観測成果

見えた 原始惑星系ガス円盤の内壁~円盤消失のメカニズムに迫る~

2006年10月23日

 すばる望遠鏡の近赤外線分光撮像装置 (IRCS) と波面補償光学装置 (AO) を組み合わせて、HD141569A という若い星からの一酸化炭素分子 (CO) 輝線を観測しました。この星が広がった星周円盤を持っていること、またその内壁が一酸化炭素輝線で光っていることは、これまでに知られています。また、若い星の周りで回転する円盤状の構造が撮像されることも、まれではありますが初めてではありません。マックスプランク研究所の後藤美和研究員らが行った今回の観測の新しい点は、以下の3つです:

  1. 回転する円盤の詳細構造を見分けることにより、内側のふちまで見きわめたこと
  2. それを円盤物質の大部分を担うガス成分で見きわめたこと (これまでの円盤撮像の大部分は、量としてはわずかな固体物質を基準としています)
  3. そのガス円盤中心の開口の半径11天文単位 (およそ木星軌道の2倍) がこの星の重力半径 (星からの光で電離されたガスが、星の重力を振り切って散逸することができる最小半径) と対応していることを見つけたこと

 星が一人前になる過程で星周円盤がどのように散逸するのかは、まだよくわかっていません。円盤内で誕生した惑星がその母体であった円盤の物質を掃き集めてしまう、近くにある大型の星からの強い光によって蒸発した,などいくつかの可能性が議論されています。 HD141569A の円盤に開いた穴の大きさが星の重力半径に相当することは、円盤中のガスの光蒸発は重力半径付近がもっとも活発であろうという理論予測を支持しており、この円盤散逸の主たるメカニズムが主星の光による円盤物質の蒸発であったことを示しています。


星周円盤とは - その役割
 星は、母体となる分子雲から、水素分子を主成分とするガスを集めて形成されます。この際、ガス自身が持つ回転運動のために星本体へ物質を直接降り積もらせることができません。ガスはいったん星のまわりに薄い円盤状の構造を作り、星の周囲を回転しながら徐々に角運動量を失って中心星へと落ちていきます。この円盤状の構造「星周円盤」は、分子雲から星本体へと物質の受け渡しを仲介する役目を果たしています。
 星周円盤のもうひとつの重要な役割は、これが星だけでなく惑星系形成の材料となることです。中心星に降着せずに残った星周円盤中の固体物質は、やはり星の周りを回転しながら徐々にお互いに集積し、砂粒ほどの大きさから差しわたしが100メートルを超えるような微惑星へ、そしてやがては地球のような惑星へと成長していきます。星周円盤はこのように、星形成自体になくてはならない仕掛けであると同時に、惑星形成の場を提供する重要な役割をになっています。
 星周円盤の研究は、これまで主として円盤中の固体物質を通して発展してきました。一方でこうした固体物質は、円盤進化の初めではその質量の1パーセントを占めるに過ぎません。円盤物質の残りのほとんどは、ガス、それも分子の形で存在しています。一酸化炭素を通じて分子円盤を観測することは、星周円盤の質量の大部分を担うガス円盤、すなわち「円盤本体」を見ることに相当します。
 星周円盤は、中心星が質量を集めるほんのわずかな間しか存在しません。星の一生を100年とすると、短い場合は星の誕生からわずか3日間 (100万年),長くても1ヶ月程度 (1000万年) で散逸してしまうと考えられています。惑星を形成するチャンスはこのはじめの一度しかなく、この間に惑星がつくられないまま円盤が失われてしまうと、その後二度と地球のような惑星をつくる機会はありません。星周円盤がいつ、どのように、どんなメカニズムによって消えていくのかは、惑星形成に直接の因果関係を持つ重要な研究テーマです。


HD 141569A星周円盤からの一酸化炭素輝線 - 赤外高分散分光観測
 2005年5月、マックスプランク研究所の後藤美和研究員、国立天文台ハワイ観測所の臼田知史助教授らの研究グループ (注1) は、すばる望遠鏡の近赤外分光撮像装置、IRCSの高分散赤外分光機能を使って、星周円盤を失いつつある若い星、 HD141569A の一酸化炭素輝線 (注2) 分光撮像を行いました。波面補償光学系が実現する高い解像度(従来比3倍から5倍)を利用した結果、円盤中心部の一酸化炭素輝線の放射領域を初めてとらえることに成功しました (図1)。
 円盤からの一酸化炭素輝線は、半径50天文単位付近(参考:海王星の軌道半径はおよそ30天文単位)まで広がっており、そこから円盤の中心に向かって徐々に強度が増す、つまり明るくなります。そして15天文単位付近でも っとも強くなり、今度は内側へ向けて徐々に弱くなっていることがわかりました。さらなる解析の結果、円盤の内側11天文単位(参考:土星の軌道半径がおよそ10天文単位)にはほとんど気体が残っていないこと、つまりHD 141569Aの分子円盤には半径11天文単位の「穴」があいていることが明らかになりました。この開口部の「ふち」は、北側ではわれわれから遠ざかる方向に、南側では近づく方向に、およそ理論どおりの視線速度で運動しており、円盤中のガスがHD 141569Aを中心に軌道運動しているようすが、本観測によって明解にとらえられました。 (図1、および図2)


