観測成果

がか座ベータ星の塵円盤からの赤外線の偏り

2006年4月20日

1. はじめに:がか座ベータ星の塵円盤は惑星形成の「実験室」
 惑星は、恒星誕生の副産物として、若い時期に恒星を取り巻いていた円盤の中から生まれます。そのため、原始惑星系円盤、あるいは簡単にディスクとも呼ばれています。恒星が一人前になる過程で多くの円盤は消失してしまいますが、いくつかの恒星には多量の塵円盤が残っており、残骸円盤とも呼ばれます。原始惑星系円盤はガスと塵から成り、塵は地球型岩石惑星や木星型巨大惑星のコア、さらには生命の起源となる重要な構成要素です。

 ただし、残骸円盤と言っても原始惑星系円盤にあった塵が残存しているのではなく、微惑星や彗星に成長した小天体が衝突で生じた二次的な塵の円盤と思われます。その代表的なものが、南天のがか座にあるベータ星の塵円盤です。この星は、地球から約60光年と比較的近い距離にあります。

 円盤を真横から見ている「細長い星雲」については、スミスとテリルによる最初の可視光コロナグラフ撮像 (1984年) 以来、地上望遠鏡および衛星搭載望遠鏡により数多くの画像が得られています。これは、太陽の約2倍の質量を持つ中心星からの明るい光を、円盤中の塵が反射し、輝いて見えている姿と考えられています。

2. 研究の動機:塵円盤を調べるための最新技術を駆使
 しかしながら、この円盤からの光の偏りを調べ、その反射光の性質や塵の性質に直接に迫るような観測は、過去にたった2例の可視光偏光観測 () しかありませんでした (1991年のグレッドヒルらや1995年のウォルシュテンクロフトらによる、アングロオーストラリア3.9メートル望遠鏡を用いた観測)。これらは大気の揺らぎを補正していないため解像度が悪く (約1.5秒角),塵円盤の詳細な情報は得られていません。

 今回、私たち国立天文台・名古屋大学・北海道大学の研究者からなるチームは、すばる8.2メートル望遠鏡に 「波面補償光学装置 AO」、 「コロナグラフ撮像装置 CIAO (チャオ) 」、および「偏光装置」 という、3つの工夫を組み合わせました。これによって、円盤のような明るい天体のすぐ近くの暗い構造・天体を調べるための性能 (コントラスト) を最大限に高めることができます。そして、円盤からの波長2マイクロメートルの赤外線の偏りを、上記の偏光観測より一桁高い解像度 (約0.2秒角) で明らかにすることに成功しました。

 補償光学は、大気の揺らぎを時々刻々と補正し、すばる望遠鏡の口径で決まる解像度を実現します。コロナグラフは、波長2マイクロメートルで3.5等という非常に明るい中心星からの光をさえぎり、その近くの暗い円盤からの光を見やすくします。偏光装置は、円盤からの偏った反射光を測ることができます。これら3つの技術を組み合わせた観測は世界で初めての試みです。

3. 得られた結果:円盤中の塵についての新知見
 波長2マイクロメートル (1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル) で見た円盤が図1です。細長い星雲の一部がはっきりと見えています。中心の半径2.6秒角はコロナグラフでも除ききれない中心星の影響があるため、隠されています。

 波長2マイクロメートルの偏光観測の結果が図2です。円盤からの近赤外線が約10%の偏光を示すことが初めてわかりました。偏光ベクトルの垂線はほぼ中心星の方向を向いています。これによって、細長い星雲が、中心の星からの赤外線を反射して輝いていることが直接に確認されました。そもそも、がか座ベータ星の赤外線偏光観測はこれが最初のものです。

  図3は、円盤からの近赤外線の明るさが、中心星からの距離とともにどのように変化するかを示したものです。明るさが単調減少するのではなく、小さな波をうって減ってゆくのがわかります。これは、塵円盤の密度が場所によって濃い部分と薄い部分があることを示しています。濃いところは、上述した小天体同士が衝突している小惑星帯に対応していると思われます。内側の部分で同様の小惑星帯の存在は、すばる望遠鏡の冷却中間赤外線分光撮像装置COMICS (コミックス) による観測からも示されています (http://canadia.ir.isas.jaxa.jp/PR/bpic/)。

