観測成果

百億光年の彼方に成長しきった銀河を発見

2010年5月21日

 フランス原子力庁基礎研究部門に所属する小野寺仁人研究員が率いる国際研究チームは、すばる望遠鏡を用いて、非常に遠くにあり、きわめて明るい大質量楕円銀河の赤外線スペクトルを取得しました。この銀河からの光は、現在の宇宙年齢の4分の1の時代に発せられ、100億年かかって地球に到達しました。奇妙なことに、そして、これまでのいくつかの研究結果とは反対に、この100億年前の宇宙で発見された銀河は、現在の宇宙に存在する楕円銀河と呼ばれる種族にたいへんよく似ていました。この研究によって、これまで知られていた100億年の間に100倍も体積を増加させる楕円銀河が存在する一方、なぜ宇宙の初期に十分に成長した楕円銀河がすでに存在するのかという謎がさらに深まることになりました。

 現在の宇宙で最も重い銀河は巨大楕円銀河と呼ばれる銀河種族で、私たちの住んでいる天の川銀河のような渦巻銀河とは異なり、のっぺりとした楕円体をしています。天文学者達は巨大な望遠鏡を用いて、天の川銀河よりも10倍以上も重い楕円銀河を、約100億光年昔の宇宙にさかのぼって調べることができるようになってきました。このような遠方銀河からの光を観測することによって、その形成直後の銀河の姿を直接観測することが可能になり、遠い過去の宇宙を探索できます。

 5年前にハッブル宇宙望遠鏡を用いて行われた長時間の撮像観測によって、天の川銀河近傍の楕円銀河に比べて、遠方の楕円銀河が同じ程度の質量のものでも半分から5分の1程度のの大きさしかないということが提唱されました。これらの遠方楕円銀河の大きさは約3000光年よりも小さく、我々の銀河系に比べてもずっと小さかったのです。この発見が正しいならば、遠方楕円銀河の星の密度は近傍の楕円銀河に比べて10倍から100倍も高いということになります。それ以来、このような非常にコンパクトな遠方楕円銀河がどのようにして100億年の間に膨張し、現在の宇宙で観測される大きさになったのかについての論争がなされてきました。一方で、遠方楕円銀河の大きさの測定が正しいのかという疑問も投げかけられてきました。測定誤差や何らかの観測的なバイアスによって遠方楕円銀河が小さいという結果を説明できるのでしょうか?

 小野寺研究員(フランス原子力庁基礎研究部門)らのチームは、最も質量の大きな遠方楕円銀河の新しい候補を探し出すために、遠方宇宙に関する世界最大の観測プロジェクトの一つ、COSMOSサーベイを利用しました。彼らはすばる望遠鏡の主焦点カメラ (Suprime-Cam) と、同じくハワイ島マウナケアにあるカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡の広視野赤外線カメラ (WIRCAM) を用いて、遠方楕円銀河に特徴的な色を持つ天体を探しました。さらに、COSMOSサーベイを特徴付けるデータの一つであるハッブル宇宙望遠鏡による高解像度画像を調べ、それらの中から近傍の楕円銀河と見かけがよく似た天体を選び出しました。このようにして選ばれた天体について、すばる望遠鏡によってさらなる観測が行われたのです。

 銀河がどれだけ重いかを推定するために、小野寺研究員らのチームはその銀河内にある星々の「速度分散」という量を測定することにしました。速度分散とは、星や銀河の運動速度がどのような範囲にあるかを表す量で、天体の質量を求めるための指標の一つです。質量が同じ天体の場合、より小さな銀河では、重力との釣り合いをとるために、銀河内の星は高速で運動する必要があります。銀河のスペクトルを取得し、スペクトル線の広がりを測定することによって星の速度分散を測定できます。さらに銀河の大きさと速度を組み合わせることによって銀河の質量を求めることができるのです。

 速度分散の測定に適した強いスペクトル線が、遠方銀河では赤方偏移のせいで赤外線に移動してしまうのですが、可視光よりも波長の長い赤外線での観測は非常に困難です。すばる望遠鏡と近赤外線多天体分光撮像装置 (MOIRCS) は、広い視野に渡って多数の天体の赤外線スペクトルを一度に取得できるため、これらのスペクトル線は観測するための非常に強力な組み合わせになります。

