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望遠鏡建物を回り込む空気の流れをとらえた!

2012年4月18日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2022年10月10日

2011年12月19日、作業のためにすばる望遠鏡に行った職員が、風で流れる雲がちょうどマウナケア山頂付近の地面の高さを通過するところに遭遇しました。上空には雲が無かったため、青空を背景に流れる白い雲の動きを観察しやすい条件にありました。ハワイ島は貿易風帯にあり、マウナケア山頂でも東側からの風が吹くことが多いです。このときも東側からほぼ水平に流れてきた雲がすばる望遠鏡の建物にさしかかり、側面に沿って分かれ、まるで建物に巻き付くように流れていく様子が確認されました。平均風速は7メートル毎秒前後でしたが、これはマウナケアではよくある値です。

動画: すばる望遠鏡建物を回り込む空気の流れ。(2011年12月19日撮影)

すばる望遠鏡は夜間観測開始に向けて、正面シャッターが東側を向いています。このシャッターと反対側のベンチレーターの上端が屋上に突き出ているため、そのどちらの場所でも風が渦を巻く様子も見られました。風速が早まると、この渦巻きも激しくなり、屋上に凍り付いていた雪 (氷) の塊が落ちてきます。建物に沿って回り込むところではスムーズに流れていますが、突き出した部分で渦が発生し、流れが乱れて風下に向かっている様子もわかります。

ところで望遠鏡の建物を「ドーム」と呼ぶと、伝統的な半球形の建物を想像する方が多いと思います。半球型ドームは、アーチで大きな構造をしっかりと支えることができる一方、内部空間を広くとることができます。実はすばる望遠鏡建物の建設時の写真を見ますと、骨組みの中にアーチ型構造が見られ、これで建物の重量を受けることになっているのがわかります。

望遠鏡建物を回り込む空気の流れをとらえた! 図2

写真1: すばる望遠鏡建物の建設中の写真より。建物内部に組み込まれたアーチ構造が、約 2000 トンの重量を最下部の円周に伝えます。(クレジット:国立天文台)

この記事の中では、「ドーム」から連想される半球状の建物との混同を避けるため「望遠鏡建物」または「建物」と書いてきました。ちなみに建物設計中の技術的な検討の際など「エンクロージャー」と呼んでいました。マウナケアにあるもう1つの筒型の建物 (口径 15 メートルのサブミリ波観測用電波望遠鏡、写真2の右上) もエンクロージャーと呼ばれています。

それではなぜすばる望遠鏡の建物が筒型になったのでしょうか。日本茶の入れ物の連想から、茶筒型と表現されることもあります。

地表付近の温かく乱流を含む空気 (接地境界層) が建物に沿って這い上がると、望遠鏡の前を横切ることになり、星像をぼやけさせてしまいます。つまり鮮明な画像が得にくくなるわけです。ですから、そのような這い上がりを避けたい。望遠鏡建物の設計を始めたころ、地形の模型や半球状、台形状、円筒状の3種類の望遠鏡建物の模型を使い、風洞や水流トンネル、数値シミュレーションといった様々な実験が行われました。その結果、円筒型の建物を作ると、風がその円周に沿って回り込み、上昇流になりにくいことがわかったのでした。すばる望遠鏡の建設地は尾根の端にあり、斜面を上がってきた風が舞い上がりがちなのですが、建物の側面に沿って回る流れが下からの流れを抑制する上で役立っているようです。

この建物の設計に携わった研究者の安藤裕康さん (国立天文台) は、ビデオを見て「山頂の地表をはう雲は初めて見ました。実物は迫力あります。まさに水流実験や数値実験の実証です。」と述べていました。回流水槽による水流実験を進めた進藤重美さん (現在の JAXA、当時は航空宇宙技術研究所、調布市) は、「雲が流跡を示すトレーサとして機能していることになります。」「屋根の前方の角で剥離した流れがその後に渦を作っていく様子が見えています。ドーム後方でも大きな剥離渦 (カルマン渦) が見えています。ドーム側面の雲は、上の方には流れていないようなので、地表付近の流れも余り上には行かないと思います。」と述べていました。

この建物にはその他にも工夫が施され、鮮明な画像の撮影に役立っています。夜になって望遠鏡の前面のシャッターおよび床下のベンチレータを開け、さらに風向に応じて背面のベンチレータ、側面4カ所のベンチレータを利用すると、風が建物の中を吹き抜けるようにできます。このおかげで建物の中にたまっている熱や、望遠鏡の駆動系などから発生する熱のうち排熱システムで除去しきれない分などを、風で運び去ることができるようになっています。これが自然条件を利用した空調です。昼間は外気温が高くなるので、機械による空調を施しています。

ところで、屋根上の平らな部分は積雪時には欠点になると思われていました。実際に雪が降りますと、望遠鏡建物と制御棟両方の周囲のアクセス部分などに加え、望遠鏡建物屋上の除雪が大事な作業となります。さて建物が大きくなると古典的なドームでさえ、てっぺんには平らな部分ができるので、そこに雪が積もったり、凍り付いたりします。ところがいわゆるドーム形状の建物の屋上上部は、アクセスも含めて作業性がよくないので、除雪作業をしにくいのだそうです。大きな望遠鏡の運用はどこでもこのように縁の下ならぬ屋根の上の苦労があるということです。

望遠鏡建物を回り込む空気の流れをとらえた! 図3

写真2: 外部気温が -1.2 ℃、湿度 100 %でした。このため過飽和水蒸気が金属などにあたって瞬間的に凍結します。こんなときにはドームを開けることはできませんね。すばる望遠鏡建物のキャットウオークの手すり。電波望遠鏡群を見下ろす位置からの撮影。左側がカリフォルニア工科大学の 10 メートルサブミリ波観測用電波望遠鏡建物。右側がジェームズ・クラーク・マクスウエル 15 メートルサブミリ波観測用電波望遠鏡建物。(クレジット:国立天文台)

参考文献:

  • Miyashita, A. et al. (1989) 国立天文台報 Vol 1, No. 1, pp. 61-70
  • Miyashita, A. et al. (1991) 国立天文台報 Vol 1, No. 3, pp. 293-300
  • Ando, H. 1990 (April 1990) 天文月報 83 巻、4号、pp. 101-103

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