観測成果

すばる望遠鏡、太陽系外惑星の公転軸傾斜角の測定に成功

2007年8月23日

 東京大学の研究者を中心とする日米共同チーム(東京大学、JAXA宇宙科学研究本部、東京工業大学、国立天文台、東北大学、マサチューセッツ工科大学、プリンストン大学)は、こと座の方向およそ500光年の距離にある太陽系外惑星系TrES-1の観測を行い、主星の自転軸と惑星の公転軸の関係を測定することに成功しました。二つの軸の関係を調べることは、多様な惑星系の存在を説明するために提案されている惑星形成のモデルに制限を与えるものです。今回の観測は、世界で3例目の測定例であるとともに、これまでで最も暗いターゲットでの成功例であり、今後の観測研究に道をひらくものです。

 1995年に最初の太陽系外惑星が発見されて以来、2007年7月までに200個以上もの太陽系外惑星が発見されています。その惑星たちの軌道を調べると、太陽系の惑星とは大きく異なった性質を持つものが多く存在していることがわかりました。例えば、木星のような巨大ガス惑星が主星のごく近くを公転していたり、非常に大きくゆがんだ楕円軌道をもっていたりするのです。このように多様な惑星系の存在を説明するために、さまざまな惑星形成のモデルが提案されています。

 これらのモデルを検証するためのユニークな指標として、「主星の自転軸に対する惑星の公転軸の向きと角度」が挙げられます (図1)。例えば、主星の近くをまわる巨大惑星を説明するために、原始惑星系円盤の中で巨大惑星が徐々に内側へ移動するというモデルが提案されていますが、この場合惑星の公転軸が主星の自転軸に対して傾くことはほとんどありません。一方、複数の巨大惑星が重力によってお互いをはじき飛ばすというモデルでは、惑星の公転軸がもともとの軸から大きく傾き、結果として主星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度が大きくなる可能性があります。

 地球から見て惑星が主星の前面を通過する惑星系 (トランジット惑星系、注1) の場合、トランジットの最中に自転している主星を惑星が部分的に隠すため、見かけ上の視線速度がケプラー運動によるものからずれてみえます (ロシター効果、図2)。この効果を用いると、主星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度を測定することが可能になります。実際に、マサチューセッツ工科大学のJosh Winn助教授を中心としたグループ (今回の共同研究メンバーを含む) は、ケック望遠鏡を用いて2005年に、トランジット惑星系HD209458に対して、惑星の公転軸が主星の自転軸に対して-4.4度±1.4度という、小さいけれど有意な傾きを持つことを初検出し、話題となりました。

 今回ロシター効果が観測されたのは、2004年に発見されたトランジット惑星系TrES-1です (注2)。研究チームは、すばる望遠鏡の大口径を活かした高分散分光器(HDS)によるTrES-1の視線速度観測と、同じハワイ州にあるマグナム望遠鏡 (東京大学) を用いたトランジット測光観測を同時に行いました (図3)。結果、この惑星系で初めてロシター効果を検出することに成功し(図4)、トランジット惑星系TrES-1の惑星が、少なくとも順行して(注3)公転していることを明らかにするとともに、主星の自転軸と惑星の公転軸のなす角度が30度±21度であ ることをつきとめました。ただし、この惑星の公転軸と主星の自転軸がどこまで並行なのかはまだ誤差も大きく、今後の追観測の課題と言えます。

 トランジット惑星系に対するロシター効果の検出は、これが世界で3例目です。その中で、本研究の最も大きな意味は、これまでで最も暗いターゲットでロシター効果の検出に成功したことにあります。これまでロシター効果の観測でターゲットとなっていたのは、V等級が7.7等程度の特に明るいトランジット惑星系のみで、V等級が11.8等 (約40分の1の明るさ) であるTrES-1のように暗いターゲットは、ロシター効果の検出が試みられていませんでした。今回の結果はV等級が12等程度のトランジット惑星系でも、すばる望遠鏡によってロシター効果の観測が可能なことを実証しました。

 このTrES-1と同程度の明るさのトランジット惑星系は、2006年以降既に10個以上発見されており、現在進行中の探査でさらに多数発見される見通しです。研究を中心的に進めている東京大学大学院の成田憲保さん (博士課程3年・日本学術振興会特別研究員DC2)は「すばる望遠鏡とマグナム望遠鏡を組み合わせて、視線速度と測光データを同時取得するという方法論を確立させたことで、今後のさらなる観測の土台を築くことができた。次々と発見されつつあるトランジット惑星系のなかには、大きく傾いていたり、逆行して公転しているものも理論的にはあるかもしれず、それを検出できれば惑星系の起源の研究に対して大きなインパクトを与えることになる」と話しています。

