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宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める

2016年8月5日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

不思議に満ちた太陽系

大望遠鏡が探るターゲットと言えば、百数十億光年も先にある遠い銀河や、見えない物質「ダークマター」など、ものすごく「遠く」にある「正体がよくわからない謎の天体」というイメージが強いかもしれません。

しかし私達が住むこの太陽系も、まだまだ見えていない天体が多く、解明されていない謎が山積しています。確かに太陽系は、宇宙の果てに比べれば太陽系は近場、つまりご近所です。しかし、遠くにある銀河などの大きな天体を探すのと、近場にある小さな天体を探すのは、どちらも暗くしか見えないため、観測するのは同じくらい難しいことなのです。

惑星科学研究の世界的リーダーである渡部潤一・国立天文台副台長は「太陽系の天体の分布はまだまだ見えていないと言っていい。今見えている天体までの距離 (100 天文単位ぐらい、1天文単位は地球と太陽の距離) から約 10 倍は広がっているでしょう。特にどこに存在するかわからない未知の天体を探す能力において、広い視野で暗い天体まで観測できるのは現在、すばる望遠鏡だけです。すばる望遠鏡は太陽系の科学に大きく貢献してきました」と言います。

宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める 図

図1: 日没後、薄明が残る中で輝く金星と木星。淡く広がる黄道光に包まれ、望遠鏡ドームのシルエットが浮かび上がっています。2012年3月15日19時39分撮影。(クレジット:藤原英明/国立天文台)

月のクレーターを作った犯人は、彗星か小惑星か?

筆頭にあげられるのが、太陽系内小天体のサーベイ (分布調査) です。太陽系は恒星である太陽の周りを8つの惑星が回っているだけでなく、準惑星、小惑星や彗星、 太陽系外縁天体などの天体があります。これら小天体の中には太陽系ができた当時や、天体が生まれたときの状態などをとどめているものが多く、過去の様子を知る「化石」と言えます。

たとえば、太陽系の惑星や衛星は約 45 年億前に誕生したと推定されていますが、その後、木星から海王星までの巨大惑星が大移動したり、天体表面に他の天体が衝突したりなど激変期を経験したと考えられています。小天体を調べることで、原始太陽系でいつ頃、どんなことが起こったかを調べることができるのです。

私たちにとってもっとも身近な「月」について。望遠鏡でのぞくと月の表面にはたくさんのクレーターが見えます。このクレーターは月に天体が激しく衝突したことを物語っています。

太陽系の歴史は衝突の歴史です。現在の太陽系形成理論によれば、太陽が出来るときにその周りにはガスとチリからなる「原始惑星系円盤」がドーナツ状に取り囲み、その中で数キロメートルサイズの微惑星が、衝突や合体を繰り返して次第に惑星に成長していったと考えられています。

月は地球とほぼ同じ約 45 億年前に形成されたと考えられていますが、その数億年後に月面に激しい天体の衝突が起こり、その表面が完全にリセットされたという説があります。

アポロ宇宙船が月から持ち帰った試料の分析から、その時期は約 40 億年前に始まり約 38 億年前に終わったと推定されます。約 45 億年前の激しい微惑星同士の衝突で惑星や月が形成された後に、再び天体の衝突が起こったことから、この時期は「後期重爆撃期」と呼ばれています。

いったい何が「後期重爆撃」を起こしたのでしょうか。月に大量に衝突した天体は小惑星か彗星か、あるいは他の天体だったのか。様々な説が乱れ飛び 30 年以上にわたり「惑星科学上の最大の謎」でした。なぜ、それほど長い間謎だったのかと言えば、衝突天体の有力候補だった小惑星のサイズ分布がよくわかっていなかったからです。

そこですばる望遠鏡の出番です。小さくて暗い小惑星の調査はすばる望遠鏡にしかできません。太陽系には小惑星が集まっている場所がありますが、火星と木星の間にある「メインベルト小惑星」についてどのくらいのサイズが何個あるか、国立天文台の吉田二美さんたちのグループがサーベイ観測、つまり「小惑星の人口分布」調査を行いました。

宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める 図2

図2: すばる望遠鏡の小惑星サーベイで検出された小惑星。恒星 (黒い点) に対して移動している小惑星が黒白の棒のように見えています。(クレジット:国立天文台)

一方、月のクレーターの大きさは、衝突する天体の大きさと衝突速度などから決まります。国立天文台の伊藤孝士さんは小惑星の軌道などから衝突速度を計算し、衝突クレーターの大きさを求めました。その計算結果をアリゾナ大学の研究で得られた月面のクレーターの大きさ分布と比較すると、吉田さんらが観測した実際のメインべルト小惑星のサイズ分布と、ぴったりと一致したのです。後期重爆撃を起こしたのは小惑星であることがわかり、「画期的なパラダイムシフト」と渡部潤一さんは言います。

宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める 図3

図3: クレーターを作った衝突天体のサイズと現在の小惑星のサイズ分布の比較。すばる望遠鏡 (青) は特に小さな天体を観測していることがわかります。後期重爆撃機のクレーターを作った衝突天体は黒い線で描かれ、メインベルトの小惑星帯の観測データと一致しています。図の下、火星や月の新しいクレーターは地球に近い小惑星のサイズ分布と一致しています。(クレジット:国立天文台)

惑星が大移動した・・その証拠は?

