観測成果

銀河の世界

銀河団の中をただようはぐれ雲

2021年10月6日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2021年10月13日

アラバマ大学ハンツビル校、国立天文台、ミラノビコッカ大学などの研究者からなる国際共同研究チームは、銀河団の中で孤立してただよう、天の川銀河よりも大きなガス雲を発見しました。この巨大ガス雲は、X線と可視光を放つ異なる温度のガスからできています。このような異なる温度からなる孤立した天体が銀河団の中で見つかったのは初めてのことで、銀河団の中のガスの進化について、新しい謎を投げかけることになりました。

宇宙の中の巨大構造である銀河団は、100 個以上のメンバー銀河からできていて、銀河と銀河の間は1千万度ほどの高温プラズマに満ちています。各銀河は銀河団の重力を受けて高速で運動しているため、高温プラズマを「向かい風」として常に受け、銀河内の低温ガスが吹き流されて尾ができます。これが加熱され 10000 度ほどになると、主成分の水素は原子核 (陽子) と電子が分離してイオンになり、再結合する際に発する光 (Hα輝線) で観測できるようになります。すばる望遠鏡は、このような Hα輝線の「銀河の尾」を数多く見つけています (注1)。

イオンの雲は加熱を続けなければ冷えて低温ガスに戻ってしまいます。逆に加熱が続けば高温プラズマになり Hα 輝線を出さなくなります。このためイオンの「尾」は、銀河から流された後に一時的に見える不安定なものだと考えられていました。実際、かみのけ座銀河団の Hαの広域観測では銀河の外のイオンの雲はすべて「親」銀河のそばにありました。

ところが、この考えを覆す奇妙な天体が、すばる望遠鏡が観測した別の銀河団 (しし座銀河団) の中で見つかりました (図1)。「はぐれ雲」と名付けられたこの天体は一番近いと思われる銀河からも少なくとも 26 万光年以上は離れています。ガスが銀河から離れる速度を考えると、少なくとも8千万年もの間、プラズマにもならず冷え切りもせず、銀河団の高温プラズマの中を生き抜いています。

銀河団の中をただようはぐれ雲 図

図1:すばる望遠鏡の広視野主焦点カメラ (Suprime-Cam) で撮られた「はぐれ雲」 (赤く見えている広がったガス)。青、緑、赤はそれぞれ、Bバンド (450 ナノメートル)、Rバンド (650 ナノメートル)、NA671 狭帯域フィルター (672 ナノメートル) での観測を示しています。(クレジット:M. Yagi/NAOJ)

この天体に興味を持ったアラバマ大学ハンツビル校の Ming Sun 博士は、国際共同研究チームを結成し、X線衛星「XMM-ニュートン」と、可視光の分光装置 (注2) で観測を行いました。その結果、Hα輝線で最初に発見された部分は、はるかに大きく広がった高温のX線ガスのほんの一部だったことがわかりました (図2)。この高温ガスの広がりは天の川銀河の大きさを超えるものでした。はぐれ雲は、X線を放つ高温ガスと Hα輝線を放つイオンという、異なる温度のガスが同居している状態だったのです。図3はX線で見た、しし座銀河団全体の姿です。銀河団の広がった高温ガスの裾にこのはぐれ雲が見えており、はぐれ雲の周囲には薄い高温ガスがあることがわかりました。

銀河団の中をただようはぐれ雲 図2

図2:X線 (青色、0.5-2 keV) と Hα (赤色、NA671-R 狭帯域フィルター) でみた「はぐれ雲」。四角が図1の範囲。背景の天体 (白色、rバンド) は、Hyper Suprime-Cam による観測。分光観測から右上に見える銀河がはぐれ雲の親ではないことが判明しました。左下には別の銀河から流れ出た Hαの尾の例が見えていますが、その周辺の細かな Hαの雲の正体は調査中です。 (Ge et al. 2021, Figure 1 より)

銀河団の中をただようはぐれ雲 図3

図3:X線 (0.5-2 keV) で見たしし座銀河団。四角が図2の範囲。色はX線強度を表し、青、赤、黄、白の順で強くなります。 (Ge et al. 2021, Figure 2 より)

分光観測からガスの運動速度と金属量を調べたところ、はぐれ雲が確かに、しし座銀河団の中にあることと、ある程度大きく十分に進化した銀河の中からガスが出たこともわかりました。しかし、はぐれ雲のそばに大きな銀河は見当たらず、親銀河に相当するような動きの銀河も見つかりませんでした。一番近くに見えていた銀河が親ではなかったこともわかり、はぐれ雲は8千万年よりもさらに長い間、親銀河から離れてただよっていることになりました。

すばる望遠鏡の広視野の水素輝線観測で見つかったこの奇妙なはぐれ雲の性質はX線観測と可視光分光観測からいくつか明らかになりましたが、新たな謎も出てきました。例えばこれまでに考えられていた加熱の仕組みでは分光スペクトルが説明できませんでした。周囲を高温ガスに囲まれた中で様々な温度のガスが同居したまま長時間ただよっていられることも不思議です。広がった高温ガスの一部に、それよりは多少温度の低い電離ガスが同居しているというこの雲の形も説明できていません。

今まで銀河団の中の高温ガスはなめらかに分布していると考えられてきましたが、はぐれ雲のような塊が周りと混ざらずに長い時間ただよっている原理を理解していくことを通じて、銀河団の進化や銀河団の中を動く銀河の進化についての考え方を改めていく必要があります。はぐれ雲の正体を探る更なる手がかりを求めて、研究チームはより高解像度の観測や、電波による低温ガスの観測などを計画しています。


本研究は、英国天文学専門誌『Monthly Notices of Royal Astronomical Society』に 2021年6月1日付で発表されました (Chong Ge et al, "An Halpha/X-ray orphan cloud as a signpost of intracluster medium clumping")。
また、欧州宇宙機関、アラバマ大学ハンツビル校で別途リリース記事が出ています (関連リンク)。


(注1) かみのけ座銀河団で発見された「銀河の尾」については、以下のリリースをご覧ください。
すばる望遠鏡、かみのけ座銀河団に広がった電離水素ガス雲を多数発見 (2010年11月9日 すばる望遠鏡 研究成果)
すばる、銀河からまっすぐにのびる謎の水素ガス雲を発見 (2007年3月5日 すばる望遠鏡 研究成果)

(注2) 可視光の分光観測は、VLT 望遠鏡の MUSE (Multi-Unit Spectroscopic Explorer) と、アパッチポイント天文台の DIS (Dual Imaging Spectrograph) を用いて行われました。


すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

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