観測成果

すばる望遠鏡、125 億光年彼方の銀河に炭素を発見
~ 宇宙における炭素誕生の謎に迫る ~

2011年10月5日

  愛媛大学および京都大学の研究者を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS を用いた可視分光観測によって、125 億光年彼方にある最遠方電波銀河 TN J0924-2201 から放射された炭素輝線の検出に世界で初めて成功しました。検出された輝線を調査したところ、驚くべきことに宇宙誕生後 10 億年頃の電波銀河には既に炭素元素が豊富に存在していたことがわかりました。元素が宇宙の歴史の中でいつ、どのように生成されてきたのかという問題は未だに解き明かされていません。今回の結果は宇宙の化学進化を理解する上で非常に重要な成果であるとともに、生命の基本構成元素である炭素がいつ生成されたのか、すなわち生命の究極的なルーツを知る手掛かりになるかもしれません。

  私たちが住んでいる宇宙は今からおよそ 137 億年前、ビッグバンという大爆発によって誕生したと考えられています。誕生直後の宇宙にはビッグバンで生成可能な水素とヘリウムしか存在しませんでした。では現在私たちのまわりに存在する酸素や炭素、鉄、マグネシウムといった多種多様な元素 (注1) は、いつ、どのように生成されたのでしょうか。その答えは夜空に輝く星にあります。太陽のように自ら輝く星 (恒星) はその内部で核融合反応を行い、また大質量星になると超新星爆発という現象を伴った壮絶な最期を遂げます。自然界に存在する元素は、これら恒星の進化に伴う現象によって生成されてきたと考えられています。宇宙が誕生して現在に至るまでに無数の星が生まれ、そして死んでいくことで元素は蓄積されてきました。私たちが宇宙を理解するためには、元素の起源と歴史、すなわち「宇宙の化学進化」の全容を明らかにしなければなりません。私たち人間自身も酸素や炭素、窒素、カルシウム、リンといった元素によって構成されていることを考えると、化学進化を理解することは生命のルーツに対する理解にも繋がる極めて興味深い課題です。

  化学進化を調べる方法の一つとして、様々な赤方偏移の天体に対してその元素量を調べることが挙げられます。赤方偏移は距離の指標であり、同時に時間の指標でもあります (注2)。つまり、元素量の赤方偏移に対する振る舞いを調べることで元素量の時間進化を見ることができます。今回、愛媛大学および京都大学の研究者を中心とする研究チームは、巨大ブラックホールの重力エネルギーにより電波や可視光で極めて明るく輝く「電波銀河」と呼ばれる天体に着目しました。電波銀河を用いた元素量診断の研究はこれまでにも行われていますが、そのほとんどが赤方偏移3あたりまでの宇宙、すなわち今から 115 億年前までの宇宙しか調べられていませんでした。しかもこれらの調査の結果は、現在の宇宙に見られるような元素が 115 億年前には既に生成されていたことを示しています。これは、少なくとも宇宙誕生後 20 億年以前の電波銀河を調べなければ元素が生成されている現場を見ることができないことを意味しています。そこで研究チームは現在最も遠くで見つかっている電波銀河 TN J0924-2201 (赤方偏移 5.19 、距離は 125 億光年:図1) に着目して、その元素量を測定するためにすばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS を用いた可視分光観測 (注3) を行いました。

  この天体はこれまでも何度か観測されていたのですが、元素量診断に必要な水素やヘリウム以外からの輝線はとても弱いため検出できていませんでした。しかしながら、今回のすばる望遠鏡による分光観測によって、元素量診断に必要な炭素輝線の検出に世界で初めて成功しました (図2)。125 億光年彼方の電波銀河からの水素、ヘリウム以外からの輝線の検出は今回が初めてであり、この輝線から宇宙誕生後 10 億年頃の電波銀河における元素の詳細な研究が可能となりました。今回検出された輝線を調査したところ、驚くべきことに当時の電波銀河でも既に相当量の元素が存在していたことがわかりました。さらに本研究チームは今回の観測とシミュレーションの結果を比較することで、当時の電波銀河の炭素存在量を推定しました。その結果、銀河進化の中でゆっくりと増加してきたと考えられている炭素元素でさえ、その大部分が宇宙誕生後 10 億年頃に既に生成されていたことがわかりました。これは現在電波銀河に見られるような元素のほとんど全てが宇宙誕生後 10 億年以内という極めて短い期間に爆発的に生成されたことを示唆しています。研究をリードしてきた愛媛大学の松岡健太特別研究員は、「私たちはどこからきて、どこへいくのか。人類のルーツにも繋がる元素生成の歴史を解き明かすために、今後もさらなる調査を進めて行きたい」と意気込んでいます。また、京都大学の長尾透准教授は、「このような研究に有用な遠方宇宙における巨大ブラックホール天体を更に調査することが、今後ますます重要になるでしょう」と今後の展開について期待を寄せています。

  この研究成果は、2011年8月発行のアストロノミーアンドアストロフィジクス誌に掲載されました。また、この研究は、科学研究費補助金特別研究員奨励費・基盤研究 (A)・挑戦的萌芽研究によるサポートを受けています。


研究論文の出典:

Kenta Matsuoka, Tohru Nagao, Roberto Maiolino, Alessandro Marconi, Yoshiaki Taniguchi, A&A, 532, L10, "Chemical properties in the most distant radio galaxy"



研究チームの構成:

  • 松岡健太 (愛媛大学大学院理工学研究科/京都大学大学院理学研究科・大学院生/日本学術振興会特別研究員)
  • 長尾透 (京都大学白眉プロジェクト・准教授)
  • Roberto Maiolino (ローマ天文台 (イタリア)・准教授)
  • Alessandro Marconi (フィレンツェ大学 (イタリア)・准教授)
  • 谷口義明 (愛媛大学宇宙進化研究センター・センター長/教授)


(注1) ビッグバンによって生成可能な水素、ヘリウム以外の元素のことを天文学の世界では重元素と呼びます。

(注2) 天体が観測者から遠ざかる場合、天体から放射された光の波長はドップラー効果によって長波長側に伸ばされます。この現象は赤方偏移と呼ばれ、膨張によって遠くにある天体ほど速く遠ざかることが知られているこの宇宙では距離の指標としても使われます。赤方偏移 5.19 の天体は約 125 億光年彼方にあり、この天体から放射された光は 125 億年かけて私たちに届きます。つまり、この天体から放射された光を調べれば今から 125 億年前の宇宙の様子を探ることができます。

(注3) 天体からの光を波長別に分けてスペクトルを求める観測を分光観測といいます。分光観測によって、元素から放射される特定の波長の光 (輝線) を捉えることで、その天体の元素量を測定することができます。



figure1

図1: 最遠方電波銀河 TN J0924-2201 のハッブル宇宙望遠鏡による可視光画像。TN J0924-2201 は可視光で 25.85 等級の明るさ。((c) NASA/STScI/NAOJ)


figure2

図2: すばる望遠鏡の FOCAS で取得された最遠方電波銀河 TN J0924-2201 の可視スペクトルと炭素輝線 (下向き矢印) 周辺の拡大図。図中の左端付近に見えるのは水素からの輝線。すばる望遠鏡を用いることで、非常に微弱な 125 億光年彼方の炭素輝線を世界で初めて検出しました。



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