観測成果

すばる望遠鏡、最も重元素の少ない星を発見 ~第一世代星の元素合成に迫る~

2005年4月13日


 国立天文台などの研究者からなるグループは、すばる望遠鏡などを用いた観測により、これまでに知られている中で最も重元素量の少ない星を発見し、その化学組成を測定することに成功しました。この星の化学組成は、宇宙の第一世代の星による重元素合成の結果を示すものと考えられ、宇宙で最初の星形成プロセスや元素の起源に重要な制限を与えるものです。

 約140億年前に起こったビッグバンの後、数億年のうちに最初の天体が形成されたと推定されています。これは水素とヘリウムだけから成る宇宙から、多様な元素を含む宇宙へ移り変わる大きな節目となる出来事です(注1)。最近の星形成モデルからは、第一世代星としては、現在の銀河系ではみられないような超大質量星(太陽質量の数百倍)が形成され、逆に太陽のような小質量星は形成されなかったと予測されていますが、はっきりした観測的証拠は得られていません。

 これを知る手がかりが、私たちの銀河系の中に生き残っている年齢の高い星にあります。これらは重元素の含有量の少ない星で(重元素の代表としては鉄が採用されることが多い)、その元素組成に残された痕跡から第一世代の星の特徴、とくにその質量を知ることが可能になると期待されます(注2)。その中には、重元素を全く含まないガスから直接生まれた質量の小さな星も含まれているかもしれません。

 国立天文台などの研究者によるグループ(注3)は、すばる望遠鏡などを用いた観測により、これまでに知られているなかで最も鉄組成の低い星を発見し、その元素組成の測定に成功しました。この天体(HE1327-2326:注4)は、ヨーロッパ南天文台(ESO)のシュミット望遠鏡を用いてハンブルク大学と ESO が行った探査によって重元素の少ない星の侯補として見いだされ、、その後のESO3.6m望遠鏡による観測の結果、鉄組成が非常に少ない星であることが明らかになりました。研究グループは東京大学のマグナム望遠鏡を用いて測光観測を行う一方(図2参照)、すばる望遠鏡高分散分光器(HDS)を用いて分光観測を行い、詳しい化学組成を明らかにしました(図3)。その結果、この星の鉄組成は太陽のわずか25 万分の一と、これまで知られている星のなかで最も少ないことが判明するとともに、炭素組成が他の低金属星に比べ際立って高いこともわかりました。この特徴は、この星の発見以前に知られていたなかで最も鉄組成の低い星(HE0107-5240)にも共通するもので、これら2 天体が他の低金属星とは大きく異なる過程を経て形成されたことを示しています (注5)。今回発見された星は重元素量が極めて少ないため、その組成の測定にはすばる望遠鏡による高精度の観測が威力を発揮しました。

 これらの星の元素組成を説明する有力なシナリオのひとつは、第一世代の大質量星が起こす超新星の中には、鉄のような重い元素をほとんど放出しない特異な爆発があったというものです(図4)。この場合、今回観測された星はそれによって重元素を供給されたガスから生まれた第二世代星ということになります。東京大学のグループによって提案されている超新星モデル(注6)は上の2天体の組成をよく説明でき、それによれば、対応する第一世代星は太陽質量の数十倍程度の星ということになります。一方、今回観測された星が第一世代の小質量星の生き残りであるという可能性もあります。その場合、星間物質からの重元素のわずかな降着(注2参照) に加えて、炭素などの軽い元素の起源は別に説明される必要があります(注7)。

 今回発見された星の元素組成がどのようにつくられたのか、完全に理解するには今後のより詳細な観測およびモデルの検討が待たれます。しかし、すばるによる今回の観測は、そのシナリオを絞りこみ、宇宙で初めに生まれたのはどんな星だったのか、その全体像をつかむのに大きな足がかりを与えるものです。

 この研究の結果は、ネイチャー誌4月14日号に掲載されました。




 
図1
 星図上の HE1327-2326 の位置
 
図2
 マグナム望遠鏡による HE1327-2326 のカラー画像。この観測データから、星の温度を決定した。背景の画像は DSS による画像(AAO/ROEによる)をカラー合成したもの。
 
図3 太陽とHE1327-2326のスペクトルの比較。上の図は可視光領域をカバーした波長解像度の低いスペクトルで、参考までに太陽のスペクトルイメージもつけた (波長との対応はあくまで目安である)。下の図は紫外線領域の高解像度スペクトルを拡大したもので、太陽スペクトルが様々な元素による吸収を強く受けているのに対し、HE1327-2326 では鉄とCH分子によるわずかな吸収しかみられない。
 
