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塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール

2025年9月8日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2025年9月8日

ビッグバンから 10 億年に満たない初期宇宙で、これまで見逃されてきた「塵に隠れた巨大ブラックホール」が発見されました。愛媛大学や国立天文台の研究者を含む国際研究チームは、すばる望遠鏡で見つけた銀河をジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で追観測し、銀河の中心で物質を飲み込みながら輝く「クェーサー」として現れる巨大ブラックホールの存在を確認しました。初期宇宙でこれほど明るいクェーサーが塵に覆われたまま見つかったのは世界で初めてです。この成果から、初期宇宙には明るいクェーサーが従来の予想の2倍以上存在することが明らかになりました。

塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール 図

図1:初期宇宙で塵に隠されたクェーサーの想像図。(クレジット:国立天文台)

研究の背景

ビッグバンから 138 億年が経過した現在の宇宙では、ほとんどすべての銀河の中心に巨大なブラックホールが存在することが知られています。これらは太陽の 100 万倍以上の質量をもち、大半の時間は静かに潜んでいますが、周囲の物質を飲み込みはじめると強烈な光を放ち、「クェーサー」と呼ばれる天体になります(図1、2)。クェーサーの光は、銀河内のガスや塵を吹き飛ばし、銀河の成長や進化に大きな影響を及ぼすことが知られています。銀河の進化は宇宙の進化と直結しています。したがって、巨大ブラックホールを理解しなければ、宇宙の成り立ちと歴史を正しく知ることはできません。

塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール 図3

図2:クェーサーの想像図。中心に巨大ブラックホールがあり、周囲の物質が渦を巻きながら飲み込まれていきます。この渦の中で物質が擦れ合って熱くなり、光を放つことで「クェーサー」として観測されます。巨大ブラックホールやクェーサーは、この図のはるか外側に広がる銀河の中心に宿っています。(クレジット:松岡良樹)

しかし、この宇宙の不可欠要素である巨大ブラックホールがどのように誕生したのかは、いまだ大きな謎です。少なくともビッグバンから 10 億年後の宇宙には多数の巨大ブラックホールが観測されているため、その起源はさらに過去、「宇宙の夜明け」と呼ばれる初期宇宙にあると考えられています。その誕生メカニズムを解き明かす鍵は、巨大ブラックホールの数です。数が多いほど、宇宙のありふれた場所とメカニズムで次々と誕生したはずです。その有力な候補は、「宇宙の一番星」と呼ばれる初代星の死です。一方、数が少ない場合は、特殊でまれな環境下でしか起こらないようなメカニズムが示唆されます。例えば、巨大な物質の塊が自身の重力で崩壊し、ブラックホールに変わっていくという理論が提案されています。

巨大ブラックホール自身は光らないため観測が困難ですが、物質を飲み込みながら光るクェーサーの状態なら、非常に遠い過去の宇宙でも望遠鏡で捉えることができます。クェーサーの光には、ブラックホール周囲で高速回転する物質が放つ「広輝線」(ドップラー効果で幅が広がったスペクトル線)が見られます(図3)。銀河の観測で広輝線が見つかれば、その中心に物質を飲み込みつつある巨大ブラックホール(クェーサー)がある確かな証拠となります。これまで米国や欧州の研究グループがこの手法で初期宇宙のクェーサーを発見してきました。本研究チームもすばる望遠鏡を用い、これまでに約 200 個の巨大ブラックホールを見つけています。

塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール 図4

図3:銀河のスペクトルの例。銀河から届いた光を波長ごとに分解し、光の強さを示しています。図で特に強い光のピークは、水素が特定の波長で放つ「輝線」です。通常の銀河(上)では、幅の狭い輝線が見られる一方、クェーサーを持つ銀河(下)では、ブラックホール周囲の水素ガスが高速回転するため、ドップラー効果で幅が広がった「広輝線」が観測されます。(クレジット:松岡良樹/国立天文台)

一方、これまでの探索には大きな制約がありました。観測技術の限界から、クェーサーが放つ紫外線(地球からは可視光として観測される;図4)を目印に探していたのです。しかし紫外線は塵に吸収されやすく、多くの銀河に豊富に存在する塵に阻まれると、銀河の外まで届きません。したがって、これまでに見つかったクェーサーは氷山の一角にすぎず、塵に隠されて見逃されているものが多数潜んでいるのではないかと考えられてきました。

今回の観測

研究チームが注目したのは、すばる望遠鏡の広域探査で偶然見つかった、初期宇宙にきわめてまれに存在する特別に明るい銀河(以下「最高光度銀河」;注1)です。これらは当初、クェーサー探索の過程で見つかったものの広輝線が確認されなかったため、クェーサーとは考えられていませんでした。しかし銀河中心に強力なエネルギー源の兆候があったことから、研究チームは発見以来 10 年近く、クェーサーが隠れている可能性を疑い続けてきました。そして 2021年に NASA のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が打ち上げられ、その謎を解く機会が訪れたのです。研究チームは JWST を用いて、これらの銀河からの可視光(地球には赤外線として届く)を史上初めて観測する計画を立てました。可視光は紫外線に比べて塵を透過しやすいため、ある程度の塵に覆われたクェーサーから放たれたとしても、外へ出てくることができます(図4)。

塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール 図6

図4:塵に隠されたクェーサー観測の模式図。宇宙膨張による赤方偏移の効果によって、初期宇宙のクェーサーが放つ紫外線は地球では可視光として、可視光は地球では赤外線として観測されます。クェーサーが塵に覆われている場合、紫外線は塵にほとんど吸収されて外に出てこられないので、より透過力の高い可視光を狙った赤外線観測をおこなう必要があります。しかし、初期宇宙のクェーサーからの微弱な赤外線を捉えるには JWST の登場を待たねばなりませんでした。(クレジット:松岡良樹/国立天文台)

観測は 2023年7月から 2024年10月にかけて、JWST の分光装置 NIRSpec を用い、最高光度銀河 11 個を対象に実施しました。その結果、11 個のうち7個の銀河に明瞭な広輝線が確認されました(図5)。これは、塵に覆われて紫外線では見えなかったクェーサーが存在することを示しています。宇宙の夜明けの時代に、塵に隠された明るいクェーサーが発見されたのは、世界で初めてです(注2)。

塵のベールに隠された初期宇宙の巨大ブラックホール 図7

図5:本研究で観測された、初期宇宙の最高光度銀河。左パネルは、すばる望遠鏡による発見時の画像。右パネルは、JWST による追観測で得られたスペクトルで、水素が波長 650 ナノメートルで放つ「Hα」(エイチアルファ)という輝線を捉えています。左側7個の銀河では、水素が巨大ブラックホールの重力を受けて高速で回転しているため、ドップラー効果によって輝線の裾が顕著に広がった形を示しています。残り4個の銀河では輝線の裾はそれほど広がっておらず、巨大ブラックホールの存在は確認できませんでした。(クレジット:松岡良樹/国立天文台/NASA)

スペクトルをさらに詳しく調べたところ、これらの巨大ブラックホールは太陽数億個分程度の質量を持ち、太陽の数兆倍のエネルギーを放射していることがわかりました。これらの値は、初期宇宙でこれまで知られてきた、普通の、つまり塵に隠されていないクェーサーに匹敵します。また、塵によってクェーサーが放つ光は大きく吸収され、可視光の約 70 パーセント、紫外線に至っては約 99.9 パーセントが失われていることもわかりました。この強い吸収のために、従来の観測では見逃されていたのです。

クェーサーの数密度の比較から、塵に隠されたクェーサーが、従来知られていたクェーサーと少なくとも同数存在することが判明しました。つまり、初期宇宙における明るいクェーサーの数は、これまで考えられてきたより少なくとも2倍に増えることになります。

研究を率いた松岡良樹博士(愛媛大学)は「今回の成果は、すばる望遠鏡と JWST という、現代最強の2基の望遠鏡があってこそ成し遂げられました。ターゲットとなった最高光度銀河は夜空にごくまれにしか存在せず、世界随一の広視野探査能力をもつすばる望遠鏡がなければ発見できませんでした。一方、塵のベールを透過する可視光は、地球に届く頃には微弱な赤外線に変化しており、JWST でなければ観測できません。『すばるで見つけ、ジェイムズ・ウェッブで追究する』という戦略は極めて有効で、今後の研究の1つのロールモデルとなるでしょう」と語ります。

展望

次のステップとして、研究チームは2つの方向性を描いています。

1つは、今回発見された塵に隠されたクェーサーを詳しく追調査することです。JWST で得られたスペクトルには、水素の他に、ヘリウム、酸素、窒素などさまざまな元素が放つ輝線が含まれていました。これらの輝線の強さや形状を数値モデルと比較することで、ブラックホール周辺の物質の状態を明らかにしようと考えています。また、アルマ望遠鏡などを用いた観測によって、クェーサーを抱える親銀河の性質も調べる予定です。従来知られてきた普通のクェーサーと、今回発見された塵に隠されたクェーサーにどのような違いがあるのか、あるいは本質的に同じ存在なのかを、多角的に探ろうとしています。

もう1つは、塵に隠された巨大ブラックホールを、より大規模に探索することです。今回は、中心に強いエネルギー源の兆候がある「最高光度銀河」をターゲットにしましたが、今後はより低光度の銀河まで対象を広げ、初期宇宙に潜む巨大ブラックホールの全体像を明らかにすることを目指しています。そのための新たな観測はすでに JWST の次期観測プログラムとして採択されており、来年早々に始まる予定です。


本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に 2025年7月14日付で掲載されました(Matsuoka et al. "SHELLQs. Bridging the Gap: JWST Unveils Obscured Quasars in the Most Luminous Galaxies at z > 6")。


(注1)研究チームは、すばる望遠鏡の遠方クェーサー探査で見つかった銀河のうち、静止系紫外線での放射光度がおおよそ -22 等に達する最も明るい銀河を「最高光度銀河」と定義しています。これらは星を猛烈な勢いで生み出しているか、あるいは、クェーサーの光が塵から透過してわずかに漏れ出すことで強い紫外線を放っていると考えられます。ただし、従来の観測では、クェーサー活動そのものは確認されていませんでした。

(注2)これまでにも、宇宙の夜明けの時代に塵に隠された明るいクェーサーの候補はいくつか報告されてきましたが、巨大ブラックホールの決定的な証拠となる広輝線が検出されていないため、その正体は確定していません。一方、JWST の最近の観測では、「Little Red Dots」と呼ばれる新しいタイプの天体が多数発見され、広輝線が検出されたことからブラックホールではないかと注目されています。しかし、その放射エネルギーは弱く、これまで知られてきたクェーサーよりもはるかに暗い天体です。このような背景のもと、今回の観測では、極めて稀な最高光度銀河から広輝線を検出し、「宇宙の夜明けで塵に隠された明るいクェーサー」を世界で初めて確定的に発見しました。

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