観測成果

銀河の誕生を彩る巨大ガス天体と宇宙初期の大規模構造

2006年7月26日

 東北大学の林野友紀助教授、国立天文台の山田亨助教授、京都大学の松田有一研究員、東北大学の山内良亮大学院生らによる研究グループは、すばる望遠鏡の主焦点カメラを用いて、約120億光年彼方の宇宙の広い領域を観測しました。その結果、「超銀河団」以上のスケールで広がる銀河のフィラメント状大規模構造を発見しました。さらにこの構造に沿って、 私たちの銀河系の数倍の大きさを持つ「巨大ガス天体」を多数発見し、それらが大きな質量を持つことを明らかにしました。これら宇宙初期に存在した「巨大ガス天体」は、大質量銀河の誕生にまつわる重要な天体であると考えられます。




 研究グループは、銀河が密集していることが知られていた、約120億光年遠方にある領域 [1] の周辺を探査するため、すばる望遠鏡の広視野主焦点カメラ (Suprime-Cam) 用に、ある特定の波長の光のみを通す特別なフィルター(狭帯域フィルター)を開発しました。そして、このフィルターを用いて、この密集領域がどこまで広がっているのか、どのような天体が観測されるのかを詳しく調べました (注1)。

120億年前の宇宙に銀河の3次元巨大フィラメント構造を発見!
 

 まず、これまで知られていた密集領域は、その数倍以上に広がるより大きな「大規模構造」の一部にすぎなかったことがわかりました (図1)。この「大規模構造」は、現在の宇宙の大きさに対応させると、差し渡しが 2億光年におよんでいます。これは、近くの宇宙で見つかっている最も大規模な構造、超銀河団 (1億光年程度より大きな構造で、フィラメント構造をしています) 以上の大きさに相当します。また、見つかった天体の数から、宇宙の平均密度に比べて、3~4倍もの数の銀河が密集していることもわかりました。これまでは、このような銀河の高密度領域は 0.5億光年程度にしか広がっていないと考えられて来ましたが、その想像を超えて、はるかに大きく広がっていることを示したのです。

 さらに研究グループはすばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 (FOCAS) を用いて大規模構造内の銀河を分光観測し、構造の形状を 3 次元的に詳しく調べました。 そしてこの大規模構造はお互いに交わる少なくとも 3 本のフィラメントにより構成されていることを発見しました (図2)。宇宙初期においてこのような巨大なフィラメント構造を発見したのは世界で初めてのことです。

 宇宙誕生後わずか20億年 (最新の研究成果に基付き、宇宙年齢を137億年とすれば、約15%の時代) という初期宇宙では、質量分布の濃淡はまだかなり小さかったと考えられており、このような銀河の大規模構造が見つかる確率は非常に低いと予想されます。東北大学大学院生の山内良亮さんは、「今回発見した銀河の大規模構造は、その大きさと銀河密度の高さにおいて宇宙の中でも特に希なものであり、時間とともに成長し、いくつもの巨大な銀河団が集まった大構造へと発展してゆくと考えられます。」 と話しています。

巨大ガス天体を多数発見! そこは銀河の誕生の現場か

 この銀河の密集領域には 2 つの巨大ガス天体があることが知られていました[1]。図3 の天体はそのうちの 1 つですが、その大きさは、差し渡し40万光年にも達します。図3 には、私たちの銀河系とほぼ同じ大きさを持つ、アンドロメダ銀河の明るく見える部分を120億光年遠方に持って行った場合の大きさを示しています(地球は、私たちの銀河系の中にあり、全体像を見渡せないため、似た大きさのアンドロメダ銀河の画像を示しています)。ガス天体がいかに大きいかがわかると思います。また、この2つの巨大ガス天体は銀河のフィラメント構造の結節点付近に位置していることもわかりました。

 今回のすばる望遠鏡を用いた観測により、もっと広い領域で、はるかに暗い天体まで見つけることができました。そして、銀河のフィラメント状大規模構造に沿って、大きさが10万光年以上の33個の新しい巨大ガス天体を見つけることに成功しました (図4)。初期宇宙において巨大ガス天体をこれだけ多数発見したのも世界で初めてのことです。

 この巨大ガス天体は、銀河の誕生ととても深く関わっている天体であると考えられています。これまでに巨大ガス天体の正体を説明するモデルとして、銀河誕生時のガスが冷えながら収縮している「ガス収縮説」[2]、次々と誕生しつつある星の紫外線でまわりのガスを輝かせている「光電離説」[3]、寿命の短い質量の大きな星が次々と超新星爆発を起こして、まわりのガスを吹き飛ばす「銀河風説」[4] が提案されました。特に 3 つめの銀河風説は同じ研究グループの愛媛大学の谷口義明教授と塩谷泰広研究生によって提案されたものです。

