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宇宙ライター林公代の視点 (12) : 銀河考古学の発掘現場

2016年9月21日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

「銀河考古学」という新しい研究分野が、注目を集めています。たとえば地球の歴史について知りたいときは化石を探します。化石を掘り出し生物の遺骸などを調べることで、地層ができた時代や当時の地球環境がわかります。同じように、銀河を構成する恒星一つ一つには、銀河の歴史が刻まれています。

銀河内や銀河周辺の恒星を詳しく調べることによって、その星が銀河のどこで、どのように生まれてきたかという星自体の由来や、銀河の成長過程がまるで地層のように現れてくる・・地上の考古学と同じように銀河を調べるのが「銀河考古学」です。銀河が集まって宇宙を作るのですから、「銀河考古学」は「宇宙の考古学」と言い換えてもいいでしょう。

銀河考古学を行うには、銀河全体を広域でとらえつつ、一つ一つの恒星について詳細に調べる必要があります。また銀河周辺の暗い天体まで捉える大口径望遠鏡が必須です。現在これらのすべての条件を満たす世界で唯一のツールが、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ HSC (Hyper Suprime-Cam, ハイパー・シュプリーム・カム) です。

宇宙ライター林公代の視点 (12) : 銀河考古学の発掘現場 図

図1: すばる望遠鏡の HSC が写しだした M81 (中央)、M82 (上)、NGC 3077 (左端) 画像。視野の直径は約 1.5 度。これほど広い視野を一度の撮影でとらえられるのは HSC だけ。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

ターゲットは M81 銀河。若い星が見せた「銀河の仕事」とは
宇宙を理解するには、銀河の理解が欠かせません。恒星が集まって銀河を作り、銀河が集まり銀河群や銀河団というグループを作ります。銀河は宇宙を構成する「基本単位」なのです。しかし、そもそも銀河はどのように作られるのでしょうか?

銀河形成理論によれば、私たちの銀河系のような大型銀河は、多数の小さな銀河が相互に作用し、合体して作られたと考えられています。しかし小さな銀河から大きな銀河へどのように成長していくのか、その詳細についてはわからない点が多くありますし、観測例もほとんどありません。

銀河の形成過程を調べるには、宇宙の果てにある遠くの銀河でなく、近くの銀河について、化石の役割をする恒星たちを丁寧に調べる必要があります。その最適なターゲットが渦状銀河 M81 です。地球からの距離は約 1200 万光年。私たちの銀河系に近く、銀河形成理論を検証するのにもっとも適した「実験台」と言われています。

通常、望遠鏡で銀河全体を撮影すると、一つ一つの恒星まで見分けることができませんし、逆に一つの恒星をズームアップして見ると銀河の全体像を撮影できません。すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ HSC はその両方を実現できる、もっとも有力な装置です。そこで研究チームは HSC を使って M81 とその周囲を調べる「M81 銀河考古学プロジェクト」を2014年にスタートさせました。2015年1月、チームは M81 とその周りにある渦状銀河 M82、楕円銀河 NGC 3077 などの銀河の詳細な姿を捉えることに成功しました (図1)。

銀河は中心で恒星が集まり輝いている部分 (バルジや円盤) だけでなく、ハローと呼ばれる広い範囲にわたって恒星や星団が広がっています (注1)。すばる望遠鏡は M81 や周辺銀河のハローを一つ一つの恒星に分解して撮ることができます (図2)。

宇宙ライター林公代の視点 (12) : 銀河考古学の発掘現場 図2

図2: (左) M81 の渦巻き腕を拡大した画像。(右) さらに拡大すると恒星が見えてきます。恒星一つ一つについて解析し、運動や年齢、元素組成などを調べます。(クレジット:国立天文台/HSC Project)

研究チームは撮影した一つ一つの恒星について、運動や年齢、元素組成を調べて行きました。銀河には様々な年齢の恒星が混在していますが、恒星の色と明るさを知ることができれば、色―等級図というものを使って年齢を推定することができます。その結果から若い星 (主系列星) と古い星 (赤色巨星) に分けてそれぞれ分布図を作成したところ、非常に興味深い事実が浮かび上がってきました (図3)。

宇宙ライター林公代の視点 (12) : 銀河考古学の発掘現場 図3

図3: M81、M82、NGC 3077 の周りにある恒星の年齢を調べ、若い星 (主系列星、左) と古い星 (赤色巨星、中央) に分けてそれぞれ分布図を作成したもの。左の図では黄色いほど明るく、青いほど暗い星を示しています。中央の図では青色が重元素量の少ない星、黄色が重元素の多い星です。実線は可視光で見える銀河の一般的な範囲を示します。(右端) 1994年に電波で観測された M81 周辺のガス分布。左端の HSC の若い星の分布とガスの分布が一致していることがわかります。(左2つの画像のクレジット:国立天文台、右端の画像の出典:Yun et al. 1994, Nature 372, 530. 許可を得て掲載)

