観測成果

宇宙にはどれほど冷たい星があるのか?
~ 摂氏 280 度の星を含む多数の低温褐色矮星の発見 ~

2008年9月10日

この記事は国立天文台のプレスリリースを転載したものです。
(転載元: http://optik2.mtk.nao.ac.jp/~hide/ukidss.html)


【概要】

  恒星の表面温度 (有効温度) を特徴づけるスペクトル型は、摂氏温度約5万度の高温から 2,200 度の低温にわたって、O 型 ~ M 型という分類 (太陽は G 型) が長年にわたって用いられてきましたが、1995年の褐色矮星の発見を契機として、より低温の系列 (L 型星、T 型星) が確立されました。褐色矮星は、恒星と異なり水素燃焼しない天体であるため、生まれてから時間が経つにつれ、冷えてしまう低温天体です。そして、現在行われている広域赤外線探査 (UKIDSS: ユーキッズ) では、以前よりも 10 倍以上感度の高い探査観測によって、さらに低温の星の開拓が可能となりました。

  国立天文台を含む日英等から成る研究チームは、UKIDSS データから超低温天体候補を精選し、そのスペクトルから大気温度を推定し、「宇宙にどれほど温度の低い星があるかどうか」の探査を、すばる望遠鏡やジェミニ望遠鏡を用いて進めています。その結果、これまでに計 28 個もの T型星 (摂氏 1,200 度以下) を発見し、探査手法が非常に有効であることを示しました。さらに、(惑星を除くと) これまでで最も低温 (摂氏約 280 度) の星を発見することにも成功しました。

【解説】

  現代の天文学の最重要課題としては、より軽い太陽系外惑星の探求としての「地球型惑星探査」と、より遠い銀河を求める「宇宙最初の銀河の探査」が良く知られています。それと同様に『より温度の低い星』の探査は天文学における自然な興味の展開と言えます。

  その理由は、星の温度はそれを特徴づける最も基本的な性質の一つだからです。もちろん、星の一生を決める最も重要なパラメータはその質量です。主系列星、すなわち、壮年期にある星はその質量に対応する温度を示します。太陽質量の恒星は有効温度が約 5,500 ℃ であるのに対し、太陽質量の 15 倍、2倍、1/2 倍の恒星は、有効温度はそれぞれ約 29,000、8,000、3,600 ℃ となります。また、星はその有効温度に対応した特徴的なスペクトル型を示すことが知られています。スペクトル型の分類方法として1901年にハーバード天文台で提案された "O-B-F-G-K-M" 型という、いわゆる恒星の「ハーバード分類」は、摂氏温度約5万度の高温から 2,200 度の低温の星を特徴付けるものとして 100 年以上にわたって天文学で用いられてきました (図1)。太陽は G 型星に分類されます (注1)。

  しかしながら、1980年代の後半から 90年代の中ごろにかけて、ハーバード分類にも当てはまらない低温星が見つかってきました。中でも、1988年にアメリカのベックリンとザッカーマンが発見した GD165B と 1995年に当時アメリカにいた中島紀やシュリ・カカーニらが発見した Gl229B は、現在、それぞれ、M 型星より低温の新しいスペクトル型である「L 型星」とさらに低温の「T 型星」の最初の例と考えられています。つまり、過去 20 年間に星のスペクトル分類は M 型星を超えてより低温まで拡張され、"O-B-F-G-K-M-L-T" となったのです (図1)。L 型は 2,200-1,100 ℃、T 型は 1,100-400 ℃に対応します。現在までに約 670 個の L/T 星が発見されています。


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図1: 褐色矮星を含むさまざまな恒星 (主系列星、巨星、超巨星、白色矮星) の有効温度と光度の関係図。ヘルツシュプルング・ラッセル (HR) 図と呼ばれます。過去 20 年間で主系列星の O 型 ~ M 型よりもさらに低温の星の温度系列として L 型と T 型が確立されました。さらに低温の天体として Y 型星の存在も理論的に予想されています。(クレジット:国立天文台)


  ところで、L型の一部や T型の星は余りにも温度が低いので、普通の星、つまり恒星ではありません。質量が軽いため安定して水素を燃焼する恒星になれなかった星、「褐色矮星」に対応します。太陽質量の 0.075 倍 (木星質量の約 75 倍) 以下の星は褐色矮星としてその一生を送ります (図2)。太陽に比べてずっと軽い天体で我々に最も馴染み深いのは「惑星」ですが、惑星は褐色矮星よりさらに軽いもの、つまり、太陽質量の 0.013 倍 (木星質量の約 13 倍) 以下の (恒星を周回する) 星とされます。惑星は、恒星誕生の副産物として周回する恒星と共に生まれますが、褐色矮星は恒星のように単独あるいは似た質量の天体と共に、母体となる分子雲の塊から生まれます。惑星は、質量が軽いため褐色矮星と同様に自分では光ることができない低温天体ですが、太陽系には8つの惑星があり詳しく調べることができます。しかしながら、褐色矮星は太陽系には存在しない天体なので、その性質を調べたり、この広い宇宙にどれほど温度の低い褐色矮星があるのかどうかを調べるには、我々から離れた宇宙を観測しなければわからないのです。


