観測成果

太陽系内

すばる望遠鏡が明らかにした彗星核の熱履歴

2021年4月5日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2021年4月22日

比較的進化した段階と考えられている彗星「P/2016 BA14 (PANSTARRS)」が地球に最接近した機会を捉えて、すばる望遠鏡の中間赤外線観測を行なった結果、地上からの観測としては初めて、彗星(すいせい)の本体である核の表層成分を調べることに成功しました。そのうちのひとつである、含水ケイ酸塩鉱物は、小惑星や隕石などでは観測されていましたが、彗星で見つかったのは今回が初めてです。さらに、含水ケイ酸塩鉱物の特徴を詳しく調べたところ、P/2016 BA14 は現在の軌道で予想されるより高い温度に加熱されていたことが明らかになりました。「太陽系の化石」と呼ばれている彗星の進化や小惑星との関係を探る上で重要な研究成果です。

すばる望遠鏡が明らかにした彗星核の熱履歴 図

図1:本研究の概念図。非接触体温計でも使われている中間赤外線の波長域で彗星を観測すると、現在の温度のみならず、彗星表面の物質の情報から彗星が経験してきた熱履歴を知ることができます。 (クレジット:京都産業大学)

「P/2016 BA14 (PANSTARRS)」彗星は、2016年1月に小惑星として発見され、その後、彗星活動 (ガスやダストの放出) が確認された天体です。太陽系小天体と総称される彗星や小惑星は、46 億年前の太陽系初期に作られ、原始太陽系の情報を保存している「太陽系の化石」と呼ばれています。小惑星が太陽の近くで作られた岩石質の小天体であるのに対し、彗星は、より太陽から遠方で作られ、水分子を主成分とした揮発性分子からなる多量の氷を有した天体であり、彗星と小惑星は大きく異なる天体だと考えられてきました。しかし、近年の観測技術の向上もあり、小惑星軌道にありながら、ダスト放出などの彗星活動を見せる小惑星 (活動的小惑星) が見つかるようになり、彗星と小惑星の違いや、その境界がどこにあるかを、観測的に詳しく調べる重要性が高まってきています。

P/2016 BA14 は、周期 5.3 年の短周期彗星と呼ばれるグループに属しています (図2)。同彗星は、2016年3月22.6日 (世界時) には、地球から 0.024 天文単位 (地球・月間の約9倍の距離) を通過し、過去の彗星の中でもかなり地球に近づいた彗星の一つです。また、彗星活動が低いことから、過去に何度も太陽に接近し、彗星核からガスやダストを放出して次第に枯渇しつつある、進化した彗星である可能性が示唆されていました。

今回、国立天文台と京都産業大学 神山天文台の研究者から成る研究チームは、P/2016 BA14 が地球に最接近する約 30 時間前に、すばる望遠鏡の中間赤外線観測装置 COMICS を用いた撮像と分光観測を行いました。その結果、得られたシグナルのほとんどが彗星核に由来する熱輻射であることが判明しました。

すばる望遠鏡が明らかにした彗星核の熱履歴 図2

図2:P/2016 BA14 の軌道の模式図。 (クレジット:京都産業大学)

彗星は、太陽に近づき彗星核の表面が温められることで、氷成分が昇華します。氷成分が昇華することで、ガスと共にダストも宇宙空間に放出され、彗星の特徴である「コマ」や「尾」を形成します。そのため、彗星の理解には、本体である核の理解が本質的に重要なのですが、彗星核から放出されるガスやダストによって彗星核自身は隠されてしまうため、彗星核を地上から直接観測することは困難です (注1)。彗星核そのものの表面組成は、探査機 (近年では欧州宇宙機関のロゼッタ探査機など) による「その場」観測で、これまでに数例しか観測されていません。今回、すばる望遠鏡がはじめて彗星核の表層成分を地上からの観測によって明らかにすることに成功しました。P/2016 BA14 の活動度が低く、あまりダストが放出されていなかったことに加えて、地球に大接近するまれな機会を捉え、すばる望遠鏡による高解像度の観測を行なったことが活かされました。