本研究論文は、2007年8月25日発行の日本天文学会欧文研究報告誌に掲載されます。

研究論文の出典と著者:
Measurement of the Rossiter--McLaughlin Effect in the Transiting Exoplanetary System TrES-1
Narita, N., Enya, K., Sato, B., Ohta, Y., Winn, J. N., Suto, Y., Taruya, A., Turner, E. L., Aoki, W., Tamura, M., Yamada, T., Yoshii, Y. 2007, Publ. Astron. Soc. Japan, vol 59, No. 4, 763-770


注1: 地球から見て惑星がたまたま主星の前を通り過ぎるような公転軌道を持つと、惑星が公転周期ごとに食を起こす。このような現象 (トランジット) を起こしている太陽系外惑星系をトランジット惑星系と呼んでいる。トランジットの際に主星の光が隠され、弱くなる程度から惑星のサイズ (半径) を求めることができる。

注2: TrES-1は太陽よりやや軽い質量(太陽のおよそ0.87倍)を持つK0型 (太陽よりやや低温) の主系列星で、このまわりを公転する惑星TrES-1b(太陽系外惑星は発見順、あるいは内側からb,c,d...と名付けられる)は、主星からおよそ0.04天文単位の位置を3日ほどの周期で公転している。また、TrES-1bは木星のおよそ0.73倍の質量と1.08倍程度の半径を持った木星型の巨大ガス惑星である。

注3: 主星の自転と同じ方向(傾きが90度以内であること)に惑星が公転していることを指す。太陽系では、惑星や小惑星、太陽系外縁天体のほとんどが太陽のまわりを順行している。一方、木星や土星などの衛星の中には、惑星の自転と逆向きに公転している(逆行している)ものも存在する。


図1:主星の自転軸に対する惑星の公転軸の傾きλの概念図。太陽系の場合、太陽の自転軸と木星の公転軸との間の角度は約6度である。


図2:恒星は一般に自転していて、我々に近づいてくる部分と遠ざかっていく部分があるはすだが、遠方の恒星は点状にしか見えないため、それぞれの部分からの光が足しあわされたものだけが観測できる。また、惑星が主星の前面を通過する際には光が弱まるが、主星面のどの部分を隠しているのか直接見ることはできな い。しかし、左図のように、主星の自転で近づいてくる部分を惑星が隠すと、近づいてくる成分の光が相対的に弱くなるためにあたかも主星全体が遠ざかっているように見え、逆に右図のように遠ざかる部分を隠すと、主星全体がこちらに近づいてくるように見える効果がある (ロシター効果とよばれる)。
  惑星が主星の自転と同じ向きにまわっていると、最初に近づく側を隠し、正面を通過した後に遠ざかる向きを隠す。公転軸が主星の自転軸に対して傾いているとこの効果が弱まる (極端な例として、2軸が垂直で惑星が主星の正面を横切る場合はこの効果が消える)。さらに、惑星が主星の自転と逆向きにまわっている場合は、最初に主星の遠ざかる側を隠し、後に近づく側を隠すので、この効果が逆転して観測される。この効果は、もともと1924年に食連星系に対して発見されたものだが、東京大学の太田泰弘大学 院生、樽家篤史助教、須藤靖教授によって、2005年にトランジット惑星系に対する解析的な理論公式が構築されて以後、注目をあびている。


図3:すばる望遠鏡高分散分光器(HDS)で取得したTrES-1の視線速度曲線(下)と、マグ ナム望遠鏡で同時に取得した光度曲線(上)。光度曲線からちょうどトランジット の前中後を観測していることがわかる。この観測はハワイ時間2006年6月20日の 夜に行われ、研究チームはTrES-1のトランジット付近の視線速度曲線と光度曲線 を同時に取得することに成功した。



図4:TrES-1の視線速度を、惑星が公転することで主星がふらつく運動(ケプラー運動) とロシター効果によるずれでフィッティングした図。左は公転周期全体で、右は トランジット付近を拡大したもの。位相が0となる点が、トランジットの中心を 表している。トランジット中に見られるケプラー運動からのずれがロシター効果 を示しており、下段はベストフィットの曲線と観測値との残差を示している。


 

 

 

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