観測成果

「最も遠い銀河の世界記録を更新」-宇宙史の暗黒時代をとらえ始めたすばる望遠鏡

2006年9月13日

 国立天文台の家正則教授、東京大学大学院生の太田一陽氏、国立天文台の柏川伸成主任研究員らの研究グループは、すばる望遠鏡の主焦点カメラと微光天体分光撮像装置を駆使して、これまでの記録を更新する、宇宙で最も遠い銀河の発見に成功しました。この観測のために特別に開発したフィルターを用いて撮影された41,533個の天体の中から赤方偏移が7.0の銀河の候補を2つ発見し、確認のための分光観測を行ったところ、そのうちの明るいほうの天体が赤方偏移6.964、距離にして約128億8千万光年、ビッグバンから約7億8千万年後の時代の銀河であることが確認されました。この銀河の発見によりビッグバンから約7億8千万年後には確実に銀河ができていたことが証明されました。また、この時代の銀河の数はその約6千万年後の数と比べても少ないことが今回の観測で明らかになり、これまで観測が届かなかった宇宙史の暗黒時代の解明に一歩を踏み出したことになります。

 約136億6千万年前にビッグバンとともに始まった宇宙は、爆発から約38万年後には約3千度にまで冷えて中性水素原子が主となりました(注1)。その後数億年かけて、密度の濃い部分が重力収縮して最初の銀河や星が生まれたと考えられていますが、直接の観測がまだできていないビッグバン後約38万年から約9億年の間は「宇宙史の暗黒時代」と呼ばれてきました (注2)。理論的な研究によると、最初の銀河が生まれ、その中で明るい星々が輝きだすと星の紫外光で周辺の宇宙は再び暖められ、宇宙空間に漂う中性水素原子が電離されるようになるはずです。実際現在の宇宙空間には中性水素原子はほとんどありません。このように初代の銀河によって、宇宙が暖められ再び電離した現象を「宇宙の再電離」といいますが、宇宙の再電離が一体いつ起こったのかはまだ確かめられていません。宇宙背景放射のゆらぎの観測からは赤方偏移が 6 (ビッグバン後約9億5千万年) < z < 14 (ビッグバン後約3億年) の時代に起こったのではないかと考えられていますが、宇宙の再電離の時期を観測的に確かめることは、宇宙の進化を解明する上での大きな課題でありました。

 生まれて間もない銀河の中では様々な質量の星々が一斉に誕生しますが、中でも質量の大きい星は温度が高く、強い紫外線を放射して周辺のガスを電離します。このような銀河では、電離した水素ガスが冷えてゆく過程で最後に必ずライマンα輝線 (波長1215.6Å) を放射するため、どんなに遠くにある銀河でもまだ若い星がたくさんある頃であれば、そのスペクトルに特徴的なライマンα輝線があるはずです。ライマンα輝線銀河は質量の大きな星を生み続ける間 (平均的には数千万年ほどの間) 明るく輝き続けると考えられています。そこで、これまですばる望遠鏡グループでは春の星座、かみのけ座の一角にすばる深探査領域 (注3) を定め、その方向の宇宙を徹底的に奥深くまで観測し、ライマンα輝線を放つ若い銀河の探査観測を進めてきました (注4)。

 今回、本研究グループは、さらに奥深い宇宙を見るため新たに開発したすばる主焦点カメラ Suprime-Cam 用の特殊フィルターNB973 (注5) を用いた観測を行うことにより、赤方偏移7.0の銀河の候補を2つ発見し (図5)、すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS でスペクトル観測を行って、そのうちの明るいほうの候補天体が実際に赤方偏移7.0のライマンα輝線銀河であることを確認することに成功しました (図6、注6)。その距離は約128億8千万光年で、これまでより約6千万年昔の時代に遡ったことになります (注7)。この発見により、宇宙で最も遠い銀河のベストテンの記録は表1のようになりました (注8)。

