観測成果

解明!月の古いクレーターの起源

2005年9月15日

  この記事は国立天文台のプレスリリースを転載したものです。
(転載元: http://www.cfca.nao.ac.jp/~tito/press/20050915/)


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図1: 左: 月の裏側のクレーター。(クレジット: アリゾナ大学)
中: 自然科学研究機構国立天文台ハワイ観測所が運営するすばる望遠鏡。 (クレジット: 国立天文台)
右: 太陽系天体に見られるクレーターの数々。(a) 水星、(b) (c) 金星、(d) 土星の衛星 Hyperion、(e) 小惑星 Eros、(f) 火星の衛星 Phobos、(g) 米国の Meteor クレーター、(h) カナダの Manicouagan クレーター、(i) 火星の地形図に見られるクレーター群、(j) 月の表側の海 (1972年のアポロ 17 号による撮影、Imbrium 盆地付近)、(k) 月の裏側の高地 (1969年のアポロ 11 号による撮影、Daedalus クレーター付近)。(クレジット:NASA)


論文情報

Strom et al., "The Origin of Planetary Impactors in the Inner Solar System"
(Science誌 2005年9月16日号に掲載)


概要

  米国アリゾナ大学月惑星科学科と国立天文台三鷹の研究チームは、月や地球型惑星の表面に ある約 40 億年前の古いクレーターを作った落下天体群と現在のメインベル ト小惑星のサイズ頻度分布が極めて良く一致していることを明らかにしま した。今から約 40 億年前という時期には地球型惑星上に集中的な天体の落下が数千万年から数億年にわたり継続していたとされる時期であり、特に「後期重爆撃期」と呼ばれています。後期重爆撃期を発生させた要因、及びその時期に大量に落下して来た天体が小惑星だったのか彗星だったのか あるいは他の天体だったのか、等については従来から様々な説が乱れ飛び、明確な結論は得られていませんでした。今回の研究結果は後期重爆撃期の原因となった天体が彗星ではなく小惑星だったことを強く示すものであると同時に、重爆撃を発生せしめた力学的機構、そして地球型惑星と小惑星の衝突史に関して幾つもの重要な示唆を与えてくれるものになるはずです。


本論文に寄与した国立天文台の研究資源

  本研究が進行する過程では、観測と理論 (数値計算) の両側面に於いて国立天文台の研究資産が大いに活用されました。まず基礎データの一種であるメインベルト小惑星のサイズ分布、特にその最微小スケール部に関しては、吉田二美が主導したすばる望遠鏡を用いたサーベイ観測によるデータが用いられました。また、クレーターのサイズ分布を衝突体のサイズ分布に変換するには衝突速度分布が必須ですが、これを求めるには小惑星の精密な軌道積分を必要です。こちらは伊藤孝士が天文学データ解析計算センターの機器を用いて実行しました。


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図2: 計算に使われた天文学データ解析センターの機器 (写真左) とすばる望遠鏡による小惑星サーベイで検出された小惑星(右. 画像処理の結果、恒星 (黒い点) に対して移動している小惑星が黒白の棒のように見えている)。
(クレジット:Robert G. Strom)


もう少し詳しい内容説明

1. 研究の背景 -「後期重爆撃期」の謎

  太陽系の歴史は衝突の歴史です。星間分子雲から今日の惑星が形成して行く過程の中で、夥しい数の衝突現象が太陽系の進化に極めて重要な役割を果たして来ました。一般に地球型惑星は約 45 億年前の太陽系最初期の段階で形成したと思われていますが、その後数億年を経て再び地球型惑星や月の表面に激しい天体の衝突が発生し、表面状態を完全にリセットしてしまったとする説があります。アポロ宇宙船が月から持ち帰った試料の分析によるとこの重爆撃は約 40 億年前に始まり、約 38 億年前に終わったとされています。この期間は「後期重爆撃期」と名付けられていますが (惑星の形成時には極めて濃密な天体の衝突時期があったと想像されますが、それに比べて時代が後なので「後期」と呼ばれます)、その詳細な持続時間や爆撃の程度、そして原因となった力学的機構については不明な点がとても多く、30 年以上にわたり惑星科学上の重大な謎として残されて来ました。後期重爆撃期が謎たる所以の多くは観測データの不足、特に衝突天体の有力候補であった小惑星のサイズ分布の不詳性が原因であったと思われます。