光蒸発による円盤の散逸
 この観測の目玉は、円盤中心部にあいたこの開口の大きさです。星周円盤は星の表面からその半径程度の距離で、星の磁場の働きによって切れる場合があります。しかしその大きさはせいぜい0.01天文単位程度であり、本観測を説明することはできません。また0.1天文単位より内側では、星からの放射によって円盤中の固体塵が蒸発し、円盤中心部に穴が形成されることもありえます。しかし、観測された開口部はこれらの予想値よりさらに大きく、やはり観測をうまく説明することはできません。
 開口半径の11天文単位は、実は、この星 HD141569A の「重力半径」に相当していると考えられます。重力半径とは、星からの光により電離されたガスが、秒速およそ10キロメートルの速度で運動しながら、星の重力を振り切って宇宙空間に逃げることのできる最小半径のことです。HD 141569Aの場合、これが18天文単位付近に相当します。重力半径直下では、その外側に比べて気体密度が高く、また星から受ける光も強いため、円盤中のガスの光蒸発は重力半径付近がもっとも活発であろうと考えられています。すなわち、星周円盤は星に一番近いところから徐々になくなっていくわけではなく 、まず重力半径の大きさの穴が突然出現し、そこから次第に外側に向かって開口が広がっていく-理論的にはそのような予想がされてきました。しかし、実際観測的にその現場らしき姿がとらえられたのは本観測が初めてとなります。今回の観測で見つかった分子円盤の内径がおおまかに重力半径と一致することは、この開口が光蒸発によって形成されたこと、光蒸発による円盤散逸のメカニズムが確かに有効であることを、観測的に強く支持する結果になります。


惑星系の形成とその時限
 HD 141569Aの年齢は、さまざまな観測から500万年程度と見積もられています。星が一人前になってから500万年以内に、木星半径を含む内側の分子円盤が消えてなくなってしまうということは、現在まで受け入れられてきたガス惑星形成モデルにやや挑戦する結果となります。木星型ガス惑星は、100万年から1000万年ほどの時間をかけて、ゆっくりと円盤中の気体を集めながら成長してゆく、と考えられてきました。光蒸発による分子円盤中心部の散逸時間尺度が、惑星系形成のそれとほぼ重なっていることは、惑星系形成が充分な時間的猶予を与えられた中で起こるのではなく、むしろ惑星は光蒸発で消滅しつつある星周円盤と競争しながらその質量を回収しなければならない、ということを暗示します.材料が吹き飛ばされてしまう前に,大急ぎで材料を集めて成長しなければならないわけです。
 このことから,惑星はつねに、競合する二つの過程-惑星系形成と円盤の光蒸発-の微妙なバランスの中で形成され、それがために「典型的」な惑星系というものが存在せず、今日までに多数見つかっている惑星系の多様性につながっているのかもしれません。

 この研究論文は米国のアストロフィジカル・ジャーナル誌に2006年6月に受理され、10月1日号 (649巻2号) に掲載が予定されています。

Inner Rim of A Molecular Disk Spatially Resolved in Infrared COEmission Lines, M. Goto, T. Usuda, C. P. Dullemond, Th. Henning,H. Linz, B. Stecklum, and H. Suto

注1:研究グループの構成
  後藤美和 (マックスプランク天文学研究所,ドイツ),臼田知史 (国立天文台ハワイ観測所),C. P. Dullemond (マックスプランク天文学研究所、ドイツ),Th. Henning (マックスプランク天文学研究所、ドイツ),H.Linz (マックスプランク天文学研究所、ドイツ),B. Stecklum (タオテンブルグ天文台、ドイツ),周藤浩士 (国立天文台)

注2:一酸化炭素
 一酸化炭素 (CO) は星形成領域で豊富に存在する分子で、ガス成分を観測するのに適した分子です。この分子に特有の放射が近赤外線で現れますが、今回の観測はそれを利用したものです。


図1 :HD141569A 円盤の観測結果。
上) ハッブル宇宙望遠鏡による可視光撮像観測。円盤中のダスト (固体物質) によって散乱された星からの光が観測されている。中心部100天文単位の範囲はコロナグラフのマスクで覆われて見えない。
中) 今回のスペクトル観測で得られたデータに基づく位置ー速度図 (全体)。横軸が中心天体からの距離で、縦軸は一酸化炭素輝線を放射しているガスの速度 (上向きが我々から遠ざかる向きの運動を表す)。
下) 位置ー速度図の拡大。一酸化炭素ガス分布のうち左側が全体として我々から遠ざかり、右側が逆に近づいており、これは円盤の回転運動を表している。円盤が中心星の近くまで存在していれば破線にそった放射が観測されると期待されるが、実際には中心の半径約11天文単位で放射が弱く、この部分が開口になっていることがわかる。 (拡大) : (補助説明のない英語版)


図2: HD141569A 円盤の想像図。円盤は一酸化炭素輝線で明るく輝いているが、星の近くでは円盤が消失している。 (拡大)

 

 

 

画像等のご利用について

ドキュメント内遷移