 本研究でもう一つの大事な成果は、今回の観測で赤方偏移7.0の時代の銀河がたった1個 (または2個) しか見つからなかったということです。同じ領域で観測された赤方偏移6.6の時代の結果から推定すると、赤方偏移7.0の時代には、本来は6個程度の銀河が見つかっても良いはずです。それが1個 (または2個) しか見つからなかったため、この両時代の約6千万年の間に宇宙空間の様子が変わった可能性が示唆されます (図7、注9)。具体的には、宇宙の再電離が赤方偏移6.6の時代にはほぼ完了していたとしても、赤方偏移7.0の時代にはまだ完了していなかったためかもしれません。あるいは、赤方偏移7.0の時代はまだ銀河の成長過程であり、十分に明るい銀河の数が少なかったからかもしれません (注10)。いずれにせよ、すばる望遠鏡が宇宙史の暗黒時代にメスを入れ始めたことになります。

 赤方偏移6.6 (ビッグバンから約8億4千万年) と7.0 (ビッグバンから約7億8千万年) の間で宇宙の電離状態に変化があったのかどうかは、宇宙の別の領域でも独立な検証が必要だという宿題を残すこととなりました。

本研究の成果は2006年9月14日発行のNature誌に掲載発表されます。


 論文の全著者のリスト:家正則 (国立天文台)、太田一陽 (東京大学)。柏川伸成 (国立天文台)、古澤久徳 (国立天文台)、橋本哲也 (東京大学)、服部堯 (国立天文台)、松田有一 (京都大学)、諸隈智貴 (東京大学)、大内正己 (米国宇宙望遠鏡科学研究所)、嶋作一大 (東京大学)

注1: 宇宙は約136億6千万年前のビッグバンで始まりました。火の玉宇宙は急激に膨張し冷えていきますが、超高温高圧状態だった最初の3分間に水素、ヘリウム、などの軽い原子核がつくられました。 やがて約38万年後には宇宙の温度は約3千度になり、陽子と電子が結合して中性の水素原子ができます。すると、それまで光を散乱していた電子が無くなるため、光は直進するようになります。この時代に自由になった光は宇宙膨張のためその波長が現在では約1000倍に伸び、マイクロ波として宇宙を満たしています。このマイクロ波宇宙背景放射を精密に観測したWMAP観測衛星のデータを解析した結果や遠方の銀河の超新星の観測から宇宙の年齢が約136億6千万年であること、また宇宙には未知の物質ダークマターに加えて、ダークエネルギーと呼ばれる未知のエネルギーが満ちていて、宇宙膨張を加速していることがあきらかになったのはごく最近のことです。

注2: 中性化してからもさらに冷えてゆく宇宙の中で、物質密度のゆらぎが成長して、やがて自らの重力で収縮したガスの濃い部分の中で最初の星々が生まれます。そのような濃いガスと星々の固まりが次第に合体して銀河が形成されたと考えられています。残念ながら、まだこの時代を直接観測することはできないため、この時代は「宇宙史の暗黒時代」とも呼ばれています。この時代の宇宙の様子は、物理学の知識を総動員してコンピュータシミュレーションで盛んに研究されてきました。

図1:ビッグバンから現在までの宇宙進化のイメージ図。右上のビッグバンから順に、38万年後の宇宙背景放射のゆらぎ (NASAのWMAP衛星による宇宙マイクロ波背景放射の画像 http://map.gsfc.nasa.gov/)、数億年後に密度ゆらぎが成長する様子 (Virgo consortiumによる http://www.virgo.dur.ac.uk/new/index.php)、そして今回探査した約7億8千万年後の時代、さらにすばる望遠鏡でこれまでに探査した約8億4千万年後、約10億1千万年後の時代、そして現在 (左下) の様子を示す。 (拡大画像)

図2: すばる深探査領域の一部 (254秒角x284秒角) の疑似カラー画像 (上が北、左が東)。今回発見された宇宙で最も遠い銀河IOK-1 (8秒角四方の最終拡大画面の中央にある赤い銀河)。
(拡大画像)

個別画像 1 2 3

注3: すばる望遠鏡のグループでは、実際の観測でできるかぎり初期の銀河を見つけて研究することを目的として、遠い宇宙を見透すのに適した天域を定め、集中的な観測を進めてきました。中でも春のかみのけ座の一角に定めたすばる深探査領域 (Subaru Deep Field: SDF) については、5色の標準色フィルターに加えて、特殊な狭帯域フィルターを用いた観測を重点的に進めてきました。