  本研究ではまず、月や惑星上にあるクレーターのサイズ頻度分布に着目しました。クレーターのサイズ頻度分布はクレーターを作った衝突体のサイズ分布を反映しており、それは衝突体の力学的・物理的起源に関する貴重な情報となります。後期重爆撃期に形成されたと思われるクレーターのサイズ分布を詳しく調べることにより、その衝突体がどのような機構によりどこからやって来たかに関する重要な手掛りを得ることが出来る可能性があります。またそうした古い衝突体と現在の太陽系の比較から、後期重爆撃期から現在に至る太陽系史の一つの側面を知ることが出来るかもしれません。


2. クレーターのサイズ頻度分布

  まずはクレーターのサイズ分布について調べてみることにしました。ひとことで言ってサイズ分布とは「どの大きさのクレーターが何個あるか」という統計ですが、この統計のやり方は何種類もあり、目的により異なる方法が採用されています。太陽系のクレーターや小天体のサイズ分布を調べてみると、一般的に個数はサイズの三乗 (の前後の値) に反比例することがわかっ ています。例えば、直径1キロメートルのクレーターは直径2キロメートルのクレーターに比べて8倍かそこら多く存在する、ということです。この事実に基付き、クレーターサイズ分布の統計を直径の三乗で規格化し、直径の三乗に反比例する分布からの詳細なずれを測定するという手法が頻繁に用いられています。こうしたグラフの描き方は業界用語で「Rプロット」と呼ばれています。R プロットを用いて地球型惑星や月面にあるクレーターのサイズ分布を描画すると、図3に見られるように明らかな二群性が存在することがわかりま す。まず、後期重爆撃期(約 40 - 38 億年前)に形成したと思われる月・水星・火星上の古いクレーターは、R プロット図上では波打つ曲線にな ります (図3 (a) (b) (c) の上側の曲線)。一方で火星の北半球の平原に多く存在するような比較的若いクレーターのサイズ分布曲線は R プロット上ではほぼ平坦であり (つまり直径の三乗に忠実に反比例する)、後期 重爆撃期のクレーターとは明確に異なるサイズ分布を示します。この明確な二つの傾向の存在は、従来から言われてはいたものの、本論文ではかつての惑星探査計画により得られた画像データを長い時間をかけて再度詳細に洗い直し、精密なクレーター勘定を行いました。その結果、この二群性が紛れもない事実であることを確認しました。実はこれだけでも実は重大な結果であり、学術論文が何本か書けてしまうような成果です。ちなみに地球や金星の上にもそれなりの数のクレーターが観察されていますが、これらの惑星に於いては大気により落下天体が遮断されることが多く、また地表での激しい侵食によりクレーターの保存状態が極めて悪いので、本論文のような精密なサイズ分布比較の議論には使えません (図3 (d))。


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図3: クレーターのサイズ分布を示す R プロット。縦軸の値は単位面積あたりのクレーターの個数密度に比例する。(a) 最も古い 40 億年前の月高地 (Lunar highlands) のクレーターと、比較的新しい月の Class-1 クレーター。(b) 水星上の最古のクレーター。(c) 火星上の最古のクレーター、および火星北半球の若いクレーター。(d) 金星・地球のクレーターとその他のクレーターの比較。
(クレジット:Robert G. Strom)


