国立天文台や東京大学を中心とした研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC) による広域可視光観測と赤外線宇宙望遠鏡による公開データを用いて、約 120 億年前の原始銀河団が放つ赤外線を捉えることに成功しました。観測された赤外線放射が予想よりも明るいことから、原始銀河団には劇的な星形成を行う銀河や成長中の超巨大ブラックホールが潜んでいると研究チームは考えています。

図1: 本研究の画像解析手法の模式図。まず、すばる望遠鏡 HSC による可視光広域観測で、遠方銀河の高密度領域である原始銀河団を探します。さらに銀河における星形成の様子を探るには光を吸収して温められた塵からの赤外線放射の観測が必要です。例えば Planck 衛星の場合、解像度は原始銀河団の拡がりと同程度なので、原始銀河団に付随する銀河の赤外線放射が一つの塊に見えます。また、1画像あたりの精度はよくありません。研究チームは、HSC で見つかった約 180 の原始銀河団領域について、赤外線宇宙望遠鏡で得られた画像を重ね合わせることによって、約 120 億年前の宇宙にある原始銀河団が放つ平均的な赤外線放射の全体像を捉えることに初めて成功しました。(クレジット:国立天文台)
宇宙には様々な銀河があります。銀河の特徴は特に銀河周辺の環境によって異なり、銀河がたくさん集まった場所である銀河団では大質量楕円銀河が、銀河がほとんどない場所では渦巻銀河が多数を占めています。そのため、現在の銀河がどのように形作られたか解明するには昔の宇宙における銀河と環境との関係が重要なヒントになります。そのため、銀河団の祖先とされる原始銀河団、特に宇宙で最も銀河がたくさん生まれたとされる約 100〜120 億年前の原始銀河団が盛んに研究されてきました。
原始銀河団の性質の全体像をつかむためには、たくさんの原始銀河団を観測する必要があります。しかしながら原始銀河団は天球上でまばらにしか存在しない (面密度は1平方度あたり1〜数個程度) ために見つけるのが非常に難しく、私たちからの距離が 100 億光年を超える遠方の原始銀河団はほんのわずかな数しか見つかっていませんでした。
すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ HSC を用いた可視光超広域探査観測は、その困難を克服します。HSC は約 1.8 平方度 (満月9個分) の広い視野と高い解像度感度を持ち、効率良く高精度に広い空の領域を観測できます。現在、HSC を用いた超高域深宇宙探査 (HSC-SSP) が行われていますが、初期に行われた約 120 平方度の観測から約 120 億年前の宇宙にある原始銀河団の探査が行われ、約 180 領域という、今までにない大規模な原始銀河団カタログが得られました (すばる望遠鏡 2018年3月4日 プレスリリース)。
HSC では可視光を観測できますが、銀河の中で何が起こっているのかを解き明かすには更に様々な波長の観測が必要です。特に活発な星形成銀河では、星から放たれた光の大部分が塵に吸収されてしまいます。そのため、星形成率を正確に見積もったり、塵を温めている天体の正体を明らかにしたりするためには、温められた塵が発する赤外線や電波を幅広い波長域で観測することが不可欠です。しかしながら、赤外線の大部分は地球大気の水蒸気によって吸収されてしまうため、地上からの観測は困難です。稼働中の高精度赤外線宇宙望遠鏡もありません。アルマ望遠鏡では高精度な電波観測が可能ですが、観測できる波長は限られ、たくさんの遠くの原始銀河団を観測するには途方もない観測時間が必要です。
そこで研究チームは、誰でも利用できる赤外線公開データに注目し、原始銀河団が放つ赤外線放射の全体像に挑みました。研究チームが利用したのは Planck 衛星など欧米日の5機の赤外線宇宙望遠鏡が過去に観測した中間赤外線から遠赤外線までの超広域画像です (注1)。これらのデータは、遠くの天体を一つ一つ検出するには解像度や感度が低いのですが、研究チームは今回、HSC で見つかった約 180 の原始銀河団領域について画像を重ね合わせることによって (図1)、約 120 億年前の宇宙にある原始銀河団が放つ平均的な赤外線放射の全体像を捉えることに初めて成功しました。特に波長 30〜200 マイクロメートル帯はこれまで普通の遠方銀河でさえ全く様子が判らなかった波長帯で、極めて画期的な成果です (図2)。