得られたデータを分析した結果、彗星核の直径は約 800 メートル (可視光での反射率を3パーセントと仮定) で、表面温度は約 350 ケルビン (摂氏 77 度) と判明しました (図3)。また、8-13 ミクロン付近の中間赤外線スペクトルには、含水ケイ酸塩鉱物 (粘土鉱物の層状ケイ酸塩) が示す特徴が見られました。彗星には氷の水とダストが共存していますが、含水鉱物が形成されるには液体の水と鉱物が反応する必要があり、水が氷から直接昇華してしまう彗星では含水鉱物の存在はこれまで明確に確認されていませんでした。小惑星では、小惑星帯の中でも特に太陽から遠い領域にある天体で含水ケイ酸塩鉱物の特徴が確認されていましたが、彗星で含水ケイ酸塩鉱物の特徴が見つかったのは、初めてのことです。

すばる望遠鏡が明らかにした彗星核の熱履歴 図3

図3:P/2016 BA14 の彗星核 (直径約 800 メートル) と東京ディズニーランドを比較したイメージ画像。 (クレジット:Google Earth/京都産業大学)

P/2016 BA14 のスペクトルは、NASA のオサイリス・レックス探査機が観測した小惑星ベンヌなどの始原的な小惑星や隕石に見られる熱輻射スペクトルとも似ており、太陽系の多くの小天体で含水鉱物が存在するのかもしれません。一方、ベンヌのスペクトルとの詳細な比較を行ったところ、含水ケイ酸塩鉱物の特徴のピーク波長やプロファイルに違いがあることがわかりました。実験室での各種鉱物の測定結果と比較したところ、P/2016 BA14 の表面にある含水ケイ酸塩鉱物は、過去に約 600 ケルビン (摂氏 327 度) 程度まで加熱された履歴を持つ可能性が明らかになりました。現在の P/2016 BA14 の軌道では、約 400 ケルビン (摂氏 127 度) よりも高い表面温度にはなりえませんので、過去に同彗星はより太陽に近づく軌道にあったのかもしれません。また、P/2016 BA14 のスペクトルには高温環境下で形成される複雑な有機物由来の複数の特徴が検出されました。

彗星核は太陽に近づく度に表面から氷やダストを徐々に失い、やがて P/2016 BA14 のような活動度の低い彗星に進化すると考えられます。今回、P/2016 BA14 の核表面に含水ケイ酸塩鉱物や有機物が分布していることが示されました。今後、様々な進化段階の彗星核の赤外線観測が進むことで、含水ケイ酸塩鉱物が彗星に普遍的に存在するのか、あるいは加熱された履歴を持つ進化した彗星にのみ存在するのかが明らかになり、こうした鉱物の生成機構が解明されるでしょう。

P/2016 BA14 は、欧州宇宙機関と日本の宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が協力して進めている彗星探査計画「コメットインターセプター」において、バックアップ・ターゲットの候補となっています。この探査では、複数の探査機による同時フライバイ探査が予定されており、彗星核に関する研究が大きく進展すると期待されます。

本研究の主著者である大坪貴文博士 (国立天文台) は、「彗星にも含水ケイ酸塩が存在する可能性があることが分かったのは、彗星の進化について重要な結果であり、これも彗星核の観測ができたからです。特に赤外線では、これまで限られた数の彗星核しか観測例がありませんが、今後観測が進むことで、彗星の進化に加えて小惑星との違いと共通点をより詳しく知ることができると考えています」と本研究の意義と今後の研究への展望を語っています。


本研究成果は、米国の国際惑星科学誌『イカルス』オンライン版に2021年3月15日に掲載されました (Takafumi Ootsubo, Hideyo Kawakita, Yoshiharu Shinnaka, "Mid-infrared observations of the nucleus of comet P/2016 BA14 (PANSTARRS)"。

本研究は、JSPS 科研費 (課題番号:JP17K05381, JP19H00725, JP20H01943, JP20K14541) の助成を受けて行われました。


(注1) 可視・赤外線波長では彗星コマ中のガスやダストからの放射が彗星核を隠してしまいます。彗星が太陽から非常に遠くにあって彗星活動を行っていない期間を狙って観測する方法も考えられますが、太陽から遠い彗星核は非常に暗いために、観測が困難になります。中間赤外線波長域で行う観測では、通常、彗星核から放出されたダストからの熱輻射が卓越しており、そのような観測例としては、ジャコビニ・ツィナー彗星から複雑な有機物由来の赤外線輝線バンドを検出 (2019年11月18日リリース)、爆発的な増光をしたホームズ彗星は太陽から遠く冷たい場所で誕生した (2018年10月31日リリース) をご覧ください。

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