観測成果
塵に埋もれた超巨大ブラックホールたち
2006年2月15日
太陽の100万倍以上の質量を持つ超巨大ブラックホールが、激しく物質を飲み込むと、強いエネルギー放射をします。しかし、ガスや塵に埋もれて存在していると、見つけることが非常に困難になります。国立天文台を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡を用いた赤外線観測により、数多く存在すると予想されていたにもかかわらず、これまでほとんど見つかって来なかった、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールが、赤外線で明るく輝く銀河の多くに存在する観測的証拠を得ました。
![]() 図1 |
太陽の100万倍以上の質量を持つ超巨大ブラックホールが、激しく物質を飲み込むと、強いエネルギー放射をします。しかし、ガスや塵に埋もれて存在していると、見つけることが非常に困難になります。国立天文台を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡を用いた赤外線観測により、数多く存在すると予想されていたにもかかわらず、これまでほとんど見つかって来なかった、塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホールが、赤外線で明るく輝く銀河の多くに存在する観測的証拠を得ました。
宇宙には、目で見える可視光線ではさほど明るくないにもかかわらず、赤外線(注1)で非常に明るく輝く、赤外線銀河と呼ばれる天体が数多く存在します。それらのほとんどは、ガスを大量に持つ銀河同士の合体(注2)がかなり進んだ段階にあります[1]。また、明るい赤外線放射は、合体によって活発化されたエネルギー源からの紫外線(注1)や可視光線の放射が、塵(注3)に一度吸収され、熱再放射されているものです。しかし、エネルギー放射源はガスや塵の向こう側に隠されているため、その正体を観測的に明らかにするのは困難でした。
エネルギー放射源として考えられているのは、一つ目が、一度に非常に数多く生成される星々の内部で生じる核融合反応、二つ目が、太陽の100万倍以上の質量の超巨大ブラックホールに、物質が落ち込む際に失う重力エネルギーを、放射に変換するメカニズム(図1)です。
古い星々が楕円体に分布するバルジ(あるいはスフェロイド)と呼ばれる成分を持つ、数多くの一般の銀河の中心には、100-1000万太陽質量程度の超巨大ブラックホールが存在すると考えられています(注4)。そこに物質が落ち込むと、活動的になり明るく輝きます。現在見つかっている活動的な超巨大ブラックホールは、図2(左)のように、ドーナツ状に分布する塵やガスに囲まれていると考えられています[2]。激しい星生成と、このような活動的な超巨大ブラックホールは、エネルギーの生成のされ方が異なるため、可視光線を波長(色)ごとに分ける分光観測により、比較的簡単に区別することができます[3]。しかしながら、赤外線銀河は、非常に大量の塵やガスを持つため、活動的な超巨大ブラックホールが存在していたとしても、ほぼすべての方向が隠された、"埋もれた"状態になっていると考えられます(図2右)。そのような埋もれた活動的超巨大ブラックホールは、ドーナツ状の塵に囲まれたものよりも、はるかにたくさん存在すると考えられていた[4]にもかかわらず、従来の方法では見つけるのが難しいため、ほとんど見つかって来ませんでした。
埋もれた活動的超巨大ブラックホールからの放射を見つけ出して研究するには、赤外線銀河中の塵による吸収をあまり受けない、波長が3マイクロメートル(注5)より長い赤外線による観測が非常に有効になります。宇宙からやって来る赤外線を地球上から観測する場合、一般に地球大気による吸収の影響も受けますが、すばる望遠鏡のあるマウナケア山頂は、標高が4200mと高いため、波長3-4マイクロメートルの赤外線はほとんど吸収されません。従って、この波長帯で、宇宙の暗い天体を高い感度で観測する目的において、地球上で最も適した場所です。
