観測成果

すばる望遠鏡が捉えた暗黒物質分布の「ゆがみ」

2010年4月26日

 宇宙には通常の物質の約5倍の質量の暗黒物質(ダークマター)が存在することが、さまざまな観測結果から明らかになってきています。例えば、目に見える物質(星、星間ガスなど)だけしか存在しないとすると、銀河は自らの重力だけでは星を閉じ込めておくことができずバラバラになってしまうことが知られていますが、暗黒物質の存在を仮定することで観測されるような銀河を再現することができるようになります。しかしながら、暗黒物質の正体は依然として不明で、現代天文学および物理学における最も重要な未解決問題の一つとされています。暗黒物質の正体を探る一つの方法は、その空間分布を観測によって詳細に調べてそれを理論計算と比較することで、その性質を間接的に推定するという方法です。しかし、暗黒物質は文字通り「暗黒」、つまり光を発しないためその詳細な空間分布を調べることは非常に困難です。

 暗黒物質の分布を調べる強力な手法となるのが、重力レンズ効果です。重力レンズ効果はアインシュタインの一般相対性理論により予言される効果で、端的に言えば天体の重力場により光の経路が曲げられる現象です。これにより、例えば暗黒物質が集中した場所があるとその重力場がちょうど凸レンズのように働くことで、背後にある遠方銀河の発する光の経路が曲げられ、その形が系統的にゆがめられることになります。この背景銀河のゆがみのパターンを測定することで、手前の暗黒物質の分布を直接的に推定できることになるわけです。この効果は純粋に重力的な効果であり、重力レンズを引き起こす天体が普通の天体か暗黒物質かには全くよらないため、目に見えない暗黒物質を探る上で非常に強力な手法となります。

 国立天文台の大栗真宗研究員、東京大学の高田昌広特任准教授を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡の主焦点カメラで撮影された地球から約 30 億光年離れたおよそ 20 個の銀河団の画像を解析し、暗黒物質分布の精密な測定を行いました(図1)。銀河団とは、千個にも及ぶ銀河が群れをなした天体で太陽の一千兆倍にもおよぶ大量の暗黒物質が付随していることが知られているため、暗黒物質を研究する格好の実験場となります。それら銀河団のすばる画像の重力レンズ効果を詳細に解析した結果、銀河団内の暗黒物質の空間分布が普遍的に球状ではなく大幅に「ゆがんだ」扁平な楕円状の分布をしている強い証拠を得ることに成功しました(図2図3)。得られた平均的なゆがみの度合いは、楕円の長軸と短軸の比でおよそ 2:1 と大きなものです。これは、例えば自分の重力と圧力で平衡形状を保持している「ほぼ球形」の太陽などの恒星とはとても対照的です。このような重力レンズ現象を用いた暗黒物質分布のゆがみの信頼度の高い検出は今回の結果が初めてであり、これはすばる望遠鏡の特長である優れた集光力と解像力を最大限活用することで得られた成果です。

 理論的に予想される銀河団中の暗黒物質分布の特性は、どのような暗黒物質の性質を仮定するかで大きく変わります。現在最も有力な暗黒物質の候補はビッグバンの生き残りである未発見の素粒子であり、重力以外の相互作用をほとんどしないと考えられています。また、様々な宇宙の観測と矛盾しないために、暗黒物質粒子は「冷たい」、つまり自分自身の熱的な運動の度合いがまわりの重力による加速に比べて非常に小さいと仮定されています。この理論においては、銀河団は小さな構造が合体を繰り返すことでできた形成間もない若い天体で、かつ暗黒物質粒子同士がほとんど衝突しないことから、銀河団中の暗黒物質は宇宙のフィラメント的な大規模構造をそのまま反映して大きくゆがんだ密度分布を持つことが期待されていました。具体的には、今回の測定結果をこの標準的な暗黒物質理論の予言と詳細に比較したところ、 暗黒物質分布のゆがみの度合いまで含めて良く一致することが明らかになりました。今回の結果は暗黒物質の性質に対する現在の標準的な考え方を強く支持する全く新しい証拠となるものです。また、このような暗黒物質分布の「ゆがみ」からその正体にせまる可能性を初めて示したという意味でも重要な結果と言えるでしょう。

 本国際研究グループは、すばる望遠鏡のデータ以外にも、電波、赤外、可視光、X線などの様々な波長帯のデータを組み合わせ銀河団の性質を系統的に調べることで銀河団物理と宇宙論についての新しい知見を得ることを目指しており、今回の研究結果はその初期成果のひとつです。さらに、このような銀河団研究は、現在開発中のすばる望遠鏡の次世代主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」を用いた広視野サーベイ計画でさらに精密化が可能になり、日本発の暗黒物質の研究が益々発展していくと期待されています。

 この研究結果は英国王立天文学会誌に掲載される予定です。

研究者リスト

大栗真宗(国立天文台理論研究部・研究員)
高田昌広(東京大学数物連携宇宙研究機構・特任准教授)
岡部信広(台湾中央研究院天文及天文物理研究所・研究員)
Graham P. Smith(バーミンガム大学物理天文学科・准教授)


  figure1  

図1:今回の解析に使われた銀河団サンプルの一つ、銀河団A2390(地球からの距離約 27 億光年)のすばる画像。紫色の領域が、銀河団の背後の遠方銀河(典型的に地球から約 80 億光年)の重力レンズ効果の解析から得られた銀河団内の暗黒物質分布。右上ー左下方向にそって伸びた形状をしていることがわかります。



  figure2  

図2:重力レンズ効果による暗黒物質分布の形状測定の模式図。カラーで表されているのが暗黒物質密度分布で、より赤い色の領域ほど暗黒物質がより密集して密度が高く逆に青い領域は密度が低いことを表しています。黒線がその密度分布に対応した背景銀河のゆがみを表します。つまり、その位置で観測される暗黒物質の背後の銀河がもともと円形だとしても重力レンズ効果によって系統的に黒線で示される形に引きのばされて観測されることを示しています。従って、背景銀河の形状を測定することによって逆に暗黒物質分布を知ることができることになります(実際は個々の背景銀河は円形ではなく固有の形と向きを持っているため、多くの背景銀河の形状を平均することで重力レンズ効果によるゆがみを抽出します)。左の丸い球状の暗黒物質分布の場合と、右のゆがんだ扁平な暗黒物質分布に対する背景銀河の形状のパターンの違いからわかるように、重力レンズ効果の詳細な解析から暗黒物質分布の存在量だけでなくその空間分布の球状からのずれを測定することができます。



  figure3  

図3:18個の銀河団のすばる画像の解析から得られた、銀河団中の暗黒物質分布のゆがみの大きさ(扁平率)の数分布。横軸の数字が 0 のケースが球状の密度分布を表し、数字が大きいほど密度分布がゆがんだより扁平な密度分布を示します。今回重力レンズ効果を使って得た数分布(赤の四角、誤差棒付き)が 0 よりもずっと大きな位置でピークを持っていることから、暗黒物質分布の「ゆがみ」が検出されていることがわかります。得られた平均的なゆがみの度合いはおよそ 0.5 で、これは密度分布の長軸と短軸の比が 2:1 の状況に相当します。黒の実線は、上海天文台の景益鵬教授と東京大の須藤靖教授が2002年に発表した標準的な冷たい暗黒物質を仮定したときの理論的に期待されるゆがみの分布で、今回の重力レンズを用いた測定とよく一致していることが見て取れます。






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