観測成果

宇宙空間に漂うサッカーボール

2013年3月5日

【概要】

  台湾中央研究院の研究者を中心とする国際研究チームは、サッカーボールのような形を持つ「C60 フラーレン」という炭素質のダスト (塵) を、おおいぬ座にある惑星状星雲 M1-11 (地球からの距離 6800 光年) で検出しました。惑星状星雲は恒星が滅び行く姿の一つです。研究チームは、M1-11 は元の恒星の質量が太陽と同程度であることや、惑星状星雲に進化してからわずか 1000 年ほどしか経っていないこと、11 元素の正確な組成比を明らかにしました。このように C60 が生成された現場の物理状態を定量的に明らかにしたのは、本研究が初めてです。C60 が宇宙空間においてどのような環境で生成されるのかは謎のベールに包まれています。本研究成果は、赤外線天文衛星「あかり」と岡山天体物理観測所 188 cm 望遠鏡、すばる望遠鏡で取得された赤外線から可視光までの広い波長域の観測データをつかうことで、C60 が生成する環境に関する知見を与えてくれました。


【宇宙の物質進化を支配するダスト】

  星と星との間の宇宙空間 (星間空間) は決して「空っぽ」の状態ではなく、「ダスト」あるいは「塵」と呼ばれる固体微粒子でみちあふれています。炭素系ダストの多くは太陽質量の1−8倍程度の星による核融合反応で作り出された炭素をもとにして形成されると考えられています。老齢期の星から星間空間へ供給されたダストは次世代の星の材料となります。星の一生でどのようなダストがどれくらい作り出され、最終的にどのように星間空間に戻っていくのかを調べることは、星の進化のみならず、宇宙の物質進化を理解する上で大切です。


【炭素質ダスト C60 フラーレン】

  C60 フラーレン (以下、C60) は 60 個の炭素原子からなる集合体で、空洞があるサッカーボールのような形をしています (図1)。C60 は地球上では極めて安定した結晶体なので宇宙空間にも存在すると考えられてきましたが、アメリカの赤外線天文衛星スピッツァーを用いた観測によって宇宙空間に C60 が初めて確認されたのは2010年になってからです。現時点で C60 はおよそ 20 天体で確認されていますが、どのような環境で、どれくらい存在し、どのように形成されるのかはよくわかっていません。


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図1: 惑星状星雲に存在する炭素質ダストのイメージ。サッカーボール状の形をしたものが C60 フラーレンです。背景にはすばる望遠鏡で撮影された惑星状星雲 M57 (ドーナツ星雲) の赤外線画像が示されています。(クレジット:国立天文台)


【C60 フラーレンを惑星状星雲 M1-11 に初検出】

  「いったい宇宙空間には C60 がどれくらいの割合で存在しているのだろう?安定した結晶体だからもっと多数の天体に豊富に存在しているのでは?」と研究を主導した大塚雅昭さん (台湾中央研究院天文及天文物理研究所/アメリカ宇宙望遠鏡科学研究所) は考えました。この疑問に答えるために、大塚さんはスピッツァーが観測したデータを徹底的に調べ上げました。これまでにいくつかの惑星状星雲 () で C60 の検出例が報告されていました。そこで大塚さんは惑星状星雲を中心に 300 天体以上の分光データを解析し、C60 の輝線 (物質が特定の波長に示す特徴的な光) がスペクトル中にないか、一つ一つのデータを丁寧に見つづけたのです。その結果、複数の惑星状星雲に C60 の輝線を発見することができました。そのひとつが M1-11 という天体です (図2)。また、欧州南天文台のアーカイブデータからも M1-11 に C60 の輝線を検出しました。研究チームは、これら検出された C60 の輝線の強度比から、M1-11 には地球 100 個分もの質量の C60 ダストが存在すると見積もりました。


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図2: 惑星状星雲 M1-11 の中間赤外線スペクトル。矢印の先にある幅広い盛り上がりが、C60 フラーレンが 17.3 マイクロメートルと 18.9 マイクロメートルに示す輝線です。(クレジット:国立天文台)