国立天文台の今西昌俊主任研究員らは、波長が3-4マイクロメートルの赤外線での分光観測により、塵に埋もれた活動的超巨大ブラックホールを、激しい星生成と区別して見つけ出す独自の手法を確立しました(図3)。そして、すばる望遠鏡の近赤外線撮像分光装置IRCS(http://www.naoj.org/Observing/Instruments/IRCS/index.html)を用いて、距離にして約20億光年より近くにある赤外線銀河を、この波長帯で分光観測しました(図4)。感度の高いすばる望遠鏡IRCSを用いて、数多くの赤外線銀河を系統的に観測し(注6)、上記の独自の手法を適用した結果、多くにおいて、これまでの他の波長の観測データでは見つからなかった、埋もれた活動的超巨大ブラックホールの兆候を見い出し、赤外線放射のかなりをエネルギー的にも説明できることを確認しました。
より質量の大きなブラックホールほど、より多くの物質を飲み込み、より明るいエネルギー放射を作り出すことができます。赤外線銀河のエネルギーのかなりを説明できる、埋もれた超巨大ブラックホールは、太陽の1000万倍以上の質量があると考えられます。大量のガスと、中心に100万-1000万太陽質量ほどの超巨大ブラックホールを持つ一般のガスに富む銀河が、ガスに富む他の銀河と合体すれば、ガスの衝突(注7)によって星が非常に数多く生成され、大量の塵が撒き散らされると共に、元々存在していた超巨大ブラックホールも物質を飲み込んで成長すると期待されます。今回の観測結果は、銀河の中心に元々存在する超巨大ブラックホールが、銀河の合体によって成長し、合体末期によく観測される赤外線銀河では、塵の向こうで1000万太陽質量にも膨れ上がっていること[5]、そして、大量の物質を飲み込んで激しいエネルギー放射をおこなっているとする説[6]を支持します。
本研究の成果[7]は、2006年1月20日発行のアストロフィジカル・ジャーナル誌に掲載されました (第637巻、114-137頁)。
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図1: 超巨大ブラックホールに物質(ガス)が落ち込み、エネルギー放射される概念図。ブラックホール(中心の黒い丸)は、光さえも放出しない暗黒の天体ですので、望遠鏡で直接見ることはできません。しかし、ガスが、ブラックホールの重力によって引き寄せられると、重力エネルギー(位置エネルギーとも呼ばれる)を失い、非常に高速運動するようになります。そして、ガス同志の激しい衝突、摩擦の結果、ガスは非常に高温になり、紫外線から可視光線にかけて、非常に強い放射が放たれます。ガスは角運動量(スピン)を持つため、図のように円盤状(降着円盤と呼ばれる)に落ち込んでいきます。強いエネルギー放射は、この降着円盤から来ています。ブラックホールの大きさ(シュワルツシルド半径)は質量に比例して大きくなり、太陽質量の1000万倍の超巨大ブラックホールの場合は、約3000万キロメートル、太陽と地球の距離の約5分の1になります。降着円盤はその何倍か外側から存在し始め、ブラックホールのどれくらい近くまで存在できるかは、ブラックホールの回転の度合いによります。図のクレジットはNASA/CXC/SAO。(拡大) |
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図2:(左)ドーナツ状のガスや塵に囲まれた超巨大ブラックホール。活動的で非常に強いエネルギー放射をしている超巨大ブラックホールの場合、内側の塵は溶けてガスになってしまい、塵は、一声1000億キロメートル程度(地球と太陽の距離の数100倍)より外側から分布し始めます。図で、上方向から見ている場合は、活動的な超巨大ブラックホールは塵に邪魔されずに見ることができます。横方向から見ている場合でも、上下方向、ドーナツの外側に存在するガスが、活動的な超巨大ブラックホールからのエネルギー放射によって照らされて電離されるため、可視光線の分光観測から、存在を認識することができます。図のクレジットはNASA/CXC/SAO。(右) 塵とガスに埋もれた、活動的な超巨大ブラックホール。中心の超巨大ブラックホールのすぐ外側のほぼ全方向に塵とガスが存在するため、可視光線による分光観測では、もはや見つけることができません。石川直美(国立天文台)作成。 (拡大) |
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