  ちなみに金星のクレーターサイズ分布に関しては興味深い事実があります。図3 (d) に示したように、地球と金星のクレーター記録は大変に不完全で、月や水星のクレーター記録のように昔の物事を良く保存しているというわけではありません。金星の表面では地球と比べて風化はさほど激しくないと思われますが、大気がとても厚く、天体が突入して来てもかなりの部分が大気中で分裂し、地表まで届かないので、クレーターが形成されません。特に小さいクレーターを作るような小さな天体は大気によって選別されてしまうので、図3 (d) のように火星のクレーターなどと比べても直径の小さいクレーターが相対的に極めて少なくなっています。金星のクレーターの特徴として、クレーターの底がお盆を複数個並べたような形になっているマルチプル・クレーターが多く見られるという事実があります。マルチプル・クレーターは金星のクレーターの 15% 以上を占めていますが、これは衝突天体が金星大気に突入した際に、大気の抵抗を受けて複数に分裂しつつも何とか地表に到達し、分裂した各々の天体がほぼ同じ場所にクレーターを作った痕跡だと思われています (図4右の写真)。金星に残っているクレーターは若いものが多いでしょうから、もしもクレーター記録が (大気による選別を受けたり侵食されたりしておらず) 保存状態良く残っていれば、その R プロットは火星の北半球のもののようにほぼ平坦な曲線になると思われます。これに若干なりとも近いのが図4に示したマルチプル・クレーターの R プロットであり、金星全体のクレーターデータよりも小さな直径の領域まで平坦な曲線が続いており、それ以下の直径領域では大気の影響が強くなって急速にクレーター密度が低下しています。つまり図4に於いて金星大気の影響を受けていないのはおそらく赤い線で記した部分であり、緑の線で示した火星の若いクレーターのサイズ分布曲線と同様にほぼ平坦な R プロットで描かれるということがわかります。


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図4: (左) 金星のクレーターのサイズ分布を示す R プロット。上側の緑の線は比較のために描いた火星北半球の若いクレーターのデータ。その下の赤・青線が金星のクレーター全部に関するデータで、左に行くと青い線になるのは「この部分は大気による選別を (おそらく) 受けているので衝突天体のサイズ分布の情報は失われている可能性が高い」という意味。最下段の赤・青線は金星のクレーターの中からマルチプル・クレーターだけを取り出して R プロットを描いたもの。(クレジット:Robert G. Strom)
(中) (左) 金星のマルチプル・クレーターの例 (Magellan 探査機による撮像。) (クレジット: NASA)


3. 小惑星のサイズ分布との比較

  次に私達が行ったのは、上述したクレーターのサイズ分布を現在の小惑星のサイズ分布と比較することです。アポロ宇宙船が持ち帰った月の石や月から飛来したと思われている隕石の地球化学的分析から、後期重爆撃期の衝突天体が彗星のように太陽系の外側から来た氷天体ではなく、木星の内側にある小惑星のような岩石の天体であったのではないかという予想があります。私達の作業の動機のひとつはこの予想を検証しようとするものでした。

  クレーターのサイズ分布データの取得に比べると、小惑星のサイズ分布データの取得は一般的に難しいものです。けれども昨今の観測技術の進展に伴い、小惑星のサイズ分布に関する私達の知識は以前には想像も付かないほどの発展を遂げました。各国で行われている精力的な小惑星サーベイ観測、例えば近地球小惑星のサーベイで有名な Spacewatch survey や LINEAR survey, 多彩なフィルタを装備し銀河等の研究ではその名を世界に轟かせている Sloan Digital Sky Survey, そして日本が誇る世界最大級の光学赤外線望遠鏡である「すばる」を用いた小惑星サーベイ計画などが、従来は知られることの無かった微小な小惑星のサイズ分布や空間分布の詳細に明らかにしつつあります。

  ここで留意すべき点がひとつあります。それはクレーターのサイズ分布を直接小惑星や彗星のそれと比較することは出来ないということです。例えば直径 10 km のクレーターを直径 10 km の衝突天体と比較しても意味がありません。 天体の衝突により形成されるクレーターのサイズは、衝突天体のサイズの他に衝突天体の密度と衝突速度に依存しているからです。従って、クレーターのサイズ分布を小惑星や彗星のような衝突候補天体のサイズ分布と比較するには、何らかの方法でクレーターのサイズ分布を衝突体のサイズ分 布に変換する必要があります。このために用いられるのが理論計算や室内実験により確立されて来たクレーター形成のスケーリング則です。クレーター形成のスケーリング則は様々な研究者によって長年にわたり改良が重ねられて来ており、今や室内実験のように小規模な衝突から小惑星同士の衝突のように巨大な衝突に至るまでの広いエネルギー範囲での現象をそれなりの精度で記述できるようになっています。

