観測成果

小惑星同士の衝突で生じた奇妙なチリ雲
~ 観測・実験・理論の強力タッグで解き明かしたチリ雲の成因 ~

2011年10月19日

  国立天文台、JAXA、ソウル大学 (韓国)、神戸大学などの研究者からなる国際研究チーム (補足1) は、すばる望遠鏡とむりかぶし望遠鏡を用いた観測から、地球から約4億キロメートル離れた小惑星 Scheila (シーラ、補足2) に現れた奇妙な「3つの尾 (チリ雲)」の成因を詳細に解明することに成功しました。小惑星は通常一点にしか見えませんが、小惑星 Scheilaには 2010年12月ごろ、あたかも彗星であるかのような尾が観測されました。さらに驚くべきことに、通常の彗星であれば尾はひとつであるのに対し、このときなんと3つもの尾が同時に現れていたのです。研究チームは、この謎の現象を解明するために中~大口径望遠鏡を駆使し、小惑星 Scheila を3ヶ月にわたって観測しました。そして、ダスト (チリ) 粒子の放出過程の理論モデルに基づく数値計算と観測データとの比較を行った結果、この「3つの尾」は、2010年12月2日21時から3日19時 (日本時間) の間に起こった小惑星衝突によって発生したものであることが明らかになりました。また、直径数十メートルの小惑星が、小惑星 Scheila に後ろから追突していたことなど、衝突現場での詳しい状況も明らかになりました。小惑星同士の衝突現場が観測されること自体が大変珍しいのですが、さらに衝突日や衝突方向までもが明らかになったのは、天文観測史上はじめてのことです。

  小惑星は、太陽系形成後、絶えず衝突を繰り返してきました。例えば、はやぶさ探査機によって撮影された小惑星イトカワは、過去の衝突でいったん壊れた破片同士が再集積した「ラブルパイル天体 (破砕集積体)」であると考えられています。衝突によって発生したダスト粒子は、やがて太陽光による圧力を受けて軌道が変化し、その一部は地球軌道にも運ばれます。地球上には毎日およそ 20~200 トンものダスト粒子が降り注いでいますが、その一部はこのようにして小惑星からやってくると考えられているのです。

  このような衝突現象は現在も起こっていると考えられていますが、衝突頻度が低いことから望遠鏡を使って直接観測することは困難でした。ところが 2010年、衝突の直後と考えられる天体が、相次いで二天体報告されました。そのうちのひとつが小惑星 Scheila で、2010年12月11日に突然増光を見せました。この突発現象は世界中の望遠鏡で観測され、小惑星のすぐ近くに奇妙な3つの尾が検出されました。増光当初から、小惑星同士の衝突ではないかと推測されていましたが、決定的な証拠が見つかっていませんでした。また、3つの尾の成因を説明することも容易ではありませんでした。

  研究チームは、この 謎に迫るべく、増光直後から中~大口径望遠鏡 (すばる望遠鏡とむりかぶし望遠鏡) を駆使し、小惑星 Scheila を3ヶ月にわたって観測しました。図1上段は、 石垣島天文台 (国立天文台) のむりかぶし望遠鏡を用いて観測した小惑星 Scheila です。小惑星は通常一点にしか見えませんが、小惑星 Scheila はこのときあたかも彗星のような振る舞いを見せており、奇妙な形をした3つの尾が時間とともに広がっている様子がわかります。この構造は徐々に淡くなり、2011年2月以降ほとんど見えなくなりました。ところが、研究チームは観測を継続する中で、あるとき小惑星から直線状の構造が伸びていることに気が付きました。この構造は暗く微かなものであったため、口径 105 センチメートルのむりかぶし望遠鏡では一晩の観測で気づくのがやっとでしたが、後に口径 8.2 メートルのすばる望遠鏡を用いて観測を実施し、はっきりとその姿を捉えることに成功しました (図1下段)。この直線状構造の存在に気づき、検出に成功したのは世界中でも本研究チームだけです。

  ある瞬間に一度に放出されたダスト粒子の集団は、そのサイズ分布の違いによって「シンクロン」と呼ばれる細長く伸びた構造になることが知られています。研究チームは、まずこの直線状構造に着目し、伸びている方向 (位置角) から (1) 衝突日を特定することに成功しました。また、観測データの解析から (2) 衝突天体の直径は 20-50 メートルであり、(3) 衝突によって小惑星 Scheila の表面には直径 500-800 メートルのクレーターが形成され、(4) 0.1-100 マイクロメートル (1マイクロメートルは 1000 分の1ミリメートル) のサイズを持つ数十万トンのダスト粒子が惑星間空間に放出されたことを明らかにしました。

  研究チームはこれらの情報を手がかりとして、ダスト粒子の放出に関する理論的なモデル計算を行い、小天体が小惑星 Scheila の表面に斜め方向から衝突したとする「斜め衝突モデル」がこの「3つの尾」の構造を説明しうるという結論に達しました。天体表面に別の小天体が衝突すると、「衝突方向への高速放出流」と「円錐状に出る放出物カーテン」の2つの構造が現れることが、室内衝突実験から知られています (図2)。研究チームは、JAXA スペースプラズマ共同利用超高速衝突実験施設での室内衝突実験で得られた知見を元にダスト粒子の放出機構をモデル化し、重力と太陽光による圧力を考慮した理論モデル計算を行いました。その結果、小天体が小惑星 Scheila の進行方向に対して後方から追突したときにのみ、観測画像をうまく再現することができたのです (図3図4)。また、 通常の彗星活動の原因となる氷の昇華 (気化) では、小惑星 Scheila に見られた3つの尾の成因を説明できないこともわかりました。