左の図で、M81 の周りに渦を巻くように恒星が分布し、画像左側の楕円銀河 NGC 3077 のほうに伸び、まるで銀河と銀河をつなぐ「ブリッジ」(橋) のように見えます。銀河同士がお互いにガスのやりとりをし「ブリッジ」ができていることは、1994年に電波観測で明らかにされていました (右端の画像)。ガスがあれば恒星が生まれると考えられることから、天文学者の次のターゲットはガスに恒星があるかどうか、という点でした。そして今回 HSC で観測した若い恒星の分布は、電波望遠鏡がとらえたガスの分布とピタリと一致していました。つまり、ガスの中で恒星が生まれていたのです。

すばる望遠鏡の観測から、M81 と NGC 3077 と M82 の3つの銀河はお互いの重力でガスを引っ張り、ガスが濃いところで新しい恒星の集団が生まれていることが見えてきました。「銀河の相互作用で新しい恒星が生まれる」という銀河周辺の全体構造が、今回の観測によって初めて明らかにされました。

「銀河考古学」研究を進めている国立天文台ハワイ観測所の有本信雄所長は、かつての教え子である岡本桜子さん (上海天文台) とともに研究チームをリードしましたが、この観測結果を見たときの興奮を「銀河がちゃんと仕事をしていると思いました」とユニークな言葉で表現します。「ガスがあれば恒星ができるだろうと思ってはいましたが、すばる望遠鏡がそれを見せてくれたのはすごいことです。この瞬間に、我々の銀河系の周りにある小さな銀河たちがお互いに作用しあっていることが確かめられたのです。」

(注1) 銀河の構造は大きく、バルジ (中心部のふくらんだ構造)、円盤、ハローに分けられます。銀河系を例にとると、円盤は半径約5万光年、ハローは半径 30 万光年以上に広がっていると考えられています。

古い星しかない小さな銀河たち
では、古い恒星の分布からは何がわかったでしょうか?図3を見ると、古い星はハローと思われた範囲よりかなり広範囲にわたって分布していることがわかりました。その範囲は楕円銀河 NGC 3077 では約 10 倍にも広がります。

もう一つ興味深いのは、古い恒星の分布にだけ浮かび上がってきた小さな銀河です。図3の下に3つの銀河 (IKN、BK5N、KDG61) が見えていますが、これらは若い星の分布には見られません。ガスがなくなったために、若い星ができないと考えられます。

いずれはこれらの古い星からなる銀河も、上の大きな銀河に取り込まれて合体すると考えられます。私たちはその途中経過を見ているのかもしれません。こうした小さな銀河を矮小銀河と呼びますが、すばる望遠鏡のような大望遠鏡だからこそ一つ一つの恒星に分解できた天体です。

観測は常に競争
すばる望遠鏡の HSC による「M81 銀河考古学」の観測成果の発表は、2015年1月の観測後、同年7月に論文が受理されるまで約半年という異例の早さで進められました。通常は観測から論文発表まで平均して約1年半かかります。なぜこれほど早く進めたかと言えば、ライバルがいたからです。M81 をすばる望遠鏡の同じ装置で観測しようとしているチームがいて、どちらが先に観測に成功するか、熾烈な競争が行われていました。

「どんな仕事も必ず競争です。同じ望遠鏡で同じ天体を観測すれば結果は似たようなものになります。二番煎じでは意味がない。もし1月に観測できていなければ、我々が負けていた可能性もあります」と有本さんは言います。M81 を銀河考古学というアプローチで観測できるのは現在、すばる望遠鏡の HSC だけ。だからこそこうした競争が起こると言えるでしょう (注2)。

(注2) すばる望遠鏡では通常の公募による観測申し込みの審査では、同じ天体で同じテーマの観測が重ならないようにします。しかし、現在すばる望遠鏡と他の望遠鏡 (ケック望遠鏡やジェミニ望遠鏡) の間で時間交換という観測が行われています。たとえばケック望遠鏡への観測申し込み審査で通ったテーマをすばる望遠鏡で観測する際は、観測テーマは公開されません。そのため一つの望遠鏡を使って同じテーマで同じ天体を似た時期に観測するケースが起こりえます。

(レポート:林公代)

<参考文献>
Figure 3 right panel reprinted by permission from Macmillan Publishers Ltd: Nature, Vol. 372, 530-532, "A high-resolution image of atomic hydrogen in the M81 group of galaxies", by M. S. Yun, P. T. P. Ho and K. Y. Lo, copyright 1994.

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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