  クレーター形成のスケーリング則を用いる際には、衝突体が惑星や月の表面に 衝突する際の衝突速度分布が必要になります。これには小惑星がどのような軌道を持って惑星軌道に到達するのかを知るために詳しい軌道数値計算が必要ですが、そうした計算は本論文の著者の一人により行われているので、その結果を用いました (Ito & Malhotra, 2006)。


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図5: 現在の小惑星 (誤差棒付き記号■) とクレーター衝突体 (誤差棒付き実線) のサイズ分布の比較。(a) - (c) 月の古い高地クレーター衝突体とメインベルト小惑星の比較。使っている小惑星データは (a) Spacewatch (Jedicke & Metcalfe, 1998) によるもの (b) SDSS (Ivezic et al. 2001) によるもの、そしてもっとも小さな直径領域には (c) すばる望遠鏡によるサーベイ計画によるもの (現在も進行中で、結果の一部は Yoshida et al. (2001, 2003, 2004) などとして出版済み) を用いた。(d) 火星の若いクレーター衝突体と近地球小惑星 (Stuart & Binzel, 2004) のサイズ分布の比較。これのみ縦軸のスケールが他と異なる。(クレジット:Robert G. Strom)


  このような手続きを経て換算したクレーター衝突体のサイズ分布を現在の小惑星のサイズ分布と比較したものが図5です。小惑星のデータとしては木星と火星の間にあるメインベルト小惑星のもののみならず、地球軌道に近付く近地球小惑星のサイズ分布データをも描画してあります。比較しやすいように図5を1つの図にまとめたのが下の図6です。これを見ると直ちに以下の事柄に気が付くでしょう。

  1. 後期重爆撃期に形成されたであろう 40 億年前の古いクレーターを作った衝突天体は、広いサイズ領域にわたって現在のメインベルト小惑星とほぼ等しいサイズ分布を持っている。
  2. 火星の北半球平原に多く見られるような、後期重爆撃期よりもずっと若くて様々な年齢を持つクレーターを作った衝突天体のサイズ分布は、メインベルト小惑星ではなく現在の近地球小惑星のそれと良い一致を示す。

  つまり、クレーターのサイズ分布に見られる明確な二群性は現在の小惑星に於いても顕著に見られるのです。これが単なる偶然の一致である確率は低いと思われます (この「一致」の統計的な定量検定については私達が現在執筆中の次論文の主要なテーマのひとつです)。このような結果を眼前にすれば、こうしたサイズ分布の類似性をもたらした明確な力学的機構の存在を想像し、それについて考察したくなるのが研究心理の自然な流れと言えましょう。


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図6: クレーターを作った衝突天体のサイズ分布と現在の小惑星のサイズ分布の比較。横軸は天体の直径、縦軸は天体の直径のマイナス三乗で相対化 (規格化) した天体の個数密度である。小惑星のデータは様々なサーベイ観測計画 (Spacewatch, SDSS, すばる望遠鏡, LINEAR) の結果に依拠した。この図から、月の高地に見られる約 40 億年前の古いクレーターを作った衝突天体のサイズ分布は現在のメインベルト (木星と火星の間) にある小惑星のそれとほぼ合致することがわかる。一方で火星の北半球の平原に見られるような若いクレーターを作った衝突天体は、メインベルト小惑星ではなく近地球小惑星のサイズ分布と良く一致している。 (クレジット:Robert G. Strom)


4. 考察 - 後期重爆撃の力学的機構と衝突天体の起源

  今回明らかになったクレーターと小惑星のサイズ分布の二群性、およびクレーター衝突体と小惑星のサイズ分布の顕著な類似から、私達は以下の事柄が論理的に推察できると考えています。

