観測成果

すばる望遠鏡、爆発的星生成銀河 M82 の銀河風の起源を解明

2011年3月7日

  JAXA 宇宙科学研究所・京都大学などの研究者からなるチームは、大気圏外の赤外線望遠鏡に比べて口径の大きなすばる望遠鏡を用いることで、爆発的星生成銀河 M82 の赤外線放射を既存の望遠鏡で得られる最高の解像度でとらえることに成功しました。この観測により、温められたダストからの赤外線放射について、これまででもっとも詳細な分布が描き出されました。この銀河は太陽系から 1200 万光年の距離にあり、銀河から1万光年以上におよぶダストを含んだガスが秒速数百キロメートルの銀河風として放出されていることが知られています。この銀河風の起源を調べるには、星生成領域の温かいダストからの赤外線放射を観測することが重要になります。今回の観測によって、赤外線放射の分布を詳細に解析することができるようになり、その結果、この銀河風は、1つの星団ではなく、複数の星団から吹き出したものが合わさってできていることが観測的に明確になりました。

 

  爆発的星生成銀河は、星々が非常に活発に生まれている銀河で、いわば「ベビーブーム」の状態にあります。「私たちが住む銀河系もかつてはこのような爆発的星生成を経験したかも知れず、その素性を探ることは銀河系の歴史を知る上でも重要です」と宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 宇宙科学研究所のガンディー・ポシャクさん (JAXA インターナショナルトップヤングフェロー、注) は語ります。

  銀河系から 1200 万光年の距離にある M82 もそんな「ベビーブーム」銀河の一つです。M82 では、銀河風と呼ばれるガスとダスト (固体微粒子) のきわめて強い流れが、中心部から外側にかけて1万光年以上ものスケールで生じていることが知られています (図1下段)。この銀河風の速度は、なんと秒速数百キロメートルにも達します。どこからどのように銀河風が吹き出しているのか、その起源を調べるには、銀河中心部にある星生成領域の様子を詳しく見る必要があります。しかしながら、星が誕生し進化する過程で作られた大量のダストが厚く覆ってしまっているために、M82 の中心部を可視光線の観測で詳しく知ることは困難です。

  ガンディーさんらを中心とする研究グループは、可視光線ではよく見通すことのできない M82 の中心部の構造を探るために、すばる望遠鏡に搭載された冷却中間赤外線撮像分光装置 COMICS を用いて、波長 10 マイクロメートルの中間赤外線で観測を行いました。銀河の中心部は、ダストによって可視光線は遮られてしまっていますが、長い波長の光は透過しやすく、中心部まで見通すことができます。また、星生成領域にあるダストは、激しく生まれている星に温められることで強い赤外線放射を出します。研究グループはダストのこのような性質と、高い解像度を達成できるすばる望遠鏡とを利用することで、M82 の中心部の構造と銀河風の起源の解明に挑みました。

  中間赤外線では、大気圏外の小さな望遠鏡よりも地上の大望遠鏡のほうが口径が大きい分だけ高い解像度が得られます。すばる望遠鏡による観測の結果、既存の望遠鏡で得られる最もシャープな M82 の中間赤外線画像を取得し、その中心部の構造をあばくことに成功しました。図1上段がすばる望遠鏡が見た M82 中心部の画像ですが、過去にスピッツァー宇宙望遠鏡で観測された画像 (図1中段) よりも、はるかに細かいスケールで中心部をとらえています。

  すばる望遠鏡が見た M82 の中心部には、何百光年もの広い範囲に明るく光る領域が複数存在しています。この明るい領域がそれぞれ若い星団に対応し、星々によって温められたダスト (絶対温度 160 度程度) が、中間赤外線で明るく輝いています。またそれら星団から伸びる流れが複数存在しています。「この流れこそが銀河風の根元に違いありません」と馬場彩さん (ダブリン高等研究所シュレディンガーフェロー) は語ります。すなわち、M82 で吹いている銀河風は、1つの星団からではなく、複数の星団から吹き出したものが合わさってできていることが、今回の観測から明確になりました。

  また、他の波長の観測データと比較することで、もう一つ興味深いことが分かりました。図2はすばる望遠鏡による中間赤外線画像を、ハッブル宇宙望遠鏡の近赤外線画像およびチャンドラX線観測衛星のX線画像と合成した、M82 中心部の疑似カラー画像です。近赤外線で見えている放射は星の分布に対応します。この疑似カラー画像から、M82 中心部では星からの放射が見られない場所でも実際に激しい星生成活動が生じ、中間赤外線では明るく輝いているということが、観測的に明確になりました。M82 の中心部には、可視光線では見えなくとも非常に多くの星々が潜んでいるようです。

  M82 を巡るさらなる問題として、中心部に超巨大ブラックホールが存在するかどうか、ということ挙げられます。チャンドラ衛星のX線観測と今回の中間赤外線観測からは、超巨大ブラックホールは見つかりませんでした。「しかし、まだ中心部に潜んでいる可能性はあり、その検証が今後の課題です」と、研究グループは指摘し、さらなる追求に意欲を見せています。

  この観測結果は日本天文会欧文報告誌 (Publication of Astronomical Society of Japan) すばる望遠鏡特集号 (2011年3月下旬刊行) に掲載予定です。


<研究論文の出典>

"Diffraction-limited Subaru imaging of M82: sharp mid-infrared view of the starburst core"
P. Gandhi, N. Isobe, M. Birkinshaw, D.M. Worrall, I. Sakon, K. Iwasawa & A. Bamba
Publications of the Astronomical Society of Japan, volume 63 (2011), in press



(注) JAXA インターナショナルトップヤングフェローシップは、JAXAが 2009 年度から始めた新しい研究員制度です。JAXA 宇宙科学研究所で進めている宇宙科学の研究分野において卓越した能力と高い意欲を持つ海外の若手研究者を日本国内に3年間 (最大5年間まで延長可) 招聘するために設けられたものです。フェローが国際的な認知度を高めつつ日本との協力関係を構築できるよう、研究費や旅費なども充実しています。

 

 

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図1:中間赤外線および可視光線による爆発的星生成銀河 M82 の画像。
(上段) すばる望遠鏡・冷却中間赤外線撮像分光装置 COMICS による M82 中心付近の中間赤外線画像 (波長 10 マイクロメートル)。図の視野は 1600 光年 × 1000 光年、図中のバーは 100 光年に相当します。この波長では口径で上回る地上望遠鏡のほうが大気圏外の望遠鏡に比べて高い解像度での観測が可能となり、数十光年スケールの星生成領域が多数写し出され、銀河風を作り出していることが明らかになりました。
(中段) 大気圏外に打ち上げられたスピッツァー望遠鏡 (口径 85 センチメートル) による 3.6 ミクロンの画像 (NASA 提供)。図の視野は 33000 光年 × 19000 光年、図中のバーは 2000 光年に相当します。M82 のグローバルな赤外線放射構造が写し出されています。
(下段) すばる望遠鏡・微光天体分光撮像装置 FOCAS による可視光線画像。円盤状の銀河の垂直方向に銀河風が吹き出している様子が写し出されています。

 

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図2:すばる望遠鏡による中間赤外線画像 (赤)、ハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線画像 (緑)、およびチャンドラ衛星のX線画像 (青) を合成した M82 中心部の疑似カラー画像。中間赤外線放射は星生成によって温められたダストからの放射に、近赤外線放射は可視光線でも存在が確認できる星の位置に、X線放射はきわめて高温なガスからの放射に対応します。星からの放射が見られない場所でも実際に激しい星生成活動が生じ、中間赤外線では明るく輝いているということが分かります。

 




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