観測成果

銀河の世界

クジラ銀河には化石がいっぱい

2017年8月2日 (ハワイ現地時間)
最終更新日:2020年3月17日

東北大学と国立天文台の研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム、HSC) を使い、地球から約 2300 万光年の距離にある渦巻銀河 NGC 4631 (通称、クジラ銀河) とその周辺を広域観測しました。その結果、銀河の歴史を解明する上で重要な情報源となる「銀河の化石」を 13 個 (恒星ストリーム2個と矮小銀河 11 個) 発見しました。これほど遠方にある銀河の化石をこれほどたくさん、一つ一つの恒星に分解して捉えた例としては世界で初めてです。

クジラ銀河は私たちの住む銀河系やお隣のアンドロメダ銀河に比べて小さく、そして周りの銀河と激しく影響し合っている特殊な環境にいる銀河であることから、今回の発見は銀河の歴史の多様性を理解する上で重要な手掛かりになると期待されます。

クジラ銀河には化石がいっぱい 図

図1: すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC) の1視野に写ったクジラ銀河 (右上) とホッケースティック銀河 (左下)。また、http://hsc.mtk.nao.ac.jp/LUGal/NGC4631/で画像を自由自在に拡大縮小してご覧いただけます。(クレジット:東北大学/国立天文台)

銀河の歴史を明らかにすることは、天文学研究の大きなテーマです。銀河の歴史を明らかにするためには、大きく分けて物理学の法則に則った理論的なアプローチと、観測事実を積み重ねて真実に近づく観測的なアプローチの2つがあります。東北大学と国立天文台の研究チームは観測的なアプローチに基づいて、銀河の歴史に迫ろうとしています。

観測的に銀河の歴史を調べる場合、古い天体、つまり昔から存在している天体を調べることが有効な手段の1つです。なぜなら、古い天体は過去の銀河の情報を保持しているためです。人類の残した遺跡や遺物を調べて人類の歴史を調べる考古学になぞらえて、古い天体を調べて銀河の歴史を調べる学問は「銀河考古学」と呼ばれています。銀河考古学における古い天体とは、単に古い星を始め、球状星団や矮小銀河などの天体が当てはまります。そのような古い天体は、幸いにも寿命が宇宙年齢より長いため、銀河ができはじめた宇宙初期からずっと生き残っていると考えられています。

現在、銀河の歴史を理解する上で有力視されているのが、冷たい暗黒物質に基づく理論です。これは、「冷たい暗黒物質が宇宙を構成する1つの要因であるとするならば、宇宙の構造は小さい構造から大きい構造へと進化してきた」とされる仮説です。この仮説を銀河にあてはめて考えると、大きい銀河は我々の住む銀河系やお隣のアンドロメダ銀河に相当します。一方、小さい銀河は大マゼラン雲や小マゼラン雲など、大きな銀河に比べて暗くて小さい矮小銀河です。つまり仮説が正しければ、大きな銀河は、宇宙初期から今日に至るほど続く長い年月をかけ、矮小銀河がたくさん集まることによってできたと推測できます。

矮小銀河は、その中心となる親銀河と合体するとき、物理的な作用 (潮汐力) によって形が壊されます。この時、矮小銀河がバラバラになっていく過程は、恒星ストリーム (一塊だった星々がバラバラになり、元の天体の軌道に沿って筋状に分布した構造のこと) として確認されることがあります。実際、矮小銀河の形が壊されていく様が、銀河考古学研究において観測しやすい銀河系やアンドロメダ銀河などで、恒星ストリームとして確認されています (注1)。

しかし、だからといって銀河の歴史を全て解明できたとは言えません。なぜなら、銀河にも形を始め、質量や大きさ、そしてその周辺環境など様々な個性があるためです。一方で銀河考古学では、銀河を構成する暗い星々を1つずつ捉えることが鍵となりますので、より遠方の銀河の個性を調べようとしてもそう簡単ではありません。その不都合を解決するためには、より大きな望遠鏡を使って観測する必要があります。

クジラ銀河には化石がいっぱい 図2

図2: HSC で撮影されたクジラ銀河付近の拡大画像。(クレジット:東北大学/国立天文台)

今回、研究チームが観測したのは、りょうけん座の方角、約 2300 万光年彼方の宇宙に位置する NGC 4631 という名の銀河で、「クジラ銀河」とも呼ばれています (図2)。口径 8.2 メートルのすばる望遠鏡で星一つ一つまで詳細に観測することが出来る銀河のうち、最も遠い距離に位置する銀河です。クジラ銀河は、銀河系やアンドロメダ銀河と似た渦巻型をしています。また、同じように、銀河が少数集まった集団環境 (銀河群。銀河系やアンドロメダ銀河の所属する銀河群をとくに局所銀河群と呼びます。逆に数が多いと銀河団や超銀河団と呼ばれます。) の中にいます。しかし、銀河系やアンドロメダ銀河に比べるとやや質量が軽く、また最大の特徴は渦巻の形が通常の渦巻よりふくれあがったいびつな形をしていることから、クジラ銀河は銀河系やアンドロメダ銀河とは少し様子が違った銀河であると言えます。

