観測成果

すばるパノラマ画像がうつしだす、「赤く燃ゆる銀河」の棲みか

2011年8月5日

  東京大学と国立天文台の研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡を用いたパノラマ観測によって、40 億年前の宇宙にある巨大な銀河団の周辺に、赤く輝く星形成銀河を多数発見しました。この「赤く燃ゆる銀河」の正体は、まもなく星形成をやめて、若さを失いつつある銀河。そんな「人生の過渡期」にある銀河が、銀河団の中心から遠く離れ、これまで調査の及ばなかった領域に、群れをなして棲息していることが分かったのです。比較的まれな天体であると思われていた「赤く燃ゆる銀河」の集中する領域がこれほどはっきりと示されたのは初めてのことで、銀河団や銀河群のような、銀河の密集地帯での銀河の進化を理解するうえで、重要な手掛かりになりそうです。

  

  宇宙はひしめきあう銀河の世界。はるか遠い昔に銀河は生まれ、その後お互いの引力で引き合って、「銀河群」とよばれる小さな銀河集団や「銀河団」とよばれるより大きな集団を作りあげてきました。銀河は、ただ群れ集まるのではありません。群れを作りながら、銀河自身もその性質を変化させてきたと考えられています。人間も、生活環境が変わるとその人の性格まで変わってしまうことがあります。それと同じで、銀河も存在する場所によって性質を変えることがあるのです。たとえば、銀河団のような「銀河の大都会」に住む銀河は、どういうわけかそのほとんどが楕円銀河やレンズ状銀河です。一方で、大きな群れに属さない孤独な銀河は、その多くが渦巻銀河です。銀河の世界にはそんな不思議な「ルール」があるのです。

  ではそのような銀河世界のルールは、宇宙のいつの時代に、どのように確立したものなのでしょう?その答えを得るために、多くの研究者が日々、遠くの宇宙 (つまり過去の宇宙) の銀河団を観測する試みを続けています。遠方の銀河団はまさに過去の宇宙で銀河が群れ集まる現場であり、その場所を調査することによって、銀河団や銀河群の形成とともに、銀河がどう進化してきたのかを直接検証しようというわけです。そんな中、東京大学の小山佑世さん (現:国立天文台) たちの研究チームは、おおぐま座の方向にある約 40 億年前の宇宙の巨大な銀河団 CL0939+4713 (図1を参照) をターゲットに選び、広い視野をもつすばる望遠鏡の主焦点カメラ “Suprime-Cam” を使ったパノラマ観測を行いました。ただのパノラマ写真ではありません。カメラに特殊なフィルターを装着した撮影です。この特殊フィルターは、40 億年前の宇宙を出発した水素の “Hα 線”という光だけをとらえるように設計されている優れモノです。この Hα 線は、銀河の星形成活動を捉える優良な指標とされています (注1)。

  小山さんたちは、このフィルターを装着した場合の画像と、装着しない「通常の」画像とを詳細に比較しました。すると、フィルターを装着したほうの画像で特に明るく輝いている銀河が 400 個以上も見つかりました (図2を参照)。特殊フィルターの装着によって明るく見える銀河というのは、まさに上で述べた Hα 線が強く出ている銀河であり、銀河のなかで新しい星がたくさん生まれている「星形成銀河」です。もちろん、そのような Hα 線で輝く銀河が見つかることは、予想されていました。しかし、小山さんたちは、そんな Hα 線で輝く銀河のなかに、普通の星形成銀河では考えにくい、「赤い色」の星形成銀河が数多く存在していることを突き止めたのです (注2)。しかも、そのような「赤く燃ゆる銀河」たちは、銀河団の近くにはほとんど存在せず、むしろ銀河団から遠く離れた、複数の「銀河群」領域に集中していることも明らかになりました (図2の赤い印)。

  この「赤く燃ゆる銀河」はいったい何者で、またどうして銀河群という場所を好んで棲息しているのでしょうか?研究チームのメンバーでさえ、この質問への明確な答えは、まだ解明できていません。しかし少なくとも言えることは、「赤く燃ゆる銀河」が、強い Hα 線をたしかに発しているということ。すなわち、銀河の内部ではさかんに星形成が行われているということです。若くて青い星がたくさんいるはずなのに、銀河全体が赤く見えるということは、銀河の中の「ダスト」が影響している可能性が考えられます (注3)。また、もう一つ言えることがあります。それは、「赤く燃ゆる銀河」が多数見つかった銀河群たちも、いずれは銀河団に落ちてゆく運命にあるということです。より重い物体に引きつけられてゆくのは、宇宙の定め。「本研究成果のもっとも大切なポイントは、大きな銀河団に吸収される前段階にある、小さな銀河群という環境下で、銀河がすでにその性質を大きく変えようとしていた、という点です。」と小山さんは語ります。

