観測成果

遠方宇宙

夜空に浮かぶ太古の目

2016年7月25日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

国立天文台などの研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC) が撮影したデータの中から、2つの遠方銀河が手前にある別の銀河によって同時に重力レンズ効果を受けている、極めて珍しい重力レンズ天体を発見しました (図1)。見た目もユニークな天体で、研究チームは古代エジプトの神聖なる神の目にちなんで「ホルスの目」と名付けました。銀河の基本的な性質や宇宙膨張の歴史に迫るための鍵となる貴重な天体です。

夜空に浮かぶ太古の目 図

図1: 「ホルスの目」周辺の擬似カラー画像。「ホルスの目」を拡大して見る (右図、視野 23 秒角 × 19 秒角) と2つの異なる色をしたレンズ天体があることがわかります。内側の円弧状天体は赤っぽい色、外側のリングは青っぽい色をしています。さらにその周辺に点状のレンズ像が複数見られます。中心のオレンジ色の天体が距離 70 億光年 (赤方偏移 z=0.795) のレンズ銀河で、これが背景銀河からの光を歪めています。背景に示されている広視野画像はこちら。「ホルスの目」のみを拡大した画像はこちら。また「ホルスの目」において各銀河に対応する像を図示した画像はこちら。(クレジット:国立天文台)

遠くの銀河から来る光はその手前にある別の銀河によって大きく曲げられることがあります。「(強い) 重力レンズ効果」という現象です。重力レンズ効果が起こるのは稀なことで、通常は手前の銀河によって背景にある1つの銀河が効果を受けます。しかし、理屈上は複数の背景銀河がレンズ効果を受けることがあってもおかしくはありません。そのような現象が実際に見つかれば、銀河の基本性質や宇宙膨張の歴史に迫ることができ、科学的に非常に有用です。しかしながら過去に発見された例はほとんどありませんでした。

今回すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ HSC のデータから新たに見つかったのは、そのような貴重な重力レンズ天体です。背景銀河が2つあるからか、この重力レンズ天体は非常に面白い見た目をしています。複数の点に加えて、完全なアインシュタインリングや円弧状の天体があり、さらに中心には重力レンズを引き起こしている銀河もあります。これらがうまく並んで切れ長の「目」のような形をなしています。古代エジプトの神聖なる神の目に似ていることから、研究チームはこれを「ホルスの目」と名付けました。

研究チームが「ホルスの目」の画像を詳しく調べると、異なる色をした2つのリング状・円弧状の天体がいることがわかりました。これは重力レンズ効果を受けた背景銀河が、1つではなく2ついることを強く示唆しています。重力レンズ効果を引き起こしているレンズ銀河本体は、距離 70 億光年 (赤方偏移 z=0.795、注1) にあることがスローン・デジタル・スカイ・サーベイの分光観測で分かっていました。しかしながら背景銀河の赤方偏移は未知だったため、研究チームは南米チリにあるマゼラン望遠鏡で新たに観測を行いました。その結果、2つの背景天体の距離 (赤方偏移) を測ることに成功し、それぞれ距離 90 億光年 (z=1.30) と 105 億光年 (z=1.99) にいることが初めてわかったのです (図2)。

夜空に浮かぶ太古の目 図2

図2: 重力レンズ天体「ホルスの目」を形作る銀河の位置関係を模式的に示した図。手前 (距離 70 億光年) にある銀河が背景にある2つの銀河 (距離 90 億光年と 105 億光年) の光を歪めています。(クレジット:国立天文台)

研究チームのケニス・ワンさん (国立天文台) は次のように述べています。「私たちの分光観測によって、背景銀河について非常に興味深いことがわかりました。背景銀河が別の距離にある2つの異なる銀河であったことをきちんと確認したことに加えて、遠い方の背景銀河からわずかに異なる2つの赤方偏移が得られました。もしかしたらこの銀河は衝突合体の過程にある銀河のペアなのかも知れません。」

ところで、この非常に稀な重力レンズ天体「ホルスの目」は、天文学者の研究室ではなく「授業」の最中に偶然見つかったものです。すばる望遠鏡を運用する国立天文台ハワイ観測所は大学生向けの「すばるの学校」を毎年開催していますが、「ホルスの目」が見つかったのは2015年9月の「すばるの学校」でのことでした (図3)。

研究チームのリーダーで「すばるの学校」の講師を務めていた田中賢幸さん (国立天文台) は「受講生として参加していた出塚杏沙さん (京都大学) と一緒にHSCの画像を調べている時に、輪っかのような形をした銀河に偶然出くわしました。それはすぐに重力レンズ天体とはっきりわかるほど見事なものでした。こういった稀な天体が見つかるのは、空の広い領域を観測できる HSC と、遠くの銀河からの光を高解像度で検出できるすばる望遠鏡ならではの成果です」と語っています。

すばる望遠鏡では現在、HSC を使って空の非常に広い領域をいまだかつてない精度で観測する大規模なプロジェクト「戦略枠プログラム」を実施しています。「ホルスの目」が見つかったのも、この大規模観測で得られたデータからでした。

HSC「戦略枠プログラム」の観測はまだ 30% しか終わっていません。今後もデータを取得し続けます。このデータから、今回のような重力レンズ天体がさらに 10 個ぐらい見つかることが期待されており、銀河の基本物理や過去数十億年にわたってどのように宇宙が膨張してきたのを探ることができます。夜空に浮かぶ太古の目が、宇宙の歴史を紐解くのに一役買ってくれるのです。

夜空に浮かぶ太古の目 図3

図3: 2015年9月に国立天文台三鷹キャンパスで開催された「すばるの学校」での実習の様子。(クレジット:国立天文台)

 この研究成果は、アメリカ天文学会の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に2016年7月25日付で掲載されました (Tanaka et al. 2016, "A Spectroscopically Confirmed Double Source Plane Lens System in the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program")。論文のプレプリントはこちらから入手可能です。また、この研究成果は、科学研究費補助金 JP15K17617、JP26800093、JP15H05892 のサポートを受けています。

(注1) 最新の宇宙論パラメータ (H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results) に基づく距離です。距離の計算について詳しくは国立天文台ウェブサイト「遠い天体の距離について」をご覧ください。

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