 速度分散を用いた方法は、遠方楕円銀河の質量を測定するための比較的新しい手法です。初めてこのような測定についての論文が出版されたのはつい最近のことです。この過去の研究では、半径およそ2500光年という非常にコンパクトな遠方楕円銀河が、秒速500kmという大きな速度分散を持ち、大きさと速度分散の関係が整合的であることが明らかにされました。しかしながら、この天体と同じような速度分散の値を持つ楕円銀河は天の川銀河の近くには存在しません。同様の手法によって小野寺研究員らのチームが観測した銀河245025は秒速300km程度の、最初の測定が行われた銀河に比べて低い値を持っていました。こちらも約19000光年という銀河の半径と整合的なものでした。これらの観測結果によって、現在の宇宙で見られるものと変わらないほど大きな銀河と、非常にコンパクトな銀河とが、初期宇宙では共存していたという証拠が得られたことになります。

 異なる楕円銀河の種類がどのようにして形成され、進化してきたのかという謎は未だ解かれていません。小野寺研究員らのチームはこれらの2つの種類の楕円銀河がそれぞれどのくらいの割合で存在するのかに注目しています。すばる望遠鏡とMOIRCSを用いたさらなる観測が、この謎を解く鍵になるでしょう。

 この研究は2010年4月発行のアメリカ天文学会のAstrophysical Journal 誌第715巻L6ページに "A z=1.82 Analog of Local Ultra-massive Elliptical Galaxies" (Onodera et al.) として掲載されました。このプロジェクトの一部は仏 Agence Nationale de la Recherche による支援を受けています。

研究チーム

小野寺仁人、Emanuele Daddi、Raphael Gobat (フランス原子力庁、フランス)、有本信雄、田村直之、山田善彦 (国立天文台) Michele Cappellari (オックスフォード大学、イギリス)、Chiara Mancini、Alvio Renzini (パドヴァ天文台、イタリア)、Henry J. McCracken (パリ天体物理学研究所、フランス)、Peter Capak、Nick Scoville (カリフォルニア工科大学、アメリカ)、Marcella Carollo、Simon Lilly (チューリッヒ工科大学、スイス) 、Andrea Cimatti (ボローニャ大学、イタリア)、Mauro Giavalisco、 (マサチューセッツ大学、アメリカ)、Olivier Ilbert (マルセイユ天体物理学研究所、フランス)、Xu Kong (中国科学技術大学、中国)、本原顕太郎 (東京大学)、太田耕司 (京都大学)、Dave B. Sanders (ハワイ大学、アメリカ)、谷口義明 (愛媛大学)

 

参考:フランス側のウエブサイトフランス語英語


  figure1  

:背景にある疑似カラー画像は、すばる望遠鏡のSuprime-Camで撮影されたBバンド (中心波長440nm) とz’バンド (中心波長900nm) の画像をそれぞれ青色と緑色、カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡のWIRCAMで撮影されたKsバンド (中心波長2200nm) の画像を赤色として合成されたものです。画像全体の大きさは縦横それぞれ6分角に相当しています。今回観測された銀河は白枠で囲んだ領域の中心にある赤っぽい銀河で、およそ100億年前の姿をとらえています。

すばる望遠鏡のMOIRCSによって取得されたスペクトルは右側に表示してあります。上側のパネルには観測されたスペクトルで、天体からの光が強いところがより白く表示されています。下側のパネルには天体が明るく写っている部分だけを足しあわせたスペクトルを描いています。灰色の実線は観測されたスペクトル、黒色の実線は見やすくするために灰色の実線を滑らかにしたスペクトル、そして、赤色の実線は観測を最もよく説明する理論モデルのスペクトルです。速度分散を求めるために使われた強い吸収スペクトルの位置が矢印で示してあります。これらは、水素やカルシウム、CH分子のラジカル (図上ではGバンドと表記されています) によって引き起こされているスペクトル線です。背景画像中で、非常に明るい星は黒く塗りつぶしてあります。







画像等のご利用について

ドキュメント内遷移