  まず、そのサイズ分布の驚くほど良い一致から推測するに、後期重爆撃期に形成された約 40 億年前のクレーター衝突体は、火星と木星の間にあるメインベルト領域からやって来た小惑星であろうと予想されます。このことは従来の不確実な議論の中で言われていた地球化学的なデータ (「後期重爆撃 期の衝突体は彗星のような氷的な天体ではなく、小惑星のような岩石的な天体であった」) と調和的です。また両者のサイズ分布の一致は、メインベルトにある小惑星を地球型惑星軌道に輸送した力学過程が小惑星の大きさに依存しないものであったことを示しています。つまり、太陽系の年齢に比べれば短い後期重爆撃期間 (数千万年間) にメインベルトの小惑星を大きいものから小さいものまで、サイズ分布をそっくりそのまま惑星や月のクレーター衝突体のそれへとコピー出来たようなメカニズムこそが後期重爆撃の要因であっただろうと考えられます。現時点の見識でこれのもっと も有望な候補は、木星および土星の動径方向移動による強い共鳴帯の移動であると想像されます。本論文と前後してこの種のメカニズムを提唱する論文も出版されています (Gomes et al. 2005)。木星と土星は太陽系でも最も重い惑星ですから、これらの軌道を大きく動かすにはよほどの天変地異が発生する必要があります。Gomes et al. (2005) によると、木星や土星が形成した際の初期の軌道配置、および大型惑星の領域に当時存在した微惑星 (惑星の前駆体) 群との相互作用によっては、主な惑星の形成が完了した後に数億年してから共鳴帯を大きく動かすような現象も発生し得るという計算結果が報告されています。このモデル (図7) では、木星・土星・海王星・天王星という大型惑星の軌道間隔がそれらが形成した約 46 - 45 億年前時点では現在よりかなり狭かったと仮定します。とりわけ土星が、木星との 1:2 平均運動共鳴 (土星が一公転する間に木星が二公転する 尽数関係による共鳴) の位置よりもわずかに内側で集積したという仮定が重要です (現在の土星はこの位置よりずっと外側にあります)。この時期には惑星の前駆体である微惑星と呼ばれる微小天体がまだ多くの周辺を飛び交っていたでしょう。微惑星群の軌道と質量の分布によっては、惑星と微惑星群の重力相互作用により惑星の軌道が徐々に拡大 (あるいは縮小) を続けることもあり得なくはありません。もしもこの現象により土星軌道が次第に拡大し、数億年を経て木星との 1:2 平均運動共鳴の領域に到達したならば、共鳴の効果によって土星軌道の離心率は上昇し、木星とのみならず天王星や海王星との近接遭遇が発生し得ます。そうなればこれら惑星の軌道配置が短時間で大きく変化し、今度は小惑星帯内での共鳴帯の位置を変えてしまうことも起こるでしょう。そうすれば小惑星帯にある天体の大量落下が誘発され、後期重爆撃期が開始されてもおかしくはありません。こうした作業仮説を元にして、後期重爆撃期を発生せしめた力学的機構の更に詳細な理論モデルの構築が現在盛んに試みられています。


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図7: Gomes et al. (2005) で提唱されている大型惑星の軌道進化と後期重爆撃期の関係の模式図。(a) の段階では惑星形成時代を生き残った残存微惑星と大型惑星が力学的に相互作用し、土星などの軌道が拡散して行く。この段階は数億年継続しても良い。(b) では拡大を続けた土星の軌道が木星との 1:2 平均運動共鳴の位置に達する。共鳴により土星の軌道が楕円化し、他の惑星と近接相互作用を起こす。(c) 土星の軌道変化に影響を受けることで天王星や海王星の軌道も短期間で大きく変化する。これらがメインベルトにある共鳴帯を動かし、後期重爆撃期が発生する。この時間スケールは数百万年から数千万年と考えられている。 (クレジット:Robert G. Strom)


