すばる望遠鏡は、約 130 億光年かなたの遠方宇宙で、大量の巨大ブラックホールを発見しています。今回、そのうちの2つがジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)によって観測され、巨大ブラックホールのすみかとなっている親銀河の星の光が初めて検出されました。世界有数の探査能力を誇るすばる望遠鏡と世界最先端の JWST の強力な組み合わせによって実現した成果です。

図1:ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で撮像されたクェーサー「HSC J2236+0032」―(左)ズームアウト、(中央)クェーサー、(右)ブラックホールの光が差し引かれた親銀河。(クレジット:Ding, Onoue, Silverman et al.)
私達の住む天の川銀河をはじめ、ほとんどの銀河の中心部には太陽の 10 万倍から数 100 億倍の重さを持つ巨大ブラックホールが存在することが知られています。このような巨大ブラックホールはどのようにして形成されたのでしょうか?不思議なことに、巨大ブラックホールとそれを抱える親銀河との間には、両者の大きさが 10 桁も違うにも関わらず、両者の重さに強い正の相関があることが、現在の宇宙の観測から知られています。巨大ブラックホールと親銀河の関係性は宇宙のどの時代から始まり、お互いにどのように影響を与えて成長してきたのでしょうか?これらの謎を解き明かすためには、なるべく過去の宇宙に存在する巨大ブラックホール(クェーサー;注1)の、親銀河の観測が不可欠です。しかし、初期宇宙ともなると銀河の見かけの大きさは小さく、明るさも暗くなり、さらに明るく輝くクェーサーの光に埋もれてしまうため、親銀河の光を分離して捉えることは極めて困難になります。ハッブル宇宙望遠鏡(HST)を用いても、こうした観測は約 100 億年前の宇宙(ビッグバンから約 30 億年後)までしか遡れませんでした。
今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)と国立天文台等の研究者からなる国際研究チームは、HST の後継として 2021年に打ち上げられた JWST を用いて、129 億年前(注2)の宇宙に存在するクェーサー2天体(HSC J2255+0251 と HSC J2236+0032)を観測し、クェーサーが属する親銀河の星の光を捉えることに世界で初めて成功しました。JWST の優れた感度とシャープな画像により、明るいブラックホールに隠れた親銀河の姿を目にすることができたのです。また、これらのクェーサーは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ HSC による大規模撮像探査(HSC-SSP)によって発見されていた天体です(注3)。
「HSC-SSP は他の大規模撮像探査と比べて、観測領域の広さと画像の深さが両立している、という大きな特徴があります。これを生かして、我々のプロジェクトではこれまで 160 個を超える大量の遠方クェーサーの発見に成功しています。これらは同時代で知られている他のクェーサーと比べてブラックホールからの光が 10 倍ほど暗い、当時の宇宙の代表的な明るさの天体であるため、今回の JWST による母銀河の観測にはうってつけです」と、研究チームの尾上匡房博士(北京大学カブリ天文天体物理研究所、カブリ天体物理学フェロー)は語ります。
今回のサイクル1観測(注4)では、JWST の撮像で得られた親銀河の明るさと、分光で得られたブラックホール周辺物質の回転速度から、2天体の親銀河とブラックホールの質量がそれぞれ得られました。その結果は、近傍宇宙でみられた、親銀河と巨大ブラックホールの相関関係が、ビックバンからわずか 10 億年後の初期宇宙で既に成り立っているという仮説と矛盾しないものでした。
尾上博士は「大学院生として国立天文台で研究を始めた頃から本プロジェクトに関わっている身として、すばる望遠鏡が見つけたクェーサーを用いて世界を驚かせる成果を挙げられた事は大変誇らしく思います」と語ります。
研究チームは、HSC-SSP が発見したさらに多くのクェーサーを用いて研究を進める予定です。特に、銀河と巨大ブラックホールのどちらが先に成長したのか、という宇宙スケールの「ニワトリが先か、タマゴが先か」問題に挑もうとしています。今後の研究の進展により、巨大ブラックホールの形成過程の謎や、親銀河との関係性の進化過程に迫ることが大いに期待されます。
本研究について、詳しくは、Kavli IPMU のプレスリリースをご覧ください。
本研究成果は、英国の科学誌『ネイチャー』のオンライン版に 2023年6月28日付で掲載されました(Ding, Onoue, Silverman et al., "Detection of stellar light from quasar host galaxies at z > 6")。
(注1)巨大ブラックホールが周囲の物質を活発に飲み込み始めると、宿主である銀河全体をも凌駕する非常に明るい光を放ちますが、そのような活動的な巨大ブラックホールのことを「クェーサー」と呼びます。
(注2)天体の距離はプランク衛星が 2013年に報告した宇宙論パラメータを仮定しています(参考:国立天文台ウェブサイト「遠い天体の距離について」)。
(注3)超遠方宇宙に大量の巨大ブラックホールを発見(2019年3月13日 ハワイ観測所 観測成果)
(注4)JWST は打ち上げの前年にあたる 2020年初めに、世界中の研究者に向けて、科学運用が始まる 2022年の観測計画(サイクル1)を募集しました。研究チームの今回の観測は、尾上匡房博士を主任研究者とするサイクル1の観測計画として採択されていたものです。