観測成果

銀河の世界

人工知能を活用したすばる銀河動物園プロジェクト

2020年8月10日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年8月26日

国立天文台を中心とした研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野カメラで得た 56 万個もの銀河画像に対して人工知能を用いた形態分類を行ない、特に渦巻銀河の形を 97.5 パーセントという非常に高い精度で自動分類することに成功しました。今後、研究チームは、市民天文学プロジェクトとも協力してより多様な形態分類を進めることを目指しています。

今からおよそ 100 年前、米国の天文学者エドウィン・ハッブルは、綺麗な渦を巻いた銀河から滑らかな楕円形の銀河まで様々な形の銀河が存在していることを発見しました。現在の多様な銀河宇宙はさながら銀河の動物園のようであり、それぞれの銀河がどのように生まれ、どのように進化してきたのかという疑問は、今もなお銀河天文学における最大の謎の一つとして残っています。

国立天文台の研究者を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) を 300 夜用いて行う大規模探査 (すばる戦略枠プログラム) によって得られたデータに、人工知能の一つであるディープラーニング技術を適用し、銀河の形を 97.5 パーセントという非常に高い精度で自動的に分類することに成功しました。その結果、渦を巻いた形に識別された銀河はおよそ8万個にのぼり、その多くは 25 億光年以上離れた宇宙に存在していることがわかりました (図1)。

人工知能を活用したすばる銀河動物園プロジェクト 図2

図1:すばる望遠鏡HSCの観測画像から自動で分類された 25 億光年以上彼方にある「S 字型の渦巻銀河」と「Z 字型の渦巻銀河」。(クレジット:Tadaki et al./国立天文台)

このような遠くにある銀河の渦巻模様は、これまでのスローン・デジタル・スカイ・サーベイ (口径 2.5 メートルの望遠鏡) による観測画像では判別不可能でしたが、解像度が2倍、感度が 36 倍高い HSC の観測画像でははっきりと判別することができます (図2)。高感度がゆえに HSC の観測画像には 56 万個もの銀河が検出されており、これらを全て人間が一つ一つ目で見て銀河の形を判別するには大変な労力を必要としますが、ディープラーニング技術がこの問題を解決してくれました。

人工知能を活用したすばる銀河動物園プロジェクト 図3

図2:スローン・デジタル・スカイ・サーベイとすばる望遠鏡 HSC で観測した同じ渦巻銀河画像の比較。HSC の解像度は2倍、感度は 36 倍高い (観測波長の i バンドで比較)。(クレジット:(左) Sloan Digital Sky Survey、(右) 国立天文台/HSC-SSP/M. Koike)

人間が猫の画像を見た時に、猫と認識できるのは、目や鼻や輪郭などの特徴を捉え、これまでの経験・知識と結びつけて総合的に判断しているからです。この特徴の抽出・判断を自動で行うディープラーニング、特に畳み込みニューラルネットワーク (注1) を利用した画像分類は2012年以降急速に発展し、現在では人間の認識精度を上回り、自動運転や監視カメラなど様々な場面で応用されています。猫と犬の画像を自動で分類できるのであれば、「渦巻模様の銀河」と「楕円形の銀河」も自動で分類できるはずと考え、国立天文台の但木謙一特任助教はこのディープラーニングとすばる望遠鏡のビッグデータを活用して銀河の多様な形態を分類する「すばる銀河動物園プロジェクト」を立ち上げました (図3、注2)。

人工知能を活用したすばる銀河動物園プロジェクト 図4

図3:宇宙に存在する多様な形態の銀河が人工知能によって分類されるイメージイラスト。動物画像の分類など、様々な場面で応用されている畳み込みニューラルネットワークを銀河の形態分類に用いることで、「渦巻銀河」だけでなく、「棒渦巻銀河」や「衝突銀河」など様々な形に分類できるようになると期待されています。(クレジット:国立天文台/HSC-SSP)

今回の研究では「S 字型の渦巻銀河」、「Z 字型の渦巻銀河」、「渦巻模様のない銀河」の3つの種類に分類しました。S 字型の渦巻銀河とZ字型の渦巻銀河は自転の向きが逆になります。そのため、S 字型と Z 字型の渦巻銀河の分布を調べると宇宙の中での渦の分布を調べることができます。現在、国立天文台の研究グループはこの情報から、宇宙が本当に一様で等方的なのかを調べる研究を進めています。

また、予め人間が目で見て選んだある程度の数の訓練データさえあれば、もっと様々な形の銀河に分類することができます。国立天文台は一般市民の方々に HSC の銀河画像を実際に見てもらい、「リング銀河」や「しっぽ付き銀河」のような銀河同士の衝突・合体の兆候のある銀河を分類する市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」を進めています。GALAXY CRUISE を監修する田中賢幸准教授は「HSC の戦略枠プログラムのデータはまさにビッグデータで、近傍から遠方まで数え切れないほどの銀河が写っています。こういったデータに市民天文学者と機械が手を組んで挑むのは、科学的にも非常に面白いアプローチです。GALAXY CRUISE での市民天文学者による分類をもとにディープラーニングを用いると、大量の衝突・合体銀河を見つけることができるかもしれません」と、人工知能を活用した銀河研究への期待を語ります。

2022年から稼働予定のすばる望遠鏡の新しい超広視野多天体分光装置 PFS では、銀河までの距離を測定する大規模探査が計画されています。但木特任助教は、「銀河までの距離が分かれば、その銀河が何億年前の宇宙にあるのか分かります。この銀河の形態が時間と共にどのように変化してきたのか調べたいです」と、さらなる展望を語っています。


この研究成果は、2020年7月2日に発行された英国の王立天文学会誌『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』のオンライン版に掲載されました (Ken-ichi Tadaki, Masanori Iye, Hideya, Fukumoto, Masao Hayashi, Cristian E. Rusu, Rhythm Shimakawa, Tomoka Tosaki, "Spin Parity of Spiral Galaxies II: A catalogue of 80k spiral galaxies using big data from the Subaru Hyper Suprime-Cam Survey and deep learning", 2020, MNRAS, 496, 4276-4286)。


(注1) 畳み込みニューラルネットワークでは、元々の画像を直接使うのではなく、畳み込みと呼ばれる数学的な演算処理を複数回行うことで、画像の情報量を落としつつ、物体の輪郭などの局所的な特徴を効率的に捉えることを可能にしています。

(注2) スローン・デジタル・スカイ・サーベイの画像データを使った銀河の形態分類を行うプロジェクトとして Galaxy Zoo/Zooniverse があります。

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