  次に大事な結果は、後期重爆撃期よりもずっと若い (そして様々な年齢を持つ) クレーターのサイズ分布が、メインベルト小惑星のサイズ分布ではなく現在の近地球小惑星のそれにとても良い一致を示すことです。だが元はと言えば、近地球小惑星も力学的にはメインベルト起源であるというのが定説です。その近地球小惑星がこのようなサイズ分布を持つということは、若いクレーターを作った衝突体をメインベルトから月や惑星の表面に輸送したプロセスが後期重爆撃期にメインベルトからクレーター衝突体を運んで来た輸送プロセスとは異なるものであったことを示すと思われます。図5の比較結果によると、若いクレーター衝突体および近地球小惑星にはメインベルト小惑星と比べて小さなものが比較的多いことがわかります (直径の三乗で規格化するという R プロットの定義を思い出してください)。このことは、数十億年という長い期間にわたり若いクレーターを作って来た衝突体 - サイズ分布の良い一致から近地球小惑星であると予測される - を輸送したプロセスが、サイズの小さな天体により効率的であるという性質を持つことを示しています。現在の知見によれば、この候補としては太陽光の吸収と放出の異方性に起因するヤルコフスキー効果くらいしか考えられません。ヤルコフスキー効果は太陽光からのエネルギー輻射を小天体が吸収・再放出する際の非等方性が引き起こす力学現象であり、小天体の軌道の拡大または縮小をじわじわと持たらすことがわかっています (図8)。 小天体の形状や自転周期表面物性などに依存してヤルコフスキー効果の程度は異なりますが、小さな小惑星にとってほど効果的であり、メインベルト小惑星を共鳴帯にゆっくりと送り込み続ける役割を果たして来たと思われています (Bottke et al. 2006)。


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図8: ヤルコフスキー効果の模式図 (Bottke et al. 2006より引用)。ヤルコフスキー効果には日周 (diurnal) と季節的 (seasonal) なものの二種類がある。 (a) 小天体の自転軸が公転軌道面に垂直である場合の日周ヤルコフスキー効果。ここでは太陽輻射の再放出は常に午後二時付近の地点に集中すると仮定しているので、輻射再放出による反発力も常に午後二時の地点から発生する。従って天体はこの反発力によって軌道運動方向に加速され、軌道は次第に拡散して行く。自転方向が逆の場合にはこの効果は正反対に働き、天体は減速されて軌道は縮小する。(b) 自転軸が公転軌道面内にある (赤道傾角 = 90°) の場合の季節的 ヤルコフスキー効果。 例えば A の位置を見ると、北半球 N が太陽光により熱せられ、少し遅れた B の位置付近で輻射の再放出による反発力が生じる。同様にして C の位置を見ると、南半球 S が太陽光により熱せられ、少し遅れた D の位置付近で輻射の再放出による反発力が生じる。この現象は軌道上の至る位置で発生するので結果的に天体は減速され、天体の軌道は次第に縮小して行く。このように季節的ヤルコフスキー効果は天体の軌道を縮小させる方向にのみ働く。(クレジット: Bottke et al. (2006; Ann. Rev. Earth Planet. Sci., 34, 157-191))


  最後に、私達は 40 億年前のクレーター衝突体 (もはや化石とも言える) と現在のメインベルト小惑星のサイズ分布を比較していることを思い出してください。これらが驚くほど良く一致しているという結果が事実であれば、メインベルト小惑星帯では過去 40 億年間にわたり小惑星同士の衝突進化によるサイズ分布の変化が少しも生じていなかったことになります。これは従来の小惑星の衝突進化理論が予測するものとかなり異なっています。小惑星の衝突進化に関しては不明な事柄が多く惑星科学業界では未だに喧喧諤諤とした議論が継続されていますが、私達の今回の研究結果はこうした議論にある種の句読点を記す可能性を持つものと言えます。ちなみに昨年後半から出版されつつある最新の小惑星衝突進化モデル計算論文の幾つかには
「メインベルト小惑星の衝突進化が従来の予測よりも遙かにゆっくりで良い」という結果を謳うものも存在し (Cheng 2004; Bottke et al. 2005), 本論文で私達が主張する結果と矛盾しない帰結となっています。



 

 

 

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