図2: 約 120 億年前の宇宙にある原始銀河団が放つ平均的な赤外線放射の全体像。原始銀河団の全ての銀河による放射強度の総和が赤丸で、高解像度画像から得られた、HSC で検出した銀河1つあたりの放射強度が黒点と点線で示されています。さらに HSC の可視光から予想される原始銀河団からの赤外線放射が灰色のカーブです。赤外線宇宙望遠鏡の観測から求めた放射強度と比較すると、足りない部分 (濃灰色) があります。これは HSC では検出できない赤外線銀河が存在することを示唆しています。(クレジット:国立天文台)
驚いたことに、約 120 億年前の宇宙にある原始銀河団で今回検出した赤外線放射は予想以上にとても強く、HSC で見つかった星形成銀河だけでは説明できないことがわかりました。可視光観測では十分に検出できない隠れた活動性が原始銀河団に潜んでいることを示唆しています。
ではいったい何がこの強い赤外線は出しているのでしょうか?研究チームが赤外線放射の波長分布を詳しく調べたところ、典型的な星形成銀河よりも温かい塵が存在することがわかりました。成長中の超巨大ブラックホール (活動銀河核) や若く熱い星形成銀河が原始銀河団に潜んでいて塵をより高温にしていると、研究チームは考えています。今回の結果は、すばる望遠鏡の可視光観測やアルマ望遠鏡の電波観測だけでは見えてこない、隠れた劇的な銀河進化・超巨大ブラックホール進化が約 120 億年前の原始銀河団で進行していることを示しています。
原始銀河団に潜んだ劇的な活動性をさらに詳しく調べるためには、個々の銀河に分解して検証する必要がありますが、現在稼働中の望遠鏡では中間〜遠赤外線での高精度観測は不可能です。研究チームのリーダーである久保真理子さん (国立天文台ハワイ観測所特任研究員) は「欧州と日本が計画している将来の赤外線宇宙望遠鏡 SPICA を使えば、個別の銀河で何が起きているかをより詳細に研究できるでしょう。一方で SPICA は、100 平方度を超えるような超広域観測は得意ではありません。今回の研究成果は SPICA による将来の研究を補完するものにもなるでしょう」と、今回の成果の意義と将来計画への期待を述べています。
この研究成果は、米国の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2019年12月20日付で掲載されました(Mariko Kubo, Jun Toshikawa, Nobunari Kashikawa, Yi-Kuan Chiang, Roderik Overzier, Hisakazu Uchiyama, David L. Clements, David M. Alexander, Yuichi Matsuda, Tadayuki Kodama, Yoshiaki Ono, Tomotsugu Goto, Tai-An Cheng, and Kei Ito, 2019, ""Planck Far-infrared Detection of Hyper Suprime-Cam Protoclusters at z∼4: Hidden AGN and Star Formation Activity"")。また本研究は科学研究費補助金 (JP15H03645、JP17H04831、JP17KK0098、JP19H00697) によるサポートを受けています。
(注1) 研究チームが利用したのは欧米の Planck 衛星、IRAS 衛星、WISE 衛星、ハーシェル宇宙望遠鏡、日本の「あかり」衛星が過去に観測したデータです。これらの宇宙望遠鏡は何年も前にミッションを終えましたが、取得されたデータのアーカイブが公開されています。赤外線宇宙望遠鏡は通常数年程度で寿命を迎えます。特に赤外線観測では観測精度をあげるために冷却材が重要ですが、持っていける冷却材の量には限りがあり、また過酷な宇宙環境で運用されるためです。中間赤外線では、2021年に欧米のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が打ち上がる予定ですが、今回の成果の肝である遠赤外線帯では、ハーシェル宇宙望遠鏡のミッション終了 (2013年) 以降は欧州と日本の将来計画 SPICA (2030年前後) まで空白期間が続きます。