観測成果

すばるが挑む宇宙の環境問題
~ 80 億年前と 85 億年前の銀河集団の発見 ~

2008年10月30日

【概要】
 すばる望遠鏡が約 80 億年前と約 85 億年前の二つの巨大な銀河集団、銀河団を観測しました。その結果、これらの巨大銀河団を取り囲むように、より小さな銀河集団である銀河群が散在し、すでに大きな構造を形づくっている可能性があることがわかりました。このような構造の中にいる銀河は、「宇宙の環境問題」の解決に向けた手がかりを与えてくれます。

【解説】
  地球に住む私たちにとって、地球の環境問題はとても頭の痛い問題ですが、地球から遠く離れた宇宙にも、天文学者を悩ませる環境問題があります。

 宇宙には星の大集団、銀河がたくさん存在します。宇宙に住む銀河は、その色・形が変化に富んでいて、渦巻き型をした青い銀河から、特に腕を持たない赤くぼんやりとした銀河まで、様々な銀河があります (注1)。また、銀河は宇宙に一様に散らばっているのではなく、蜘蛛の巣の糸のように紐状に分布していることが知られています。そして、その糸と糸の交差点には巨大な銀河の集団、銀河団があります。このような銀河の分布は、宇宙の大規模構造と呼ばれています。

 色や形といった銀河の性質は、実は銀河のいる場所(「環境」)によって大きく変化することが知られています。銀河がたくさん集まった銀河団では、赤くぼんやりした銀河が多いことが知られています。一方、ぽつんと孤立した銀河は、青い渦巻き型銀河が多いことがわかっています。しかし、なぜこのように銀河の色や形が、環境によって変化するのかは、実はよくわかっていません。これが宇宙の環境問題。天文学者を悩ませ続けています。

 この問題に挑む一つの方法として、昔の銀河を調べることが考えられます。宇宙の観測はタイムマシン。 より遠くの宇宙を見れば、より過去にさかのぼることができます。 時間とともに銀河の色・形が、どのように変化してきたのかを直接調べれば、大きな手がかりが得られることが期待できます。

 そこで、すばる望遠鏡が約 80 億年前と 85 億年前の二つの銀河団を観測しました。これらは現在知られている銀河団の中でも、最も遠いものに属します。80 億年前の宇宙は地球から遠く離れています。実に、約10,000,000,000,000,000,000,000,000,000 cm という距離です。こういった遠くの銀河は非常に暗いので、すばるのような大きな望遠鏡が威力を発揮します (注2)。すばるの主焦点カメラで銀河団の写真を撮ってみると、実は銀河団の周りにもたくさん銀河が存在することがわかりました。特に、中心の銀河団を取り囲むように、より小さな銀河集団、銀河群 (注3) が散在していることがわかりました。 これらの銀河群全てが同じ距離にあるとまだ確認できたわけではありませんが、このような昔の宇宙で、立派な大規模構造の卵が見られたことは初めてのことです。 とりわけ、このような遠くの銀河群は今まで詳細に調べられたことはなく、興味深い対象です。

 これらの銀河群はもしかしたら、近い将来 (といっても数億年から数十億年後ですが) 近くの銀河団とお互いに重力で引きつけ合い、衝突・合体してしまうかも知れません。実際、銀河団はこのような衝突・合体を繰り返して、より大きく成長していくと考えられています。 そして、その成長の過程で、銀河の姿形が変化していく可能性が指摘されています。 つまり、衝突・合体前後の銀河集団の中にいる銀河を比べることは、銀河の変化を調べる上でとても有効なのです。

 では、これらの銀河群に少し注目してみましょう。写真は、その銀河群のズームアップです。 ズームアップの一辺の長さはおよそ 3,000,000,000,000,000,000,000,000 cmに対応します。 銀河群、と言っても非常に大きな集団であることがわかります。 写真をよく見ると、赤い (オレンジ色) 銀河が、寄り集まっている姿がみてとれます。これらの銀河は非常に遠いので、すばるをもってしても形を調べるのは難しいですが、どうやら 80 億年から 85 億年前の宇宙ですでに、銀河群では赤い銀河が多かったことがわかります。

 さて、これはどういうことを意味するのでしょうか?