 観測された偏光は、円盤中の塵が中心星からの赤外線を反射して生じたものですから、逆に、偏光データから円盤中の塵がどのようなものか、どのように分布しているのか、などを調べることができます。そのために、今回得られた波長2マイクロメートルのデータと過去に得られた可視光の偏光データを合せて説明できるような塵のモデルを立てました。その結果、円盤の塵が、一般の星間空間の塵より一桁以上も大きい、マイクロメートルサイズの微小「雪だるま」で良く説明で きることがわかりました。

 図4は、円盤からの近赤外線の偏光の大きさが、中心星からの距離とともにどのように変化するかを示したものです。距離100天文単位 (1天文単位は約1億5000万キロメートル) のところで偏光の大きさが有意に小さくなっています。図3を見ると、この部分では明るさも小さくなっています。これは、100天文単位のところで塵を生み出す小惑星帯が特に少ない可能性を示していると考えています。図5は円盤の想像図です。

 以上の成果は、がか座ベータ星において、微惑星の形成とその破壊による塵円盤の形成が起こっていることを強く支持し、その塵の物性と微惑星の空間分布について新しい知見をもたらしました

 研究チームは「口径8-10メートルクラスの望遠鏡における赤外線観測では、光の偏りを調べる工夫はまだ活用されていない。すばる望遠鏡を用いて、同様な観測をさまざまな円盤について進めることで、塵がどこでどのように惑星に成長してゆくのかを調べたい」と話しています。

 本研究の成果は、2006年4月20日号のアストロフィジカルジャーナル誌に掲載されました。



研究チームメンバー: 田村元秀、周藤浩士、アベリュウ (以上、国立天文台)、深川美里 (名古屋大学・カリフォルニア工科大学)、木村宏、山本哲生(以上、北海道大学) 


※文部科学省科学研究費特定領域研究「太陽系外惑星科学の展開」による研究成果である

 

図1:波長2マイクロメートルで見た、がか座ベータ星の塵円盤。ほぼ真横から眺めているため、細長い星雲に見えます。中心の明るい星はコロナグラフにより隠して観測されました。隠されている黒丸の大きさが、ほぼ太陽系のサイズ (100天文単位) に対応します。中心星が3等星と非常に明るいため、画像解析の影響を受けた部分を黒丸で覆ってあります。望遠鏡の副鏡の影響が黒丸上部に少し残っています。 (拡大画像)

図2:がか座ベータ星の塵円盤の波長2マイクロメートル偏光ベクトル画像。中心の明るい星はコロナグラフにより隠されています。隠されている黒丸の大きさが、ほぼ太陽系のサイズ (100天文単位) に対応します。偏光の原因が、中心の星からの反射光であることがわかります。偏光の大きさはおおよそ10%程度です。背景は図1の強度図と同じです。望遠鏡副鏡の影響を受けた部分のベクトルは取り除いてあります。 (拡大画像)

図3:北西側の円盤の明るさが、中心星からの距離と共にどのように変わるかを図示したもの。単調な減少ではなく、波打って減っているのがわかります。この波の小さな山は、円盤の塵のもととなる小惑星帯に対応すると考えられます。約100天文単位のところにあるへこみにも着目してください。 (拡大画像)

図4:円盤の偏光の大きさが、中心星からの距離と共にどのように変わるかを図示したもの。北西側・南東側のいずれでも、約100天文単位のあたりの偏光の大きさの減少が見られます。明るさの減少もほぼ同じ位置で見られるので、円盤の塵のもととなる微惑星などの小天体が特に少ない領域に対応すると考えられます。 (拡大画像)

図5:がか座ベータ星の円盤の想像図。コロナグラフでは中心星の近くは隠されています。 (拡大画像)



注:「偏光」とは 振動の方向が一様な分布でなく、かたよっている光のことです。光は反射によって偏光します。星から四方八方に放射された光がまわりに一様に分布した塵に反射すると図の左のように花びら状の電場ベクトルのパターンが現れます。いっぽう、円盤状に塵が薄く分布していると図の右のようになります。がか座ベータ星の偏光のベクトルパターンは後者に似ています。
 

 

 

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