注4: 赤方偏移が大きくなると観測されるライマンα輝線の波長は6800Å以上となり、地球大気中の水酸分子基 (OH) の発光が観測の障害となります。そのため、OH発光の弱い (夜空の暗い) 波長帯の光だけを透過させる特殊な狭帯域フィルターを製作して観測してきました。中心波長が7110Å、8160Å、9210Åにそのような観測に適した窓があります、それらの窓用のフィルターをNB711,NB816,NB921と呼んでいます (図3)。これらの波長域にこのライマンα輝線が赤方偏移して写るのは、それぞれ赤方偏移が4.8 (ビッグバン後約12億6千万年)、 5.7 (約10億1千万年)、 6.6 (約8億4千万年) の時代の銀河のみとなります。このことを使って、すばる望遠鏡では、宇宙の果てにある銀河に狙いを定めた観測をしてきました。いわばこれらの狭帯域フィルターを用いて、そのフィルターで明るく写る銀河を探すことで宇宙史の地層を掘り下げているようなものです。すばる望遠鏡ではNB921フィルターによる観測で、ビッグバン後約8億4千万年の時代の銀河を多数発見しました。このため、これまでも最も遠い銀河のベスト10のうち9つまでをすばるの発見が独占した結果となっていました。赤方偏移6.6は、距離にして約128億2千万光年の距離に相当します。

図3: 狭帯域フィルターNB973と地球大気のOH輝線発光帯。横軸は光の波長。縦軸は地球大気発光の強度。 (拡大画像)

注5: 今回の観測にはNB973という特殊なフィルターを開発しました。今回開発したのは、CCDが感度を持つ波長1ミクロンまでの光の中で最後の窓となる波長9730Å帯をねらったフィルターで、これにより赤方偏移7.0の銀河が放つライマンα輝線を捕らえることを企画したものでした (図3)。 このフィルターは主焦点カメラの収束光中で使う上、透過波長域を限定するために多数の膜を積み重ねる必要があり、設計・製作が大変難しいものでした。朝日分光社との丸2年におよぶ共同研究として、まずFOCASによる試験観測で使用する平行光束用のフィルターNB980を試作した上で、膜厚の誤差を考慮した最適な膜設計を行い完成したものです (図4)。

図4: 開発した NB973 フィルター 波長9730Å近辺の赤外線のみ透過し、可視光は一切通さないので真っ黒に見える。本フィルターの製作は文部科学省科学研究費補助金特別推進研究 (研究代表者 家正則) により行った。 (拡大画像)

注6: より暗い2つめの候補天体については3時間の観測では、輝線を確認できませんでした。こちらについては、その後追加の分光観測を行ったので、現在慎重に解析を進めています。この2番目の天体については、同じ時代の銀河である可能性と、変光天体である可能性があります。それは本研究で行ったNB973フィルターによる観測が、他のフィルターで行った系統的な観測の1年から2年後に別に行われたため、たまたまNB973フィルターでの観測時に一時的に明るくなった天体である可能性が残っているからです。スペクトルを詳しく分析すれば決着が付くはずです。

注7: 世界でも一枚しかないこの特殊フィルターをすばる望遠鏡の主焦点カメラに搭載して、撮像観測を2005年の春に行いました。総露出時間15時間に及ぶ観測の結果、この波長帯での限界等級として24.9等級という深い画像を取得することができました。この画像に写っている天体は全部で41,533天体ありましたが、これらの天体の他のフィルターでの光度と比較することにより、このフィルターでのみ明るい天体が2つだけ見つかりました (図5)。
これらの天体について、2005年春、2006年春にすばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置 FOCAS を用いて分光観測を行いました。すばる望遠鏡の威力を持ってしても、大変厳しい限界ぎりぎりの観測でしたが、明るいほうの天体IOK-1について総計8.5時間に及ぶ露出を行い、得られたスペクトルには、高赤方偏移のライマンα輝線銀河に特有な非対称な輪郭を持つ輝線が確認されました (図6)。この輝線の波長は9682Åであり、赤方偏移6.964、距離換算で約128億8千万光年、ビッグバン後わずか約7億8千万年の時代に相当します。人類が確認出来た最も遠くの、最も昔の若い時代の銀河の発見となったのです。

