観測成果

星形成銀河NGC253の輝線比マップ画像 -銀河風の正体を探る-

2009年10月26日

 京都大学の研究グループがすばる望遠鏡に特殊な観測装置を取り付け、近くにある星を大量に作り出している銀河、NGC253の銀河風を観測し、輝線比マップを作ることに世界で初めて成功しました。その結果、これまで観測が難しく謎に包まれていた銀河風の電離メカニズムを詳細に調べることができ、 NGC253の銀河風は主に衝撃波によって光っていることが分かりました。

 銀河風とは銀河中心から銀河外部へ向けての大規模なガスの放出現象を指し、銀河の成長のしかたに大きな影響を与えると考えられています。例えば、銀河風によって銀河の外まで飛ばされた星間ガスが銀河空間ガスになることもありますし、銀河風によって銀河の星形成活動が止まってしまうこともあります。銀河風は淡く広がった現象で観測が難しいため、地球から比較的近くて観測しやすい銀河ですら、今まであまり詳しく調べられていませんでした。銀河風がどのようにして光っているのかもよく分かっていません。

 京都大学の研究グループは、自分たちのグループで開発した観測装置である京都三次元分光器第2号機 (Kyoto3DII) をすばる望遠鏡に取り付けて観測を行いました。 Kyoto3DII は面分光(注1)など特殊な機能を持った可視光の観測装置です。NGC253は地球から約1100万光年離れたところにある渦巻銀河です。この銀河の中心では今も激しく星が作られています。また、銀河の中心付近に銀河風があることが分かっています。地球に対してほぼ真横を向いているので、銀河風を観測しやすい銀河です(図a参照)。

 今回はファブリ・ペロ干渉計という、透過する光の波長を自由に変えることのできる光学素子を使って観測を行いました。ファブリ・ペロ干渉計を使うと面分光観測よりも広い視野での観測が可能であり、 NGC253 の銀河風全体を一度に観測できます。この観測データから銀河風全体の水素、窒素、硫黄の輝線強度マップを作成し、それぞれの比をとって輝線比マップを作ることに成功しました。

 NGC253 の銀河風の一部にスリットをあてての分光観測は以前に行われましたが、今回のような銀河風全体を含んだ輝線比マップを作る観測は今回が初めて (注2) です。硫黄の輝線は水素や窒素の輝線よりも弱いため今まで観測が難しかったですが、大口径のすばる望遠鏡を使うことで今回初めてその検出が可能になりました。

 図 b が水素の輝線で見た NGC253 の中心部です。緑色の線で銀河風の領域を示しています。銀河中心から左下方向に銀河風が飛び出していて、その大きさはおよそ 2000 光年にも及びます。図bと同じ領域の窒素/水素の輝線比マップが図cです。銀河風の領域では窒素/水素の比が大きいことから、銀河風は星からの光ではなく衝撃波によって主に光っていることが初めて分かりました (注3)。一方で、銀河中心から左や左下に離れた水素輝線を出している領域は、窒素 /水素比が小さく、星からの紫外線で輝線を出している領域 (HII領域) であることが分かりました。硫黄/水素の輝線比マップ (図d) でも同じような傾向が観測されました(注4)。 NGC253 の銀河中心付近の星形成の激しさから超新星爆発のエネルギーを見積もると、銀河風の運動エネルギーより大きいことが分かりました。このことから NGC253 の銀河風は、銀河中心付近で激しい星形成活動に伴うたくさんの超新星爆発によって起き、その衝撃波によって銀河風領域が輝いていることが初めてわかりました。今回の観測で銀河風の物理メカニズムの理解が一歩進み、銀河がどのように成長してきたかを考える上での大きな礎となります。

 今回の研究で NGC253 の銀河風の光るメカニズムを解明でき、銀河風という現象についての理解が一歩進みました。今回の成果は、すばる望遠鏡の集光力とユニークな観測装置を組み合わせることによって得られたと位置づけることができます。ただし、今回はこの銀河1つだけしか観測していないので、全ての銀河風がこのような描像であるかどうかまでは分かりません。多くの銀河風の観測を行い銀河風の一般的な性質を調べることで、銀河の進化の謎がまた一つ解明されるでしょう。

 この研究は京都大学の研究者チームにより行われ、2009年8月20日発行のアストロフィジカル・ジャーナル誌 701 号 1636-1643ページに掲載されました。また、この観測データは 2002年8月の Kyoto3DII の試験観測のときのものです。

 (注1) 光の波長ごとの強度分布を調べることを分光観測といい、天体のさまざまな物理情報が得られます。通常、分光観測は細い直線状の1次元の視野でしかできません。装置に工夫をすることにより正方形に近い2次元の視野での分光をする手法を「面分光」と言います。 ( Kyoto3DII による観測例:『超巨大ブラックホールからガスの流れをとらえる --京都三次元分光器第2号機 面分光で--』)

 (注2) 他の銀河を含めても、水素と窒素の輝線比マップの活動銀河核起源でない銀河風の観測例は 6 例ほどありますが、硫黄を含めた輝線比マップは初めてです。活動銀河核とは、銀河中心にある超巨大ブラックホールに物質が落ち込むときのエネルギーによって光っている天体のことです。 NGC253 には活動銀河核の活動は見られません。

 (注3) ガスが電離するエネルギー源としては、ガスの急激な運動による衝撃波と星からの紫外線による熱エネルギーの 2 通りが考えられます。衝撃波によってできる光にはとてもエネルギーの大きい(=波長の短い)紫外線が星からの光よりも多く含まれます。すると水素原子などが少しだけ電離される部分電離領域ができます。部分電離領域からは窒素や硫黄などからの輝線が多く出る一方で、水素からの輝線はあまり出ません。 HII 領域のような星からの紫外線では部分電離領域はほとんどできず、水素が完全に電離する完全電離領域ができます。完全電離領域からは水素の輝線がたくさん出ます。このことから窒素/水素の輝線比が大きい領域は主に衝撃波で、小さい領域は星からの紫外線で光っていることが区別できます。

 (注4) 窒素/水素の輝線比は銀河風の外側 (図で左右方向) で急に輝線比が小さくなりますが、硫黄/水素の輝線比は銀河風の外側まで大きい、といった違いは見えています。



(a) 赤外線で見たNGC253の広域図 (Engelbracht et al. 1998, ApJ, 505,639-658)。左下の緑色の棒が1キロパーセク (=3260光年) の長さを表しています。緑色の四角が今回観測した領域で、図(b)などの範囲を表しています。

(b) NGC253 中心領域の水素の輝線マップ。色の違いは水素輝線の強さの違いを表しています。緑色の線で示した、先端を切り落とした円錐が銀河風の領域を表しています。矢印は銀河風の吹いている方向を表しています。

(c) 窒素/水素の輝線比マップと (d) 硫黄/水素の輝線比マップ。色の違いは輝線比の違いを表しています。中心にある緑色の×印は銀河中心の位置を、右下にある白色の棒は 100 パーセク (= 326光年) の長さを表しています。




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