 今回見つけた巨大ガス天体を詳しく見てみると、その形や明るさは実に様々であることがわかりました。まず、いくつかのガス天体で泡のような構造が見つかりました (図3)。この泡状構造は専修大学の森正夫助教授、筑波大学の梅村雅之教授による銀河風を考慮した精密な数値シミュレーションにより、うまく再現されることがわかりました[5]。それ以外にもガスが非常に淡くひろがった天体 (図5) や、いくつかの銀河が集まってできている天体 (図6) などが見つかりました。

 さらに研究グループはこれらの巨大ガス天体中のガスが、非常に高速 (秒速500キロメートル以上!) で運動していることを明らかにし、そのサイズや、活動性などの情報と合わせ、これらが、銀河系と同じくらいから、その10倍程度にいたる大きな質量を持つ天体であることを主張しています [9]。私たちの銀河系の周囲には、様々な銀河がありますが、質量の大きな銀河が宇宙初期にどのように誕生し、現在まで進化してきたかに関しては、理論的予想はあったものの、観測的には充分明らかになっていませんでした。今回の発見は、初期宇宙において、広大な領域で大質量銀河が密集して誕生することを、世界で初めて明らかにしたという点でも、非常に画期的な観測成果であると考えられます。京都大学の松田有一研究員は「巨大ガス天体は大質量銀河誕生の現場と考えられます。巨大ガス天体を詳しく調べていくことで、大質量銀河が実際にどのように誕生してきたのかについて、大きな手掛りが得られるはずです。」と話してくれました。


 本研究の成果は、2004年8月、11月発行のアストロノミカル・ジャーナル誌 [67]、および 2005年12月20日、2006年4月1日発行のアストロフィジカル・ジャーナル誌 [89] に掲載されました。


 #論文の全著者のリスト:林野友紀 (東北大学)、山田亨 (国立天文台)、松田有一 (京都大学)、田村一 (東北大学)、山内良亮 (東北大学)、中村有希 (東北大学)、谷口義明 (愛媛大学)、村山卓 (東北大学)、塩谷泰広 (愛媛大学)、長尾透 (アルチェトリ天文台)、安食優 (東北大学)、藤田忍 (東北大学)、岡村 定矩 (東京大学)、嶋作一大 (東京大学)、大内正己 (宇宙望遠鏡科学研究所)、太田耕司 (京都大学)





注1: 宇宙は全体に一様膨張しており、地球からより遠く離れた天体ほど、一般により遠ざかる運動をしています。その結果、特定の波長の輝線は、ドップラー効果により、より長い(赤い)波長にシフトします。その度合いを、赤方偏移と呼びます。今回製作した特別なフィルターを用いれば、約120億光年の距離にある天体からの強い水素原子輝線 (ライマンアルファ輝線) のみを効率的に拾い上げることができ、同じ方向の手前や背後にある天体の混入を最小限に抑えて、120億光年彼方の密集領域の詳しい研究が可能になります。

図1: 120億光年彼方の宇宙で見つかった銀河の大規模構造の天球面上分布。黒丸は輝線銀河、赤丸は吸収線銀河、青四角は巨大ガス天体。緑線の中が輝線銀河の密度が高い領域。オレンジの四角で囲まれた部分はこれまでの観測領域 (拡大)

図2: 3次元的に見た場合の銀河の巨大フィラメント構造。大規模構造がお互いに交わる 3 本のフィラメントにより構成されている (拡大)

図3: 巨大ガス天体とアンドロメダ銀河の大きさの比較。緑色が巨大ガス天体を表す。図の右上にアンドロメダ銀河 (東京大学理学部木曽観測所撮影) を120億光年遠方に持って行った場合の大きさを示す。赤丸は、今回のすばる望遠鏡での観測ではじめて見つかった泡状構造 (拡大)

図4: この領域で見つかった35個の巨大ガス天体の画像。緑色がガスを表す。各画像の一辺の大きさは62万光年。左上の 2 個は、既に知られていたガス天体 (拡大)

図5: 非常に淡くひろがったガス天体の例 (拡大)

図6: いくつかの銀河が集まったガス天体の例 (拡大)


参考文献

[1] Steidel et al. 2000, Astrophysical J., 532, 170-182

[2] Haiman, Spaans & Quataert 2000, Astrophysical J., 537, L5-L8

[3] Chapman et al. 2001, Astrophysical J., 548, L17-L21

[4] Taniguchi & Shioya 2000, Astrophysical J., 532, L13-L16

[5] Mori & Umemura 2006, Nature, 440, 644-647

[6] Hayashino et al. 2004, Astronomical J., 128, 2073-2079

[7] Matsuda et al. 2004, Astronomical J., 128, 569-584

[8] Matsuda et al. 2005, Astrophysical J., 634, L125-L128

[9] Matsuda et al. 2006, Astrophysical J., 640, L123-L126

 

 

 

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