図5: IOK-1の多波長画像。赤方偏移7.0のライマンα輝線に相当するNB973フィルターでのみ明るく光っていて、それより短い他の波長域の画像には写っていないことから発見された。
(拡大画像)

図6: IOK-1のスペクトル (上段:合成画像、中段:スペクトル線輪郭)。本来の波長が1215.6Åであるライマンα輝線が波長9682Åに赤方偏移していることが確認された。赤方偏移の大きいライマンα輝線は短波長側が切り立った輪郭をしている。図中の青い点線は赤方偏移6.6のライマンα輝線の標準的輪郭を示している。赤い線で示したIOK-1の赤方偏移は6.964。下段はこの波長域での地球大気のOH輝線の位置と強度を示す。 (拡大画像)

注8: 宇宙論では、距離の定義が一通りでないことと、赤方偏移の値を年齢や距離に換算する場合、採用する宇宙モデルによって、値が異なることに注意する必要があります。今回の記者発表では、宇宙モデルとして近年国立天文台での発表で用いてきたのと同じハッブル定数H0=71km/s/Mpc、Ω=0.27、Λ=0.73のモデルを採用しました。このモデルでは宇宙年齢は約136億6千万歳となります。Natureに掲載される論文ではH0=70km/s/Mpc、Ω=0.3、Λ=0.7のモデルを採用して記述したため、ビッグバン後の年齢の数値が若干異なります。これ以外のモデルでも現在の観測と矛盾しないものがあるため、宇宙年齢の値自体には数億年の不定性が残っています。表1では赤方偏移の差が距離の差としてどのように現れるのかを示すため、6桁目まで計算して掲載しましたが、そこまでの精度で距離が決まっているわけではありません。
 なお、銀河団の重力レンズ効果で拡大され増光された遠方の銀河で、その色から赤方偏移が7以上の銀河である可能性が指摘されている天体がいくつか報告されていますが、大変暗く、分光観測による赤方偏移の確認ができていないため表1には含めていません。また、2004年に報道された欧州の研究者による赤方偏移が10の銀河の発見は、その後の観測で誤りであったことが確認されています。

注9: 赤方偏移7.0での銀河の数は赤方偏移6.6での銀河の数と比べて減少しているように思われます。銀河の数が減少したのは再電離期の中性水素ガスがライマンαの光子を吸収していることが原因だとも考えることもできます。具体的な発見個数がまだ少ないので、統計的な比較は慎重に行う必要がありますが、この時代の間で個数密度に変化があることが、他の領域でも確認されれば、宇宙の再電離期の銀河を捕らえたことになります。

図7:ライマンα輝線銀河の個数密度変化 (上段)と星形成率密度の変化 (下段)。赤方偏移7では個数密度が減少している証拠が見つかった。大きい黒丸は赤方偏移が7の銀河が確認されたIOK-1の一個のみの場合。小さい黒丸はIOK-2も赤方偏移が7の銀河と確認された場合の個数密度を示す。誤差棒は小数統計と場所によるばらつき効果に伴う誤差を示す。赤方偏移6.6から7.0にかけて減少している原因として、赤方偏移7.0では宇宙の再電離が完了していないため、中性水素が残っており、そのためライマンα光が吸収されてライマンα銀河が見えにくくなったためである可能性を示唆している。 (拡大画像)

注10: 計算機シミュレーションなどを駆使した銀河の形成と進化の研究によると、ダークマターの密度が濃くなった部分で生まれる原始的な銀河が衝突合体を繰り返して、やがて現在見られるような大型の銀河に成長したと考えられています。赤方偏移7.0の時代に銀河の数が予想より少なかった理由として、成長した大型の明るい銀河の数がこの時代にはまだ少なかったのだという可能性も考えられます。

 

 

 

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