クジラ銀河の近くにはもう一つ別の NGC 4656 という銀河が存在します。NGC 4656 も比較的小さい渦巻銀河ですが、さらに形が崩れていて曲がった杖のような形に見えるので、「ホッケースティック銀河」と呼ばれています。HSC の広い視野を持ってすれば、これら2つの銀河の両方を同時に観測することが可能です (図1)。両銀河とも形が崩れていると言うことは、お互いに物理的に影響し合っているということが推測できます。クジラ銀河は、現在進行形でホッケースティック銀河と合体し、さらに大きな銀河へと進化し始めようとしている途中なのかも知れません。このようなダイナミックに進化が進んでいる環境下にいる銀河に着目して銀河考古学的研究が行われたことはかつてありませんでした。クジラ銀河とその周辺を観測することは銀河の歴史を理解する上で新たな知見をもたらすと期待し、研究チームはすばる望遠鏡 HSC を使った観測を行いました。研究チームは、クジラ銀河とホッケースティック銀河の間に恒星ストリームのような何らかの構造が見えると考えていました。

クジラ銀河には化石がいっぱい 図3

図3: クジラ銀河とホッケースティック銀河、および2つの恒星ストリーム。(クレジット:東北大学/国立天文台)

観測の結果、すばる望遠鏡 HSC をもってしても、期待されていた両銀河をつなぐような構造は捉えらえませんでした。一方で、少し前にスペインの研究チームが発見したクジラ銀河を取り巻く2つの恒星ストリーム (図3で、クジラ銀河の右上と左下に伸びる、NW と SE とラベルされた赤色の楕円で示された構造) を確認することが出来ました。加えて、恒星ストリーム中にある星の一つ一つを分離して観測することに初めて成功しました。

その成功は、恒星ストリームまでの距離と金属量という2つの物理量の推定を可能にしました。解析の結果、2つの恒星ストリームはクジラ銀河とほぼ同じ距離にいることが分かりました。さらに、右上の恒星ストリーム (NW) が、クジラ銀河より向こう側に、左下の恒星ストリーム (SE) がクジラ銀河より手前側に位置していることも分かりました。

恒星ストリームまでの距離が分かると、理論的な星の進化モデルと恒星ストリームの星々の色や明るさを比較することによって恒星ストリームの金属量分布を調べることが出来ます。今回得られた金属量分布 (図4) から、観測で見つかった2つの恒星ストリームは起源が同じであるということが明らかになりました。さらに、恒星ストリームの平均的な金属量 (太陽の約 10 分の1程度) を手掛かりにすると、起源となる矮小銀河は太陽の約4億倍の重さであることが分かりました。私たちの住む銀河系は、太陽 100 億個以上の重さ (暗黒物質も含めると太陽 1000 億個以上の重さ) で出来ていることを考えると、銀河系に比べてとても小さな銀河だと言えます。

クジラ銀河には化石がいっぱい 図4

図4: 恒星ストリームの恒星における金属量分布ヒストグラム。金属量は、太陽に対する対数スケールの比率表示で、-1.0 は太陽に比べて金属量が 1/10、-2.0 は太陽に比べて金属量が 1/100 の量であることを表します。(クレジット:東北大学/国立天文台)

今回の観測の結果、副産物としてクジラ銀河と合体する前の矮小銀河を多数見つけることが出来ました (注2、図5)。しかもクジラ銀河に付随する矮小銀河の恒星の一つ一つを分離して撮影できたのは世界で初めてのことです。今回見つかった合体前の銀河はバラバラにはなっておらず、原形をとどめています。恐竜の化石をバラバラになった骨として発掘したというよりは、恐竜の化石丸ごと発掘できたようなものです。今後は、これらのデータを手掛かりに、クジラ銀河の歴史を解明し、銀河の歴史がいかに多様性に満ちあふれていたかについて理解を進めたいと、研究チームは考えています。

この研究成果は、米国の天体物理学誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2017年6月22日付で掲載されました (Tanaka et al. 2017, "Resolved Stellar Streams around NGC 4631 from a Subaru/Hyper Suprime-Cam Survey", The Astrophysical Journal, 842, 127)。またこの研究成果は、科学研究費補助金 JP25800098、JP15K05037、JP15H05889 および JP16H01086 によるサポートを受けています。

(注1) 渦巻銀河が形成される様子、またその過程で恒星ストリームができる様子は、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクトによって作成されたシミュレーション予測による動画でご覧頂けます。

(注2) 今回観測した HSC の画像が http://hsc.mtk.nao.ac.jp/LUGal/NGC4631/ でご覧頂けます。画像は HSC 画像等倍まで拡大してご覧頂けます。図5は今回の観測で発見した矮小銀河ですが、HSC のデータ量は膨大であるため、これらの矮小銀河以外にも銀河の化石が画像内に埋もれている可能性があります。

クジラ銀河には化石がいっぱい 図5

図5: 今回の観測で発見した矮小銀河。最上段右 (3) は、先行研究で矮小銀河だと思われていましたが、HSC による高解像度画像から、背景の銀河や手前にある恒星などクジラ銀河とは関係がない天体が重なって見えていただけだということが分かりました。(クレジット:東北大学/国立天文台)

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