【M1-11 の進化と起源がすばる HDS と岡山 ISLE であきらかに】

  C60 がどのような天体で見つかるのかをよく知ることは、宇宙空間での C60 形成を理解する上でとても重要です。しかし、M1-11 がどのような星から進化し、どのような進化段階にある天体なのか不明のままでした。星雲の素性を明らかにするためには元素組成比を調べることが有効で、これは研究グループが非常に得意とする手段です。炭素、リン、クリプトンといった重要な元素の輝線の強さを正確に測定するために、研究チームは、すばる望遠鏡の高分散分光器 HDS と国立天文台岡山天体物理観測所の近赤外撮像分光器 ISLE による精密な分光観測を行いました。0.36-2.3 マイクロメートルまでのスペクトル (図3) を詳細に解析した結果、11 元素の正確な組成比がわかりました。また研究チームは、赤外線天文衛星「あかり」のデータを用いて、M1-11 で作られたダストの成分や総量なども詳しく調べました。これら赤外線から可視光までの広い波長域の観測データによる調査の結果、M1-11 は惑星状星雲に進化してからわずか 1000 年しかたっておらず、元素組成比は初期質量が 1.5 太陽質量の場合に理論的に予想される値とぴたりと一致することが分かりました。M1-11 の元素組成比、初期質量、進化段階、C60 ダストの総量と温度は、これまでに C60 が確認されている他の惑星状星雲と非常によく似ていました。どうやら C60 は M1-11 のような炭素系ダストが豊富で若い惑星状星雲に存在しているようだということに、研究チームは確信を持ちました。


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図3: すばる望遠鏡 HDS (上) と岡山天体物理観測所 ISLE (下) によって得られた M1-11 のスペクトルの一部。炭素 (C) とリン (P) の輝線は青文字で示したところにあります。ISLE のスペクトルには水素 (Paβ)、ヘリウム (He)、酸素 (O)、リン原子からの輝線以外に多数の水素分子 (H2) の輝線もみられます。0.36-2.3 マイクロメートルまでのスペクトル中、220 本以上の輝線を検出しました。輝線を多数検出したおかげで元素組成比を精度よく決定することができました。(クレジット:国立天文台)


【すばる COMICS で C60 フラーレンの形成過程の解明に挑む】

  研究チームの探求はここで終わりません。宇宙における C60 の形成シナリオとして有力なのは、水素がついた非晶質炭素の集合体が惑星状星雲の中心星からの紫外線と強い恒星風によって細かく破壊され、水素がはがれた結果残った炭素同士が結合することにより C60 が形成されるというものです。このシナリオが正しいならば、C60 は水素がついた非晶質炭素ダストなどと同じような場所に存在しているはずです。そこで研究チームはこのシナリオを検証するために、大口径によって天体の細かい構造を見分けることが出来るすばる望遠鏡と中間赤外線撮像分光器 COMICS を使って、惑星状星雲における C60 の空間分布の調査を行っています。大塚さんは、「この観測で C60 の形成過程の解明に重要な観測的証拠を掴んでみせます」と、さらなる研究の展開に向けて意気込みを語っています。


  この研究成果は、アメリカ天文学会が発行する学術誌『アストロフィジカル・ジャーナル』2013年2月10日号に掲載されました (Otsuka et al. "The Detection of C60 in The Well-Characterized Planetary Nebula M1-11" the Astrophysical Journal, Vol. 764, page 78-97)。またこの研究は以下の援助を受けています。

  • STScI GO-1129.01-A
  • NASA NAO-50-12595
  • STScI DDRF D0101.90128 NSC100-2112-M-001-023-MY3 NRF-2011-005077


研究チーム

  • 大塚雅昭 台湾中央研究院天文及天文物理研究所/アメリカ宇宙望遠鏡科学研究所 (STScI) 博士研究員
  • Francisca Kemper 台湾中央研究院天文及天文物理研究所
  • Siek Hyung 韓国忠北大学校
  • Benjamin A. Sargent ロチェスター工科大学/STScI
  • Margaret Meixner STScI
  • 田実晃人 国立天文台ハワイ観測所 (すばる望遠鏡)
  • 柳澤顕史 国立天文台岡山天体物理観測所


(注) 惑星状星雲とはガスとダストからなる星雲と進化した老齢の高温星 (温度3万ケルビン以上) からなる天体です (惑星とは無関係の天体です)。有名なこと座のドーナッツ状星雲も惑星状星雲です。初期質量が1−8太陽質量の星がたどる進化の末期にある天体です。





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