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宇宙ライター林公代の視点 (20) : 観測装置開発が宇宙観を変える

2017年2月8日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

常識破りのすばる望遠鏡主焦点カメラ 誕生の背景

すばる望遠鏡は先進技術の粋を集め1999年にファーストライトを迎え、15 年以上にわたり、世界が驚くような発見を続け、宇宙の成り立ちを解き明かし人類の知の地平線を広げてきました。そして今もすばる望遠鏡は進化を続けています。新しい観測装置が次々と開発され、搭載されているのです。

たとえば、2014年から観測を開始した、超広視野主焦点カメラ HSC (Hyper Suprime-Cam ハイパー・シュプリームカム 以下 HSC)。満月9個分もの広さの天域を一度に撮影できる世界最高性能の広視野をもちつつ、暗い天体一つ一つまでシャープな画像を得ることができます。望遠にして広視野を実現した HSC には、世界中の天文学者から観測したいという観測提案 (プロポーザル) が殺到しています。

HSC は初代の主焦点カメラ Suprime-Cam (シュプリーム・カム) の視野をさらに広げた観測装置です。主焦点カメラは満月ぐらいの広い視野を撮影できました。大口径望遠鏡は一般的に視野が狭く、主焦点カメラは当時、異例の広視野カメラとなりました。他の大望遠鏡にないユニークさから、すばるの主力装置となっていきます (図1)。

宇宙ライター林公代の視点 (20) : 観測装置開発が宇宙観を変える 図

図1: 主焦点カメラ・シュプリーム・カムと超広視野カメラ HSC の視野の比較。(クレジット: 国立天文台)

しかし、主焦点カメラは「常識やぶり」であり、欧米の天文学者からあまり期待されていなかったそうです。すばる望遠鏡が作られた1990年代は、米国のハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられた頃です。遠方天体の撮像は宇宙望遠鏡が担い、宇宙望遠鏡が発見した天体を地上の大型望遠鏡が分光観測し、距離や組成などを詳しく調べるという役割分担の考え方が整理されていました。また、主焦点は望遠鏡上部に位置しますが、大きな装置を望遠鏡のてっぺんに搭載すれば加重がかかり姿勢が不安定となり、星の正確な追尾が難しくなります。そんな場所に搭載するのは「ありえない」ことだったのです (図2)。

宇宙ライター林公代の視点 (20) : 観測装置開発が宇宙観を変える 図2

図2: 主焦点の位置は主鏡の約 15 メートル上。主焦点カメラ・シュプリーム・カムと超広視野主焦点カメラ HSC はこの位置にとりつけられます。これほどの広い視野は他の大型望遠鏡になく、すばる望遠鏡のユニークな観測装置です。(クレジット:国立天文台)

けれども、日本はハッブル宇宙望遠鏡のような可視光の宇宙望遠鏡を持っていません。そのため遠い天体の撮像ができる望遠鏡を作ることに決めたのです。その実現には、岡村定矩教授率いる東京大学チームが活躍しました。東大は木曽観測所のシュミット望遠鏡で超広視野 CCD カメラを開発した経験がありました。

さらに、すばる望遠鏡の第一期観測装置には、主焦点カメラを含めて合計7つもの観測装置があり開発が進められていました。赤外線の観測装置開発には、京都大学の赤外線天文学グループが活躍します。7つもの観測装置は「多すぎる」と国際審査委員会で指摘されました。たとえばすばる望遠鏡の隣にある、ジェミニ望遠鏡の観測装置は4つです。しかし大望遠鏡を複数もつ欧米と異なり、日本にとってすばるはただ一つの大型光学赤外線望遠鏡です。「全部やる」という決断は揺るぎませんでした。これら観測装置は東京大学、京都大学など国内外の大学や機関と一緒に開発が行われました。

すばる望遠鏡の観測は2000年にスタート。ふたを開けてみれば、すべての観測装置がフルに稼働し、天文学者の多様な観測ニーズに応じています。そして主焦点カメラは「もっとも遠い銀河」の観測でトップ 10 のほとんどを占める快挙を成し遂げました。これほどバラエティに富む観測装置をもつ大望遠鏡はありません。まるで幕の内弁当です。日本は光学赤外線天文学の世界で、いきなり最先端に躍り出たのです。

超広視野主焦点カメラ HSC - 限界への挑戦

圧倒的な広視野と高感度を誇り、見えない宇宙をあぶりだす「巨大デジカメ」= 超広視野主焦点カメラ HSC は、国立天文台の宮崎聡准教授を開発チームリーダーに、約 10 年間かけて開発されました。国立天文台の中には先端技術センターというハイテク工場があります。ここを拠点に宮崎さんは自らの手足を動かし、企業や大学と協力しながらいくつもの難題を乗り越え開発に成功しました。その詳細を見ていきましょう。


