元東京大学大学院の小島崇史博士と国立天文台/東京大学宇宙線研究所の大内正己教授が率いる国際研究チームは、すばる望遠鏡の大規模データと機械学習に基づく新手法を組み合わせることにより、現在の宇宙に残る、形成して間もない銀河を複数発見することに成功しました。なかでも、今回「HSC J1631+4426」と命名された銀河 (図1) は、酸素含有率が太陽の 1.6 パーセントと極めて低く、銀河における酸素含有率の最低記録を更新する快挙となりました。酸素含有率がこれほど低いということは、この銀河にあるほとんどの星がごく最近作られたことを意味しています。銀河の形成過程を解き明かす上で鍵となる天体の存在を、機械学習に基づく新手法によって示した重要な成果です。

図1:研究チームが発見した HSC J1631+4426 銀河のすばる望遠鏡で取得された画像。HSC J1631+4426 銀河は、酸素含有率について観測史上最低記録を更新しました。これほど酸素含有率が低いということは、この銀河にあるほとんどの星がごく最近作られたことを意味しています。オリジナルサイズ (1.1MB) (画像クレジット:国立天文台/Kojima et al.)
生命の源となる酸素などの重元素は、宇宙の長い歴史を通じて、星によって徐々に作られてきました。そのため、形作られ始めたばかりの銀河、つまり形成初期の銀河には、重元素はほとんど含まれていなかったと考えられています。初期宇宙にはそのような形成初期の銀河が多くあったと思われていますが、標準的な宇宙論によると、現在の宇宙にもわずかに形成初期の銀河が残っている可能性があると予言されていました。
元東京大学大学院の小島崇史博士と国立天文台/東京大学宇宙線研究所の大内正己教授が率いる国際研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) で撮影された高感度かつ大規模な画像データの中から、そのような形成初期の銀河を探そうと試みました。「とても暗く、数の少ない形成初期の銀河を見つける上で、すばる望遠鏡の高感度で大規模なデータが欠かせませんでした」と小島氏はすばる望遠鏡の重要性を強調します。しかし、すばる望遠鏡の大規模データは約 4000 万個と多数の天体を含むため、わずかにあるかもしれない形成初期の銀河を見つけるのは至難の技でした。
そこで研究チームは、膨大なデータの中から形成初期の銀河を探し出すために、新しく機械学習の手法 (図2) を開発しました。理論モデルから予想される詳細な色をコンピュータに繰り返し学習させた上で、このコンピュータで形成初期の銀河だけを選び出すという戦略です。「前例のない手法の開発だったので、約1年もの歳月を費やしましたが、無事に形成初期の銀河の候補となる天体を 27 個まで絞りこむことができました」と小島氏は語ります。

図2:研究チームが開発した機械学習の手法の概念図。4つの色の情報をコンピュータに入力すると、Deep Neural Network (DNN) と呼ばれる神経ネットワークのような構造を通して計算され、ある天体が形成初期の銀河である確率などが出力されます。(クレジット:国立天文台/Kojima et al.)
研究チームは、このようにして見つけた候補天体に対してすばる望遠鏡やケック望遠鏡などによる分光追観測を行ない、得られたスペクトル (図3) から天体の元素量を調べました。その結果、ヘルクレス座の方向、4.3 億光年離れた位置にある銀河 (HSC J1631+4426; 図1) の酸素含有率が、太陽のわずか 1.6 パーセントしかないことがわかりました。この酸素含有率は、これまでに報告されてきたどの値よりも小さく、記録的な値です。これほど酸素含有率が低いということは、この銀河にあるほとんどの星がごく最近作られたことを意味しています。
「この HSC J1631+4426 銀河に含まれる星の総質量は 80 万太陽質量で、私たちが住む天の川銀河のわずか 10 万分の1ほどしかないことが明らかになりました」と大内教授は述べます。これは、天の川銀河を構成する星団1つと同程度の質量で、単独の銀河としては極めて軽いものです。HSC J1631+4426 銀河は、活発に星を作っていることや、約1千万年 (宇宙年齢の 0.07 パーセント) 程度の短時間で大半の星ができたとみられることから、形成初期の銀河であると結論づけられました。

図3:すばる望遠鏡とケック望遠鏡で取得された HSC J1631+4426 のスペクトル。光が急激に強くなっている部分は、水素・ヘリウム・酸素・鉄などの原子やイオンから放射される輝線で、それらの強さから元素の含有量が推定できます。(クレジット:国立天文台/Kojima et al.)
本研究成果の意義は大きく分けて二つあると、研究チームは考えています。一つ目は、現在の宇宙にも、このような形成初期の銀河が存在していたことが分かったことです。これは、現在広く受け入れられている標準的な宇宙論モデルを裏付けるものです。二つ目は、長い宇宙史の中で、最後の時期に誕生した銀河を目撃している可能性があることです。標準的な宇宙論モデルによると、加速的に膨張する現在の宇宙では、宇宙の物質密度が急激に減少しつつあると考えられます。このような宇宙では、重力によって新たに物質が集まることが難しくなるため、近い将来、新しい銀河が誕生しなくなる時代が到来すると予想されています。今回発見された銀河は、将来を含めた長い宇宙の歴史における、最後の世代の銀河なのかもしれません。
この研究成果は、米国の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2020年8月3日付けで掲載される予定です (Kojima et al. 2020, "Extremely Metal-Poor Representatives Explored by the Subaru Survey (EMPRESS). I. A Successful Machine Learning Selection of Metal-Poor Galaxies and the Discovery of a Galaxy with M*<106 Msun and 0.016 Zsun")。論文のプレプリントはこちらから閲覧可能です。また本研究は、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム、科学研究費補助金 (JP15H02064, JP17H01110, JP17H01114, JP17K14257, JP18J12840, JP18J12727, JP18K13578) によるサポートを受けています。
<研究チームの構成>
小島崇史 (元東京大学大学院理学系研究科、本研究プロジェクトリーダー)、大内正己 (国立天文台/東京大学宇宙線研究所)、Michael Rauch (アメリカ合衆国・カーネギー天文台)、小野宜昭 (東京大学宇宙線研究所)、中島王彦 (国立天文台)、磯部優樹 (東京大学大学院理学系研究科)、藤本征史 (デンマーク・コペンハーゲン大学)、播金優一 (東京大学宇宙線研究所/イギリス・ロンドン大学)、橋本拓也 (筑波大学)、林将央 (国立天文台)、小宮山裕 (国立天文台)、日下部晴香 (スイス・ジュネーブ大学)、Ji-Hoon Kim (国立天文台)、Chien-Hsiu Lee (アメリカ合衆国・国立光学天文台)、向江志朗 (東京大学大学院理学系研究科)、長尾透 (愛媛大学)、小野寺仁人 (国立天文台)、澁谷隆俊 (北見工業大学)、菅原悠馬 (早稲田大学)、梅村雅之 (筑波大学)、矢部清人 (東京大学 Kavli IPMU)
動画:研究チームが発見した HSC J1631+4426 銀河のすばる望遠鏡で取得された画像。(動画クレジット:国立天文台/HSC-SSP)