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すばる望遠鏡の新装置が、これまでにない高精細な宇宙像を実現

2025年10月29日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2025年10月29日

革新的な新装置の搭載によって、すばる望遠鏡がこれまでにない鮮明さで宇宙を観測できるようになります。国際研究チームは「フォトニック・ランタン」と呼ばれるデバイスを利用して、恒星を取り巻くガス円盤を観測し、単一の望遠鏡としては史上最も高精細な画像を実現しました。この成果は、様々な天体の微細構造の研究に新たな道を開くものです。

すばる望遠鏡の新装置が、これまでにない高精細な宇宙像を実現 図

図1:フォトニック・ランタンが組み込まれたすばる望遠鏡の補償光学装置 SCExAO に登り、光の入射位置を確認するセバスチャン・ヴィエヴァール博士。(クレジット:Sébastien Vievard/University of Hawai`i at Manoa)

分解能の限界に挑む ― 望遠鏡の「見る力」

天体の細部をどこまで観測できるかは望遠鏡の大きさによります。理論的な分解能の限界(回折限界)は望遠鏡の口径で決まり、口径 8.2 メートルのすばる望遠鏡では可視光で約 0.02 秒角(18 万分の1度)、近赤外線では約 0.06 秒角です。地上望遠鏡では、大気の揺らぎによってこの限界よりも像がぼやけるため、補償光学という技術を用いて回折限界に近い空間分解能を実現しています。

「フォトニック・ランタン」がもたらす新しい視界

ハワイ大学、パリ天文台、国立天文台等の研究者からなる国際研究チームは、特別に設計された光ファイバー「フォトニック・ランタン」を用いて、望遠鏡で集めた光をより効率的に利用し、従来の限界を超える高精細な画像を再構成することに成功しました。

フォトニック・ランタンは新しい分光装置「FIRST-PL」(ファースト・ピーエル)の一部で、ハワイ大学とパリ天文台が中心となって開発し、すばる望遠鏡の極限補償光学装置 SCExAO(スケックス・エーオー)に組み込まれています(図1)。フォトニック・ランタン自体はシドニー大学とセントラルフロリダ大学によって設計・製作されました。

フォトニック・ランタン(図2)は、星の光を複数のチャンネルに分けるデバイスで、たとえるなら音楽の和音を個々の音に分けるようなものです。分けた光をコンピュータで再構成することで、きわめて鮮明な像が得られます。さらに、FIRST-PL の分光ユニットで光を色ごとに分けるため、空間方向と波長方向の情報が同時に得られます(面分光)。

すばる望遠鏡の新装置が、これまでにない高精細な宇宙像を実現 図4

図2:FIRST-PL に取り付けられたフォトニック・ランタン。SCExAO で大気の揺らぎが補正された光がフォトニック・ランタンに入射します。黄色の線は入射光の経路を示します。フォトニック・ランタンはこの入射光を空間的なパターンに応じて分離し分光ユニットに導きます。(クレジット:Sébastien Vievard/University of Hawai`i at Manoa)

「この装置は、最先端のフォトニクス技術とハワイで行われた精密工学の融合によって成り立っています。世界中、そして異なる分野の研究者が協力することで、まさに“宇宙の見え方”そのものを変えられることを示しています」と、セバスチャン・ヴィエヴァール博士(ハワイ大学/国立天文台ハワイ観測所)は語ります。

より鮮明な宇宙像へ

研究チームは FIRST-PL を用いて、「こいぬ座β星」(β CMi)と呼ばれる星をとりまくガスの円盤を観測しました。円盤内の水素ガスは星の光で電離され、強い輝線(Hα)を放ちます。円盤は高速で回転してるため、私たちに近づくガスは青く(波長が短く)、遠ざかるガスは赤く(波長が長く)見えます(ドップラー効果)。Hα 輝線の色の変化(波長のずれ)を調べた結果、研究チームは、回転するガス円盤を従来より約5倍高い精度でマッピングすることに成功しました(図3)。さらに、円盤が非対称な構造を持つことを発見しました。

「このような円盤の非対称性を検出するとは予想していませんでした。今後、この特徴がどのようにして生じたのかを理論的に説明することが課題です」と主著者のユ・ジョン・キム大学院生(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)は語ります。

すばる望遠鏡の新装置が、これまでにない高精細な宇宙像を実現 図6

図3:β CMi の周りを高速で回転するガス円盤の運動(視線速度方向)を示す画像。色は波長のずれを表し、赤が私たちから遠ざかるガス、青は近づくガスを示します。右下の白いスケールバーは1ミリ秒角(360 万分の1度)を示します。(クレジット: Yoo Jung Kim/UCLA)

新たな可能性に向けて

研究チームは現在、FIRST-PL の試験運用(コミッショニング)を進めており、今後1年間でより広い研究者コミュニティが利用できるようになることを目指しています。正式運用が始まれば、フォトニック・ランタンを基盤とする装置としては世界初の事例となり、すばる望遠鏡だけでなく、天文学全体にとっても重要な節目となるでしょう。

「フォトニクス技術が天文学にもたらす可能性は、まだ始まったばかりです。これからの展開が本当に楽しみです」と、研究チームのネマニャ・ヨヴァノヴィッチ博士(カリフォルニア工科大学)は期待します。


本研究成果は、アメリカの天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に 2025年10月22日付で掲載されました(Kim et al. "On-sky Demonstration of Subdiffraction-limited Astronomical Measurement Using a Photonic Lantern")。

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