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図2: 低質量星の年齢と有効温度の理論的予想図。太陽質量の 0.075 倍以上の天体は、自ら水素燃焼を起こして、星の温度が一定となります。しかし、軽い天体は自ら光らず、時間と共に冷えて暗い天体「褐色矮星」となってしまいます。(クレジット:国立天文台)


  また、このような低温天体、とくに、摂氏 1,000~250 ℃ の天体は、近年のドップラー速度法などで発見された恒星のごく近くを周回するホット・ジュピター (注2) とほぼ同じ温度を持ちます。ホット・ジュピターの大気の直接観測は、まだ特別な場合しか観測できないのですが、低温褐色矮星の大気は直接にスペクトルを得たりして詳しく調べることが可能です。すなわち、低温褐色矮星を観測することによって、系外惑星の大気がどのようなものかを事前に調べることができることも重要です。

  ところが、このような低温天体を発見するのは容易ではありません。その理由は、低温天体はエネルギー放射のピークが赤外線波長にあるため、可視光では著しく暗いからです。さらに、期待される天体の数が多くないため、狭い天空領域を深く観測するだけでは発見できないことも大きな理由です。つまり、このような低温天体を開拓するには、広い領域を深く探査する必要があります。

  日本を含む英国等の研究チームは、現在、英国の口径 3.8 メートル赤外線望遠鏡 UKIRT を用いて、4,000 平方度という広い領域を、赤外線の4波長 (YJHK バンド、注3) において、これまでの全天サーベイよりも約 10 倍以上深く探査するプロジェクトを進めています (UKIDSS/LAS - ユーキッズ・広域サーベイ)。これによって、より低温の星の開拓が可能となりました。

  そして、国立天文台を含む日英等から成る研究チームは、UKIDSS データの一部 (約 280 平方度分の観測データ) から独自の方法で超低温天体候補を精選し、そのスペクトルから大気温度を推定し、『宇宙にどれほど温度の低い星があるか』の探査を、すばる望遠鏡やジェミニ望遠鏡を用いて進めてきました。その結果、これまでに計 28 個もの T型星 (摂氏 1,200 度以下) を発見し、探査手法が非常に有効であることを示しました。

  発見された T型星のうち5天体は、これまでに知られている T型星の中でも最も低温のものです。そのうち、ULAS1335 は、温度がわずか摂氏約 280 度と見積もられました (T9型星に分類、注4; 図3および図4参照)。これは、おとめ座の方向、約 30 光年の距離にある、20 木星質量程度の褐色矮星で、(惑星を除くと) これまでで最も低温の星を発見したことになります。


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図3: UKIDSS が発見した最も低温の T 型星の赤外線スペクトル (赤色)。木星のスペクトル (水色) と比較したものです。星の大気中の水やメタンが吸収バンドを形成しています。(クレジット:国立天文台)


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図4: 現在、惑星を除いて宇宙で最も冷たい星「ULAS1335」の赤外線画像。(クレジット:国立天文台)


  既知の T型星は約 100 個ですが、観測開始からわずか3年で 28 個もの T型星を発見できたこと、また、それらの多くは最も低温の T型星を占めることは重要な貢献だと考えられます (図5)。UKIDSS の観測はまだ継続しており、最終的には、これまでの 10 倍以上の領域をサーベイします。その結果、最終的には数百個の T型星を見つけることができると期待しています。これによって、低温星の研究は飛躍的に進むでしょう。

  その中には、さらに低温の星が含まれることも期待されます。しかし、8メートル級望遠鏡をもってしても、このような低温星の詳細なスペクトル観測は楽ではありません。計画中の次世代の 30 メートル超巨大望遠鏡や 3.5 メートルスペース赤外線望遠鏡による低温天体の大気の研究にとって、我々が発見した低温星は、今後最も重要な天体のひとつとなることは間違いありません。


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図5: 「宇宙で最も冷たい星」の変遷。過去の T型星と UKIDSS で発見されたT型星を年代別に示したものです。(クレジット:国立天文台)


  この成果の一部は、英国王立天文学会誌に掲載される予定です。


【研究チーム】

  • 石井未来、田村元秀
    (自然科学研究機構 国立天文台 ハワイ観測所および太陽系外惑星探査プロジェクト室)
  • 葛原昌幸 (東京大学)
  • デイビッド・ピンフィールド、ベン・バーミンガム、フィル・ルーカス
    (英国ハートフォードシャー大学)、ほか
  • 低温矮星サイエンスワーキンググループ

  この研究は、文部科学省科学研究費特定領域研究「太陽系外惑星科学の展開」によるサポートを受けています。


(注1) スペクトル型はさらに数字で細分されます。例えば、G 型星が G0-G1-…-G9 と分類されます。太陽は G2 型星です (温度約 5,500 ℃)。

(注2) すばるが発見したホット・ジュピター。
http://www.naoj.org/Pressrelease/2005/06/30/j_index.html

(注3)
Y バンド = 波長 1.02 マイクロ・メートル
J バンド = 波長 1.25 マイクロ・メートル
H バンド = 波長 1.64 マイクロ・メートル
K バンド = 波長 2.20 マイクロ・メートル
1マイクロ・メートル = 百万分の一メートル = 1μm。

(注4) 摂氏 280 度は、ロウソクの炎の温度 (摂氏 1,400 度) よりずっと低温で、ごま油の引火温度くらいしかない。太陽系の惑星で最も近い温度のものは、水星の昼側の温度 (摂氏 430 ℃)。





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