  本研究は、タイムリーな観測、ダスト粒子軌道進化に関する理論的研究、そして衝突過程の実験的研究を効果的に駆使することによって小惑星で発生した突発的現象の謎を究明したものであり、観測・理論・実験のすべての取り組みが機能した、まさに三位一体の研究です。研究チームは、「今後も太陽系内で起こる突発現象を観測するとともに、小惑星間の衝突やそれによって発生したダスト粒子の軌道進化を解析し、ダイナミックに進化する太陽系の姿を研究して行きたい」と意気込んでいます。

  本研究の観測成果は、2011年10月10日発行の Astrophysical Journal Letters に掲載されました。更に、実験と理論モデルによる成果は、2011年11月1日発行の Astrophysical Journal Letters に掲載されます。本研究の一部は科学研究費補助金 (特定領域研究 No. 19047003) の助成を受けています。



figure1

図1: 上段: 石垣島天文台で観測した Scheila の奇妙な尾とその時間変化 (視野 64 万km × 39 万km)。上段左と 右は、それぞれ2010年12月12日と12月19日に撮影。下段: 世界ではじめて捉えられた直線状の構造。すばる望遠鏡に搭載された主焦点カメラ (Suprime-Cam) にて2011年3月2日に撮影 (視野 130 万km × 29 万km)。大きなダスト粒子は、衝突から3ヶ月経ってもこのように小惑星のすぐ近くに漂っていました。この画像からダスト粒子の放出日と粒子サイズを決定することに成功しました。点線内部は画像処理の段階で除去することができなかった明るい星で、衝突によって発生したダスト雲とは関係ありません。(クレジット: 国立天文台)


figure2

図2: 室内衝突実験によって知られている衝突放出物。 天体表面に別の小さな天体が衝突すると (a)、「衝突方向への高速放出流」と「円錐状に出る放出物カーテン」の二つの構造が現れます (b)。これらの構造は時間とともに拡がり (c)、やがて太陽光による圧力によって軌道が変化します。「衝突方向への高速放出流」は、主に衝突体が粉砕したり、条件によっては気化したりしてできるものです。また「円錐状に出る放出物カーテン」は、衝突時に発生する衝撃が天体内部に伝わり、破壊された天体内部物質が外向きに放出される時に形成される事よって生じるダスト雲です。この「放出物カーテン」の下にはクレーターが形成されます。観測されたダスト雲の明るさから、Scheila には直径 500-800 メートルのクレーターが形成されたと推定されています。(クレジット: 国立天文台)


figure3

図3: 衝突実験を元にした理論モデルによる再現画像。左が観測画像で右がモデル計算によるシミュレーション画像。研究チームのシミュレーションから、尾1は衝突方向への高速放出流、尾2と尾3は放出物カーテンであることがわかりました。これらを形成するダスト粒子は、太陽光による圧力を受けて、徐々に右方向に加速しています。(クレジット: 国立天文台)


figure4

図4: 本研究で明らかになった衝突体 (小天体) の軌道。衝突体は、小惑星 Scheila の公転方向の反対側 (公転運動に対して後ろ側) から追突したと考えられます。(クレジット: 国立天文台)



補足1: 研究チームのメンバーは下記の通りです。

石黒 正晃 (韓国・ソウル大学 物理天文学科)
花山 秀和 (国立天文台 水沢 VLBI 観測所/石垣島天文台)
長谷川 直 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
猿楽 裕樹 (宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
渡部 潤一 (国立天文台/総合研究大学院大学 天文科学専攻)
藤原 英明 (国立天文台 ハワイ観測所)
寺田 宏 (国立天文台 ハワイ観測所)
Henry H. Hsieh (米国・ハワイ大学 天文学研究所)
Jeremie Vaubaillon (フランス・パリ天文台)
河合 誠之 (東京工業大学 理工学研究科)
柳澤 顕史 (国立天文台 岡山天体物理観測所)
黒田 大介 (国立天文台 岡山天体物理観測所)
宮地 竹史 (国立天文台 水沢 VLBI 観測所/石垣島天文台)
福島 英雄 (国立天文台 天文情報センター/石垣島天文台)
太田 耕司 (京都大学大学院 理学研究科)
浜野和 博巳 (浜野和天文台 (私設天文台))
Junhan Kim (韓国・ソウル大学 物理天文学科)
Jeonghyun Pyo (韓国天文宇宙科学研究院)
中村 昭子 (神戸大学大学院 理学研究科)


補足2: 日本のメディアでは「シャイラ」として取り上げられてきましたが、母国語 (英語)では、「シーラ」と発音します。


補足3: 小惑星 Scheila は直径約 120 キロメートルで、火星と木星の間にあるメインベルトと呼ばれる小惑星帯を周期約5年で公転する天体です。直径は日本の赤外線天文衛星「あかり」の測定に基づいています。現在までに約 50 万個見つかっている小惑星 (2011年10月4日現在) のうち約 150 番目の大きさで、比較的大きい部類に入ります。



<研究論文の出典>

1. Ishiguro et al. 2011, Astrophysical Journal Letters 740号, L11ページ, "Observational Evidences for Impact on the Main-Belt Asteroid (596) Scheila"
2. Ishiguro et al. 2011, Astrophysical Journal Letters, 741号, L24ページ, "Interpretation of (596) Scheila's Triple Dust Tails"


<関係する研究機関>



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