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すばる望遠鏡の次世代補償光学が試験観測を開始

2026年3月18日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2026年3月22日

東北大学と国立天文台が協力して開発を進める次世代の補償光学「ULTIMATE-START(アルティメット・スタート)」の試験観測が、2025年12月に行われました。複数のレーザーガイド星を用いることで、大気の揺らぎをより高精度に測定し、可視光での星像をシャープにすることを目指します。

動画1:すばる望遠鏡のドーム内から撮影したレーザーガイド星の射出試験の様子。(クレジット:国立天文台)

地上の望遠鏡で宇宙を観測する際、大きな問題となるのが「大気の揺らぎ」です。星の光は、かげろうのように揺らぐ大気を通ることでゆがみ、ぼやけた像になります。この問題を解決するのが「補償光学」です。大気の揺らぎをリアルタイムで測定し、特殊な鏡の形状を瞬時に変形させることで大気によるゆがみを打ち消します。これによって宇宙をはっきりと見ることができるようになります。

従来はレーザー光を上空に打ち上げて人工の「レーザーガイド星」を1つ作り、それを基準に大気の揺らぎを測定していました。しかし、ガイド星が1つだけでは測定できない領域があり、十分な補正ができないという問題がありました(図1左)。

「レーザートモグラフィー補償光学」と呼ばれる新しい補償光学では、複数のレーザーガイド星からなる「星座」を上空に生成し、その光を複数の波面センサーで測定します(図2右)。そのデータを断層撮影(トモグラフィー)の手法で高さ方向に分解して推定することで、最適な補正を行います。これにより、従来の1つのレーザーガイド星だけでは超えられなかった性能の限界を突破し、より高い精度で大気の揺らぎを補正できるようになります。

すばる望遠鏡の次世代補償光学が試験観測を開始 図2

図1:レーザーガイド星を用いた大気揺らぎ補正の模式図。左が1つのレーザーガイド星、右が4つのレーザーガイド星を用いたレーザートモグラフィー補償光学の場合。緑の線は観測天体からの光、オレンジの線は高度 90 キロメートル付近に作られたレーザーガイド星からの光を表します。灰色の円盤は天体からの光が通過する大気の領域(上から高度 10 キロメートル付近の高層、5キロメートル付近の中間層、地表付近の地表層)を表します。4つのレーザーガイド星を使うことで、大気揺らぎの測定領域(斜線の円盤)が広がるとともに、様々な高さにある大気揺らぎを分解して推定できます。(クレジット:東北大学・秋山正幸)

すばる望遠鏡の新しい補償光学では4つのレーザーガイド星を生成します。光を分ける特殊なデバイス(回折光学素子)を用いてレーザー光線を4方向に分岐し、上空にレーザーガイド星からなる正方形の「星座」を作ります。このシステムは国立天文台で開発され、2025年3月に試験が始まりました。今回の試験観測では人工の星座の直径を10秒角から40秒角まで切り替えながら大気揺らぎの測定実験を行いました(動画2)。

動画2:人工の星座を作るレーザーガイド星。1本のレーザーの送信から星座の直径を10秒角から40秒角に切り替えた様子や40秒角、30秒角、20秒角、10秒角と順に切り替える様子をズームインした動画です。動画の中央に見える点が人工の星で右下からそこに向かう光の筋は上空に送信しているレーザーの途中の経路が光って見えているものです。望遠鏡を止めて実験を行ったので、背後の星は日周運動で流れて見えます。(クレジット:国立天文台)

4つのレーザーガイド星は、ナスミス焦点に設置された波面センサーで測定されます。センサーは1秒間に 500 回という速さで大気の揺らぎを捉えます。今回の試験観測では、4つのレーザーガイド星を4台のセンサーで同時に捉えることに成功しました。(図2)。

すばる望遠鏡の次世代補償光学が試験観測を開始 図4

図2:4つのレーザーガイド星の「星座」をとらえた画像(左上)と、それらを計測する4台の波面センサーの画像(右)。1番から4番の星がそれぞれ対応する波面センサーで測定されます。左下はその一部を拡大したもの。望遠鏡の鏡に入る光は、大気の揺らぎによってわずかにゆがんでいます。そのため、波面センサー画像の点々は、本来整然と並ぶ位置から時々刻々とずれて写ります。このずれを測定することで、大気の揺らぎを計測します。なお、各波面センサーに見える3本の明るい線は、測定対象ではない他の3つのレーザーガイド星の散乱光によるもので、計測の妨げとなる光です。(クレジット:東北大学・秋山正幸)

さらに、今回の試験観測では、明るい星を用いた自然ガイド星での補償光学を試験しました。補償光学では、波面センサーが測定したデータをもとに補正信号を送り、表面の形を変えられる鏡(可変形鏡)を高速で変形させることで、大気揺らぎの影響を打ち消します。32x32(1024 点)で揺らぎを測定する波面センサーと、60x60 個の制御点を持つ可変形鏡を組み合わせることで、589 ナノメートルという可視光の波長で、0.09 秒角のシャープな星像を達成しました(図3)。

すばる望遠鏡の次世代補償光学が試験観測を開始 図5

図3:オリオン座カッパ星を自然ガイド星とした試験観測の画像(波長 589 ナノメートル)。補償光学がない場合(左)大気揺らぎの影響で星像が 0.82 秒角に広がっていますが、補償光学を使用すると(右)星像が 0.09 秒角に改善されました。1秒角は満月の直径の約 2000 分の1に相当します。(クレジット:東北大学・秋山正幸)

レーザートモグラフィー補償光学の波面センサーユニットの開発は東北大学において 2017年から始まりました。プロトタイプとなる波面センサー1台での試験観測を経て、4台の波面センサーからなるユニットが完成し、2023年夏にハワイ観測所の山麓施設に輸送されました。そこでの調整作業を経て、2025年夏にすばる望遠鏡の赤外ナスミス焦点に設置されました(動画3)。

動画3:2025年8月に行われた波面センサーユニットの設置作業のタイムラプス。(クレジット:東北大学・秋山正幸)

大気揺らぎのトモグラフィー推定について研究を進め、2026年2月に修士論文を取りまとめた田邊ひよりさん(東北大学)は「学部生の頃から波面センサーの調整・設置作業に関わってきたので、自分が在学中に試験観測まで行うことができて非常に嬉しいです。装置に星の光が入ってきた瞬間は忘れられません。今後レーザートモグラフィー補償光学装置がたくさんの人の研究の一助になることを願っています」と語ります。

今後はレーザーガイド星でも自然ガイド星と同等の補償性能を実現することを目指し、トモグラフィー手法による補償試験を進めていきます。この技術により、これまでレーザーガイド星では難しかった可視光での高精度な補償が可能になり、望遠鏡の性能を最大限に引き出した観測の実現が期待されます。これにより、宇宙空間から観測したかのような鮮明な天体像を地上からとらえることができるでしょう。

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