HSC 開発 - きっかけは加速膨張発見

宮崎さんは技術者でなく、天文学者です。その宮崎さんが HSC という観測装置を自ら開発することを目指したのは、ある天文学上の大発見がきっかけでした。

1990年代、宇宙膨張が従来の予想と異なり、加速度的な速さで膨張していることが明らかになり、その原因としてダークエネルギーの存在が示唆されました。この問題を解決するためには宇宙の広い範囲にわたって、宇宙膨張の歴史を詳しく調べる必要があります(注1)。主焦点カメラを使った観測計画を立てたところ、観測には 50 年かかり、非現実的であることがわかりました。観測期間をもっと短くできないか。宮崎さんは考えた結果「視野を 10 倍近く広げれば、観測が5年に短縮できる!」と気づき、さらに広い視野をもつ新型カメラを開発することにしたのです。

宮崎さんにはその技術がありました。1994年からハワイ大学天文学研究所に2年間留学し、広視野カメラに必須となる CCD センサ開発、開発した CCD センサを使った広視野カメラを望遠鏡に搭載し、観測。得られたデータを解析するという、一連の流れと技術を学んできたのです。帰国後は開発中だったすばる望遠鏡主焦点カメラのチームで取りまとめ業務を担当しました。当時、宮崎さんは主焦点カメラに、技術的なのびしろを感じたと言います。「限界がまだ見えていない。さらに広視野のカメラが実現できるし、そうなれば新しい宇宙が見えてくる。」そこで自ら新型カメラ開発し、ダークエネルギーの謎に迫ろうと決断しました。

宮崎さんは技術者でなく、天文学者です。その宮崎さんが HSC という観測装置を自ら開発することを目指したのは、ある天文学上の大発見がきっかけでした。

(注1) 宇宙がどのように膨張してきたかを調べるため、宮崎さんが考えた手法は宇宙の広い領域にわたって、重力レンズ効果を用いてダークマターの分布を調べ「ダークマター地図」を作ることです。


「広視野」「高解像度」 - HSC とはどんな観測装置なのか

では超広視野主焦点カメラ HSC はどんなカメラなのでしょうか。その特徴は「広視野」でありながら、宇宙の奥深く (遠く) にある天体を「高解像度」で観測できることです。高さ3メートル、重さ3トンと人の身長より大きなカメラで、「カメラ部」「補正レンズ」「主焦点ユニット(機械部)」の3つに分けられます。

カメラ部は直径 50 センチメートルの焦点面に 116 枚の CCD センサを並べ、計8億7千万画素を持つ巨大なデジタルカメラです。入ってきた光を電気信号に変える要が CCD センサですが、先代の主焦点カメラは米国製 CCD センサを使っていました。HSC では国立天文台と浜松ホトニクスが新規に開発。 赤外線までの広い波長にわたって高い感度を持つことが特徴です。

補正レンズは7枚のレンズからなり、すばる望遠鏡の口径 8.2 メートルの主鏡が集めた光から、像の広がりなどの影響を補正しカメラ部に導きます。広い視野のすみずみまで、シャープな星像を生み出すことが特徴で、キヤノン株式会社によって製作されています。

主焦点ユニットは、カメラや補正レンズを望遠鏡本体に取り付ける機械部品です。3トンもの重さの HSC を1-2 マイクロメートルの精度で制御できるよう、特別に開発された6本のジャッキが備えられています。三菱電機株式会社が担当しました。 このほかにも巨大なフィルターを自動で交換できるフィルター交換機構、CCD センサをマイナス 100 度に冷やす真空冷凍機などを国立天文台で開発しました。HSC には日本の科学技術の英知が結集されています (図3)。

宇宙ライター林公代の視点 (20) : 観測装置開発が宇宙観を変える 図3

図3: HSC の全体像。高さ約3メートル。重さ約3トンの巨大なデジタルカメラ。下から光が入り、まず「補正レンズ」を通してその上の「カメラ部」に導かれます。主焦点ユニットには腕のようなジャッキが見えています。(クレジット: HSC プロジェクト/国立天文台)

「広視野」を実現するには、まず焦点距離を短くする必要があります。すばる望遠鏡の場合、主焦点に装置をおくともっとも焦点距離が短くなります。ただし、あまり重い装置をつけると望遠鏡を傾けた時に加重で望遠鏡がたわみ、星の正確な追尾に影響しますし、装置が大きすぎても望遠鏡に入る光を妨げます。小型化・軽量化が必須でした。

「高解像度」の実現には、補正レンズで宇宙から届いた光をいかにシャープに結像させるか、またカメラ部の受光面にある 116 枚の CCD をいかに平らに並べ光をもれなくとらえるか、など細部まで高い精度が求められました。HSC の「広視野」、「高解像度」にすばる望遠鏡の主鏡 8.2 メートルの「大口径」という特徴が加わり、3拍子揃って遠くの天体を深く探査できる、世界に類を見ない装置となりました。


(レポート:林公代)

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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