しかし、なぜ火星と木星の間にある小惑星が、この時期に月面に大量に衝突したのでしょうか?それは木星と土星の移動が原因だと推察されています。

約 45 億年前に太陽系が形成された頃は、木星から天王星までの巨大惑星は現在よりも (太陽から) 近い領域にコンパクトに存在していたと考えられています。その後、惑星と微惑星の相互作用によって惑星の大移動が起こり、この大移動がもととなり小惑星帯の大量落下が起きたと考えられます。メインベルト小惑星帯の人口分布を調べることで、太陽系初期に起こった惑星の大移動に対して、有力な証拠の一つを提示したと言えるでしょう。

惑星の大移動については様々な説があります。たとば天王星や海王星が今の場所にできるには太陽系の年齢である約 45 億年以上の時間がかかることから、もっと内側で形成されてから移動したのだろうとか、木星は一度現在の火星の位置まで移動してから外側に移動したのだろうとか。こうした説を検証するために、より数多くの小惑星について詳細な人口分布調査が重要です。小天体の軌道分布を調べたり、天体表面のクレーターを調べたりすることで過去の事実が明らかにされていきます。

惑星の移動を裏付けるような小惑星の人口分布調査について、すばる望遠鏡は大きな仕事をしています。たとえば木星の周囲にはトロヤ群と呼ばれる小惑星の群れがあります (注1)。

観測によってトロヤ群小惑星のうち、木星の進行方向に対して先行する群 (L4 群) と後方の群 (L5 群) を比べると L4 群の数の方が多いことがわかりました。シミュレーションによって、木星が移動すれば L5 群の軌道を不安定にし、L4 群の方が生き残りやすいこと、移動していなかった場合には両者の数は同じになるはずだということがわかっています。つまり観測から木星が太陽系初期に形成された後、外側に移動したことが明らかになったのです。これは木星の周りの約 24 等 (直径約2キロメートル) という非常に暗い天体を見分けられる、すばる望遠鏡ならではの成果です。

このようにメインベルトやトロヤ群小惑星を調べることで過去の事実がわかってきました。さらに海王星より遠くにある外縁天体の大きさや個数、その表面がどんな組成でできているかを調べることで小天体の形成場所や軌道の進化を明らかにし、巨大惑星ができたときの位置、そして大移動の時期が解明されてくるでしょう。これらの観測には、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ HSC (Hyper Suprime-Cam ハイパー・シュプリーム・カム) が抜群の能力を持ちます。これからの観測が期待されます。

宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める 図4

図4: 木星トロヤ群小惑星の位置。(クレジット: NASA)

(注1) 木星トロヤ群小惑星:太陽から平均 5.2 天文単位の距離にあり、木星の公転軌道上で木星の前後 60 度離れたところにある小惑星群。木星の前方が L4 群、後方が L5 群と呼ばれています。


逆行する外衛星のふしぎ

すばる望遠鏡は多数の「外衛星」も発見しています。衛星と言えば、地球の月や木星の4つのガリレオ衛星のように、規則正しく惑星の赤道面と同一平面上を回っている天体を思い浮かべます。木星のガリレオ衛星は木星と一緒に誕生し、まるでミニ太陽系のようにも見えます。

そのような「内衛星」と異なり、惑星から遠くにある「外衛星」は惑星の赤道面と無関係に縦に回っていたり、逆行していたりします。惑星ができたあとに、太陽系外縁天体から何らかの形で太陽方向に落ちてきた天体が、惑星の重力でとらえられたものと考えられているのです。

地球の衛星は一つしかありませんが、巨大惑星では惑星から遠く離れた外側を逆行する衛星がたくさん回っていて、太陽の引力と釣り合うほどの広大な範囲に広がっています。広い視野を持ち、しかも暗い小さな天体を見分けられる、すばる望遠鏡の腕の見せ所です

たとえば、当時ハワイ大学にいたデービッド・ジューイットさんらの研究チームは、すばる望遠鏡などを使い、土星の新衛星を 12 個発見したことを2005年に発表しています。発見された衛星は大きさが3~7 キロメートルと非常に小さく、11 個は土星の自転と反対向きに回る逆行衛星だとわかりました。このような探査で逆行衛星の起源に関する理解が深まると期待されます。

宇宙ライター林公代の視点 (7) : 太陽系の理解を進める 図5

図5: すばる望遠鏡で発見された土星の衛星 S/2004 S11。(クレジット:国立天文台)

(レポート:林公代)

林公代 (はやし きみよ)

福井県生まれ。神戸大学文学部卒業。日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーライターに。25 年以上にわたり宇宙関係者へのインタビュー、世界のロケット打ち上げ、宇宙関連施設を取材・執筆。著書に「宇宙遺産 138 億年の超絶景」(河出書房新社)、「宇宙へ『出張』してきます」(古川聡飛行士らと共著 毎日新聞社/第 59 回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 等多数。

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