  実は、同研究チームの過去の研究によって、この 40 億年前の宇宙の銀河群領域が調べられたことがあります。その結果は、星形成活動を完了して赤い色を示す「お年寄り銀河」が、銀河群環境で急に増え始めるというものでした。この「お年寄り銀河」の増える場所が、今回の研究で見つかった「赤く燃ゆる銀河」の集中領域と見事に一致していたことから、この「赤く燃ゆる銀河」は、銀河が星形成をさかんに行う若い段階から、年老いた段階へとうつってゆく、ちょうど「人生の過渡期」にある銀河だと解釈することができます。そんな「人生の過渡期」にある銀河が、銀河群にもっとも多く存在していたということは、少なくとも今回調査した 40 億年前の宇宙において、銀河群という環境が銀河進化の鍵を握る重要な場所であったということを意味しています。

  今回の研究成果は、非常に広い視野を誇るすばる望遠鏡だからこそ得られたものです。パノラマ観測のおかげで、従来の狭い視野の望遠鏡では見逃してしまっていたような、銀河団から遠く離れた領域に、「人生の過渡期 (=進化の真っ只中)」にある銀河が多数発見されました。中心の華やかな銀河団ではなく、これまであまり主役になることのなかった銀河群にこそ、実はもっとも大切な宝物が眠っていたのです。小山さんたちは、今回発見した「赤く燃ゆる銀河」が現れる物理的要因を解明するための新しい観測をすでに計画しているそうです。この「赤く燃ゆる銀河」の起源が解明されるとき、銀河の進化についての理解がまた一つ大きく進むと期待されています。

 

  なお、本研究成果は、2011年6月10日発行の米国アストロフィジカルジャーナル誌に掲載されました。

 


<研究論文の出典>
“Red Star-Forming Galaxies and Their Environment at z=0.4 Revealed by Panoramic Hα imaging”
Koyama, Y. et al., 2011, The Astrophysical Journal, vol. 734, pp. 66-78
<研究チームの構成>
小山佑世(東京大学大学院理学系研究科/国立天文台光赤外研究部・日本学術振興会特別研究員)
児玉忠恭(国立天文台ハワイ観測所・准教授)
仲田史明(国立天文台ハワイ観測所・サポートアストロノマー)
嶋作一大(東京大学大学院理学系研究科・准教授)
岡村定矩(東京大学大学院理学系研究科・教授)

 

figure1

図1: すばる望遠鏡の主焦点カメラ Suprime-Cam で撮影された、40 億年前の宇宙の銀河団 CL0939+4713 のパノラマ写真 (左: 27 分角× 27 分角) と、銀河団中心の拡大写真 (右上: 2.5 分角× 2.5 分角)。右下は、今回見つかった「赤く燃ゆる銀河」の集まった箇所の一例 (赤色の□がついている銀河が「赤く燃ゆる銀河」)。画像はいずれも、Bバンドを青色、Rバンドを緑色、z’バンドを赤色に割り当てた三色合成画像。

 

figure2

図2: 図1のパノラマ画像中で、約 40 億年前の宇宙にあると推定される銀河についての疎密分布。画像の明るいところほど密度が高く、中心の一番明るいところが CL0939 銀河団の本体の場所に対応します。今回の研究で見つかった、「赤く燃ゆる銀河」を赤い四角 () で、その他の青い色をした Hα 輝線銀河を水色の点で示しています。「赤く燃ゆる銀河」が銀河団の中心にはまったく存在しないのに対し、そこから遠く離れた小さな銀河群領域に集中しているようすがはっきりと見て取れます。

 

(注1) ある特定の波長の光だけを通すフィルターを「狭帯域フィルター」といって、通常用いられるBバンドやRバンドなどの「広帯域フィルター」と区別します。今回用いたのは NB921 という名前のフィルターで、中心波長が 918 ナノメートルにあります。新しい星が生まれている星形成銀河からは、強い「 Hα 輝線」が出ることが知られていますが、40 億年前の宇宙からやってくる Hα 線 (静止系で 656 ナノメートル) は「赤方偏移」によってちょうどこのフィルターに入ってきます。そのため、このフィルターを装着したときに明るく見える天体は、40 億年前の宇宙にある星形成銀河と考えることができるのです。ただし時折、全然違う時代の銀河からの輝線の混入があるので、これは銀河の色の情報などを用いて除く必要があります。

(注2) 銀河は通常、星形成をさかんに行っていると、青くて明るい星 (O型星やB型星のような大質量で寿命が短い星) からの光が卓越するため、銀河全体で見ると青く見えます。しかし何らかの原因で星形成がストップすると、まもなく青い星は死に絶えて赤い星の光が優勢になるので、銀河は赤い色に変化していきます。今回見つかった「赤く燃ゆる銀河」は、赤い色をしているため、一見すると星形成活動の「弱い」銀河ではないかと誤解されてしまいそうです。しかしながら、Hα 線の観測からはたしかに星形成銀河であることが証明されているので、その解釈は簡単ではないのです。

(注3) ダスト (固体の微粒子) は、特に青い光をよく吸収する性質があるため、銀河のなかにダストが豊富に存在すると、その銀河が本来の色より赤く見えることがあります (これを「赤化」といいます)。今回見つかった「赤く燃ゆる銀河」も、ダストによる赤化を強く受けた銀河である可能性がありますが、真相の解明には中間赤外線や遠赤外線によるダストの観測が必要になります。




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