任研究員 (研究当時、現・国立天文台博士研究員) が率いる国際的な突発天体探査プロジェクト「MUltiband Subaru Survey for Early-phase Supernovae (MUSSES)」(注1) は、世界でも指折りの探査能力を備えた、すばる望遠鏡の HSC を用いて様々な突発天体の「発生直後」をとらえることを目的としています。
2020年12月の MUSSES における連続観測では、20 個の急速に増光する突発天体が発見されました。そのうちの1つ「MUSSES2020J」は 2020年12月11日にまだ増光する前の段階で発見され、観測中に急速に明るくなりました。さらに驚くべきことに、後の追観測からこの天体が非常に遠方 (赤方偏移 1.063) で発生し、通常の超新星の約 50 倍の明るさであったことが明らかになりました。このような特徴は、2018年に発見された特異な超新星「AT 2018cow」とよく似ています。今回、研究チームは、このような突発天体を「Fast Blue Ultraluminous Transient (FBUT)」と呼ぶことを提唱しました。

図2:FBUT 天体「MUSSES2020J」とその他の典型的な突発天体現象の光度曲線 (天体の明るさの時間変化) を比較した概略図。右下は HSC のg、r、iバンドの3色合成画像で MUSSES2020J が観測された銀河が中央に写っています (青い×印は MUSSES2020J の位置)。(クレジット:東京大学Kavli IPMU)
姜継安特任研究員は「このような天体はまだごくわずかしか発見できていません。それは、急速に増光する特徴のため、その発生直後の状態の観測はとても困難であったためです。今回、短い時間間隔での観測とすばる望遠鏡/HSC の優れた性能により、この注目すべき現象を初めてとらえることができたのです。初期の光度曲線の情報は、この突発天体の起源を理解する上で、ユニークな情報をもたらすはずです」と述べています。
この希少な観測データにより、MUSSES2020J や他の FBUT 天体の起源の研究が加速しています。FBUT の物理的なメカニズムとして、ブラックホールの潮汐力で近くの星が壊されてしまう現象や、大質量星の崩壊に伴いブラックホールや強磁場中性子星が形成される現象などが考えられます。FBUT 天体の起源として非常に活動的なコンパクト天体が潜んでいることはほぼ疑いようがなく、研究チームは、ブラックホールか強磁場中性子星のいずれかに関係するいくつかの可能性に理論モデルを絞り込んでいます。
京都大学の前田啓一准教授は、「今回初めて得られた FBUT の爆発直後の観測データにより、主成分である秒速3万キロメートル程度の膨張物質に加え、秒速 10 万キロメートルにも達する超高速成分も存在することが示唆されました。これは、謎に包まれた FBUT 天体の正体解明の鍵になる情報であると考えられます。このような新たにもたらされた条件をもとに、現在さらに各モデルの精査を行っています」と、その進展を説明します。
Kavli IPMU 客員上級科学研究員で東京大学大学院理学系研究科の土居守教授は、「今回の現象はもともと観測の主目的ではなく、たまたま捉えたもので、詳細な観測ができせんでした。大爆発し損ねた恒星の終末かもしれませんし、ブラックホールに関係した現象かもしれません。今回、このような不思議な現象が見つかることがわかったおかげで、次回体制を整えて正体を解明できるのではと期待しています」と話しています。
研究チームは、今後も引き続き、すばる望遠鏡をはじめとした世界各地の望遠鏡を用いて突発天体探査を行い、この謎に満ちた新しいタイプの突発天体の起源を解明していく予定です。
本研究成果の詳細は、2022年7月13日の Kavli IPMU からのプレスリリースをご覧ください。
本研究成果は、Ji-an Jiang et al. "MUSSES2020J: The Earliest Discovery of a Fast Blue Ultraluminous Transient at Redshift 1.063" として、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に 2022年7月12日付で掲載されました。
(注1) MUSSES プロジェクトは、Ia 型超新星 (SNe Ia) の爆発機構を、爆発直後の多バンド測光情報を用いて解明することを主要な目標とし、HSC を用いた探査観測と、複数の望遠鏡を用いて詳細な撮像・分光を継続する追観測の2つのパートから構成されています。
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。