図4 HE1327-2326 の組成を説明する二通りのシナリオ。ビッグバンの後、水素(H)、ヘリウム(He)と微量のリチウム(Li)を含むガス(1)から第一世代の星が形成される。ひとつめのシナリオでは、第一世代の大質量星が超新星爆発を起こし(2A)、放出された重元素を取り込んだガス(3A)から小質量の星HE1327-2326が生まれた(4A)というもの。この場合、この超新星がHE1327-2326 の化学組成を再現できるかどうかが鍵となる。もうひとつは、重元素を含まないガスから直接小質量のHE1327-2326を含む連星が形成され、やや質量の大きい相手の星によってつくられた炭素などの軽い元素をHE1327-2326が受け取った(2B)というシナリオ(相手の星はその後白色矮星に進化し、非常に暗くなってしまったと考える)。鉄などの重元素はその後まわりの星間ガスから降り積もった(3B)と解釈される。この場合、第一世代星として小質量星が形成されるのかどうかが大きな問題である。





注1: 現在の標準的なモデルによれば、銀河のような巨大な構造が形成されるよりも前にまず質量の大きな星が形成され、その強い紫外線放射により宇宙の電離が進んだと考えられています。また、ビッグバン直後には水素とヘリウムだけからなるガスが残されましたが、これら第一世代の大質量星によって炭素、酸素や鉄といった重い元素が供給され、その後の天体形成に大きな影響を与えたと考えられています。その後の何世代もの星による元素合成の結果、我々を構成する多様な元素を含む世界がかたちづくられてきました。


注2: 大質量星の寿命は数百万年でしかないため、第一世代の大質量星はとうの昔に超新星爆発を起こして一生を終えているはずです。しかし、その際に放出された重元素を含んだガスから、太陽より質量の小さな、寿命の長い第二世代星が形成されれば、それは現在でも銀河系内に生き残っているはずです。こういった星を探し出し、その元素組成に残された痕跡から第一世代の星の特徴、とくにその質量分布を知ることが可能になると期待されます。さらにいえば、もし仮に重元素を全く含まないガスから質量の小さな星が直接生まれたとすれば、それも現在まで生き残っている可能性があります。

2001年までには、太陽に比べて鉄組成が1万分の一程度しかない星が複数個みつかっていました。逆にそれより鉄組成の低い星が見つからないことから、第一世代星はすべて大質量星で、それによって重元素を供給された第二世代の星はすでに太陽の一万分の一程度以上の重元素を含むようになったという解釈がなされていました。ところが、2001年に HE0107-5140 という星が発見され、従来知られていた星よりも一桁以上低い鉄組成をもつことが判明しました(ESOによる発表) 。この星の解釈のため様々なモデルが提案されてきました。あるモデルによれば、この星は第一世代の小質量星の生き残りで、わずかに観測される重元素は星が形成された後に星間物質から降り積もったものであると解釈されています。一方この星はやはり第二世代の星で、その元素組成は第一世代の大質量星による元素合成の結果を示しているという提案もあります。その形成シナリオについては多くの議論があるところで、日本の理論天文学グループも大きく貢献しています。


注3:
国立天文台、東京大学、北海道大学、東海大学、オーストラリア国立大学、ハンブルク大学、ウプサラ大学(スウェーデン)、ミシガン州立大学、英国放送大学の研究者による共同研究。


注4:
この星までの距離は正確に測られてはいませんが、大きく見積もってもせいぜい4000光年と、太陽系の比較的近くにある星です。星の年齢や質量は直接測定できていませんが、重元素の少なさからみて宇宙初期に誕生したことはほぼ確実で、130億歳程度で太陽よりやや質量の小さな星であると考えられま
す。


注5:
すばる望遠鏡などによる観測は、今回発見された HE1327-2326 と、それまでに知られていた最も鉄組成の低い星 HE0107-5240 との間に、以下のような違いがあることも明らかにしました。これらは鉄組成の低い星の形成理論に強い制限を与えるものです。(a)HE0107-5240 は巨星段階まで進化した星であったのに対し、今回観測された天体がまだ主系列星に近い段階にあり、その表面組成が星内部における原子核反応の影響を受けていないこと。(b)2天体の間には鉄と炭素以外の元素組成比に無視できない違いがあり、特にマグネシウム/鉄比やストロンチウム/鉄比がHE1327-2326で高いこと。


注6:
梅田、野本(2003)によるモデル(Nature 422, 871)。このモデルは、マグネシウム/鉄組成比など、HE1327-2326 と HE0107-5240 の間の違い(注5)も無理なく解釈できるのが特長です。


注7:
炭素などの軽い元素のみを供給するメカニズムとしては、この星が連星系に属していて、主星が進化終末期に炭素などの軽い元素を合成し、その結果がもう一方の星 (伴星) の表面に流れ込む (あるいは降り積もる) という現象が考えられます。現在では主星は暗い白色矮星にまで進化を遂げてしまって直接観測できず、伴星のみが観測されているという解釈であり、このような現象は少なくない天体で起こっていることが確認されています。ただし、今回発見された HE1327-2326 が連星系のメンバーであるという証拠は今のところ得られていません。

 

 

 

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