 先に触れたように、ひとりぼっちの銀河は青い銀河が多く、銀河団のように寄り集まっている銀河は赤い銀河が多いことがわかっています。 そして、銀河は重力で集団化していく過程で、青い色から赤い色へと変化します (注4)。これをふまえると、今回、銀河群で多くの赤い銀河が見られたということは、より巨大な銀河団へ成長する前の段階で、すでに銀河に変化が起こっていたことを意味します。長い間、巨大な銀河団環境が銀河に大きな影響を与えると、考えられていましたが、銀河に変化を与える要因は、より小さな銀河群の中にあると言えます。

 銀河の成長に影響を与える物理機構は、いくつか提案されていますが、その中で、とりわけ銀河群環境でよく働く機構として、銀河同士の衝突・合体が挙げられます。 銀河群の中には多くの銀河が寄り集まっているので、それらの銀河同士がお互いに重力で引き寄せ合い、衝突・合体することで銀河に変化が起こる、というものです。実際、青い銀河同士が衝突合体すると、一つの赤い銀河が残る可能性が指摘されています (注5)。 私たちが見た 80 億年から85 億年前の宇宙は、こういった衝突・合体が、身の回りの環境に応じて銀河が姿を変えるようになった原因である可能性を、示しているようです。

 しかしながら、すばるがみた宇宙はまだまだごく一部。 銀河同士の衝突・合体だけでは、説明がつかないことも残っています。今後も様々な観測をすることで、もっと宇宙を理解できると期待しています。地球の環境問題同様、いつかは解決したい宇宙の環境問題です。

 本研究の成果は、2007年5月発行の英国天文学会誌と、2008年10月発行の欧州南天天文台による天文学雑誌 Astronomy & Astrophysics に発表されています。

Tanaka et al. 2008, A&A, 489, 571
Tanaka et al. 2007, MNRAS, 377, 1206


注1: 赤い楕円銀河と青い渦巻き銀河の典型的な例は、赤い銀河:M87、青い銀河:M63 から見ることが出来ます。

注2:

さらに今回のような銀河集団をその周辺部まで広い領域にわたって観測するためには、すばるの主焦点カメラのような広角カメラが最適です。

注3: 銀河団と銀河群は、集まっている銀河を足し合わせた重さで区別されます。おおまかに 200,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000 g より重い集団を銀河団、それ未満を銀河群と呼びます。写真では銀河群のほうが、矢印のついた銀河の数が銀河団と比べて少なく、集まり具合がゆるい様子がわかります。

注4: 銀河の色は、その銀河の中に生まれたての星がどれぐらいるか、ということを表しています。 若くて高温で輝く星は、その温度の高さから、青く光ります。一方、年老いた低温の星は、赤く光ります。 銀河は、その中でガスやチリから星を生みますが、活発に星を生み出している銀河は青く、一方、長い間星を生んでいない銀河は赤く見えます。 すなわち、青から赤へと銀河の色が変化をすると言うことは、銀河の「星形成活動」が止まることを意味します。星の大集団である銀河にとって、それは銀河の成長が止まることに他なりません。赤い銀河を、息絶えた銀河と表現する天文学者もいます。

注5: 銀河が衝突・合体する過程で、爆発的に星が生まれる現象が起こることがあります。 こういった非常に活発な星形成が起こると、銀河の中のガスやチリが大量消費され、その後、ガスやチリを原料とする星形成活動が、弱くなる可能性があります。


図1: うみへび座にある 85 億年前の銀河団とその周辺の、すばる主焦点カメラ、Suprime-Cam と、イギリス赤外望遠鏡の広視野カメラ、WFCAMによるカラー画像。大きさはおよそ35分x28分 (1分は60分の1度)。85 億年前の宇宙では約 60,000,000 光年 x 約 45,000,000 光年に対応します。等高線で 85 億年前にいると思われる銀河の群れ具合を表しています。四隅は銀河団・銀河群のズームアップ画像。右下のズームアップが、巨大銀河団。それを取り囲むように、今回新たに発見された銀河群が存在しています。ズームアップはおよそ3,000,000光年 x 3,000,000 光年の大きさです。矢印で、85 億年前にいると思われる銀河に印をつけてあります。


図2: おおぐま座にある 80 億年前の銀河団とその周辺の、すばる主焦点カメラ、Suprime-Camと近赤外カメラ、MOIRCS によるカラー画像。視野の大きさはおよそ、20 分 x 11 分。80 億年前の宇宙では約 30,000,000 光年 x 約 15,000,000 光年に対応します。等高線が 80 億年前の銀河の群れ具合を表しています。一番外側の薄い等高線は、銀河が弱く群れている部分で、「蜘蛛の巣の糸」の部分です。左上隅のズームアップ画像が、すでに知られていた巨大銀河団で、左下が今回新たに発見された巨大銀河団。 右隅の二つがそれらよりも小さな銀河群。矢印は、約 80 億年前にいると思われる銀河で、ズームアップはおよそ 3,000,000 光年 x 3,000,000 光年の宇宙を拡大しています。




 

 

 

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