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偶然にもほどがある? 銀河群画像に写り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星

2016年5月12日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2023年9月21日

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) が、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 (67P/Churyumov-Gerasimenko) の姿を偶然捉えました。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は太陽を 6.57 年の周期で公転する短周期彗星で、ヨーロッパ宇宙機関 (ESA) の探査機ロゼッタが2014年に到達し、詳しい探査が行われた事でも知られています。観測当時、この彗星は地球から2億キロメートルほど離れた、火星軌道と木星軌道の中間付近にいました。すばる望遠鏡の画像では、明るいコマに加えて長いダストの尾、そして淡いダストトレイルもはっきりと見えています。

偶然にもほどがある? 銀河群画像に写り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 図

図1: HSC の視野に入り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星。2016年3月8日 02:40-03:50 頃 (ハワイ現地時間) に g バンド (波長 480 ナノメートル) で撮影。彗星の軌道が横方向になるように回転してあります。上は6分露出の画像 10 枚を星の位置に合わせてそのまま足し合わせた画像で、彗星は本当はわずかにブレて写っています。中央は彗星の移動に合わせてずらしながら足し合わせた画像で、こちらでは背景の星や銀河がブレます。また尾とコマの中心部の構造が鮮明に見えるようにコントラストを変えています。下はダストの尾やダストトレイルの位置関係や大きさを示した図。 ダストトレイルは軌道に沿っていて、ダストの尾はそれよりわずかに傾いていることがわかります。

実はこの彗星、HCG 59 (ヒクソン・コンパクト銀河群 59) とその周辺天域を観測した際に、たまたま視野に写り込んだものでした。口径8メートル級の望遠鏡では最も広い視野 (満月9個分) を持つ HSC だからこそ起きた「偶然」です (図2)。

偶然にもほどがある? 銀河群画像に写り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 図2

図2: HSC の視野全体 (右上) の中央付近に写る元々の観測対象 HCG 59 (左上に拡大図) と、端に写り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 (下に拡大図) の位置関係。HCG 59 付近の画像 (左上) の右上隅に微かに超暗黒銀河候補が写っています。

また、この観測は、「キュー観測」というシステムによって、この日この時刻にたまたま行われたものでした。「キュー観測」とは天候・空の条件や採択課題の優先度などを考慮して、その夜の観測天体・天域をリストの中から柔軟に選びながら進める観測方法です。すばる望遠鏡ではこれを今年から取り入れ、まさにこの日が「キュー観測」導入初日だったのです。彗星は動いているため (図3)、HCG 59 の観測がこの日の前後数日以内でなければ、いくら HSC の視野が広いといってもこの彗星は視野内に入りませんでした。

しかも、この銀河群の観測課題の優先度は低かったため、当初は別の観測が行われる予定でした。ところが、この夜はあいにくの薄曇りで観測条件が悪かったため、雲の影響を受けにくいこの観測課題が繰り上がり観測されたものでした。数々の偶然に偶然が重なった結果得られたデータなのです。

偶然にもほどがある? 銀河群画像に写り込んだチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 図3

図3: 彗星核付近の移動の様子を約 20 分おきの3枚を GIF 動画で表示したもの。図の向きは図1と同じです。背景の星や銀河に対して彗星が動いているのが分かります。カメラの視野を動かしながら撮っているため、CCD の隙間にあたりデータのない位置 (白く抜けている部分) が3枚の間で変わっています。彗星の核が伸びているのは6分間の彗星の移動のため。画像の範囲は 5.6 x 5.6 分角。

「低評価を既に受け取っていた観測提案だっただけに、観測されたこと自体が驚きだったのですが、その中にまさかこんな『おまけ』が写っているとは予想だにしませんでした。普段は天候が良いことに越したことはないのですが、今回は天候が悪かったおかげでこのデータが得られたのだと思うと、なかなか複雑な気分です」と語るのは、銀河群の観測課題の研究責任者である八木雅文さん (国立天文台/法政大学) です。

撮影されたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の画像には、ダストの尾とともに「ダストトレイル」も写っています。このダストトレイルの存在自体は既に知られていたものですが、研究チームでは彗星の専門家と連絡をとり始めており、ひょっとすると、この偶然得られた画像からも、彗星についての新たな知見が得られるかもしれません。

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